第133話 異能の力 7

 街に人が少ないことをいいことに、昼日中でも気楽に文字通り『飛び歩く』ようになっていた。


 マルケイヒーの本宅が郊外にあるのも都合が良い。そのまま街外れを更に迂回しながら飛べばあまり見られる心配も無くメイポールに向かうことができる。もちろん顔を隠すことも忘れずに!


 フレヤもそんな状況をふっと楽しむ反面、それが戦争でもたらされたモノだと思うとその心境は複雑、いや、むしろ腹立たしい……ホントムカつく、考えれば考えるほどイライラする。


(こんなの、コソコソしていても賑やかな街を上から眺める方がよっぽどマシ!)


 などと悶々と噴気を上げてセアラを心配させていた。


「大丈夫だよ、フレヤさん。きっとフレヤさんは無事だよ……」


「え?ああ、そうね……」


 などとセアラに余計なお裾分けをして反省をすることになるのに……


「そうね……これでもし、家まで壊されたら誰に文句を言えば良いのかしら?」


 いささか憤まんやるかたない……。


「『まで』?んん?フレヤさん、何の話……?」


「ううん、何でもないの。ゴメン……」






 わざわざ迂回をして、セアラと一緒にのんびりと空の散歩を楽しんでも我が家までは5、6分程度。頑張ればセアラでも2分を切り、フレヤの暴走ならスピードゼロから計っても1分という距離だ。


 ところで、意外にもセアラはフレヤに次いで2番目の快速パイロットだ。それは幼い頃からフレヤと一緒に飛び、散々振り回されてきた故の結果だ。スピード狂のフレヤにはいつも苦労させられてきたのである。


 2人はやはり、少し離れた場所からフレヤの自宅へ歩いて行く。すると、ここはもとから賑やかな場所柄では無いが、息を潜めて静まり返った様子にゴーストタウンという言葉を思い出す。


 避難警告が出されているこの辺りでもまだいくらかの住人が居るはずだが、爆撃はその破壊よりもそこで生活をしていただけの人々の心に大きな被害をもたらした。


 戦争の実感と恐怖と、理不尽な疑問と悲しみと、何よりも大きな怒りだ。


 そんな変わり果てたイプスウィッチを歩きながら、その漂っている感情をフレヤは敏感に感じ取っていた。


「あの穏やかだった街が、たった一度の爆弾で見る影もないわね……」


「しょうがないよ……私だって怖いもの。家でも何でも簡単に吹き飛ばす爆弾が空から降って来るんだもの…………」


 彼女達は自分自身で積んできた経験よりも遥かに多くの記憶をその血の内に秘め、何かのきっかけの度にそれを追体験してきた。


 その中に有るものは美しいモノや心を慰めてくれるモノの他に、怒りや不快を感じても当たり前のモノや恐怖と凄惨な記憶も少なくない。


 そんな沢山の記憶をずっと垣間見てきた彼女達ならば、やはり心も早熟で、歳不相応に肝が据わっている上に、色んな事柄をヤケに達観しているようでも不思議ではないのかもしれない。


 フレヤは辺りを見回しながら所々で目をしかめた。


「まったく、気持ちの悪い……」


 人は少ない筈なのに、街の営みの気配にいつもより多くの重く粘る毒の様な霧が漂い始めている。イヤな感情というものは余程に強いとしばらくは昇華されずに長く漂っていたり、人や何かに絡みつき澱みを作ることもある。


 それが濃くなれば他人にまで悪い影響を与えることもあって、非常に厄介な害悪とも言える。そして人々の争いが生み出す副産物でもあった。


「こんなの気にしてもしょうがないよ、フレヤさん……邪なモノでも無いし無視、無視ー!」


 自分が忌むものをあっけらかんとセアラは笑い飛ばす。このは人の支えになれる程、心根が強い……そう知る度にフレヤはセアラを抱きしめたくなった。


「ええ、そうね……」


「あ!ほら、ほらーー!フレヤさん家の周りは何ともなってないよっ」


 セアラはすぐに駆け出した。フレヤがそのまま歩いてメイポールの前に立つと、キズひとつない我が家を確かめることが出来た。セアラは嬉しそうに壁の角を抱きしめている。


「だから言ったでしょ?大丈夫だって……」


 ドヤ顔で笑ったセアラの肩をフレヤは我慢せずに抱き寄せた。


「……ええ、そう…ね!」


「お?おろろ……?」


 ちょっと意表を突かれても当然、セアラはすぐにギュギュっと抱き返してくる。


「んふふーーーーー!」


 そして何より嬉しそうだ……。倍返しのハグを右に抱えながらフレヤは空港に続く港通りの方向を眺めている。


「ウチの鍵は持って来ているでしょう?」


「へ?ああ、うん。いつも持ってるよ。どして?」


「ん……ちょっと、向こうの様子を見てこようと思って……。先に上で待っていてくれる?」


 セアラはフレヤの視線を追った。


「ああ、なるほどー。じゃあ私も行くー」


「そう?いいけど……」


「お散歩、おさんぽー……!」


 不謹慎にも見える泰然自若な2人のお散歩はそのまま続く。

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