第132話 異能の力 6
『イギリスで最も優れた空港のひとつ』と言われたイプスウィッチ空港は2本の滑走路を備えている。そのおかげで片方が使用不能になっても部隊の運用には何も支障は無い。
それに、この程度の穴ならば復旧にもたいして時間も掛からないし、ガラスが散乱しているだけのターミナルも機能に問題は無い。彼等は風通しが良くなった程度にしか思っていなかった。
損害は軽微、砲兵に怪我人が出たが死亡者は出ていない。しかし、レイヴンズクロフトは怪訝な顔で薄陽が差し始めていた空を見上げていた。
この爆撃で泣きっ面に蜂、ともいうべき散々な目に遭ったのは、なんとか帰還したにもかかわらず止めを刺されたブレニムだった。
乗員達はその姿をどんな気持ちで眺めていたのだろう。
「スクラップ寸前だったとはいえ……これは可哀相だな…………」
そう呟く隊員に隊長はこう答えた。
「そうだな。しかしまた飛べるかどうかも分からなかった機体だ。コイツらが囮になって他に被害が出なかったと思えば、良くやったと褒めてやれる……」
そう言いながら自分の愛機を撫でて、不幸と犠牲を労った。
イプスウィッチ空港、現44中隊空軍基地への初めての空爆から1時間程経った頃、フレヤは郊外にある家の庭先で空を見上げていた。
爆撃の不安と緊迫した冷たい静けさとは無縁の郊外にマルケイヒー家の本宅はある。風通しの良い林を背に拓けた南からは陽光が惜しみなく降り、すぐそばにある小川の水音と鳥のさえずりが溢れるちょっとした景勝地。
魔女『ナンナ』は200年ほど前にこの場所に居を構えた。そして、3つの家族が共に暮らせるように今の屋敷を建てたのはおよそ110年前、4代前のことだった。
ナンナとは深く、長い縁を結んできたフレイヤの記憶にもこの場所は克明に刻まれている。もちろんフレヤにとっても特別で大切な場所になった。
フレヤは流れるようにその景色を眺めてから屋敷に戻ってセアラの母親であるアーサラに言った。
「叔母さま、もう大丈夫みたいだからウチに戻るわ……」
「え…そう、なの?仕方ないわねえ……」
そう言いながらアーサラはガバッと歯がいじめのようにハグをする。
「気をつけるのよ、フレイ?」
「大丈夫よ、叔母さま……」
ハグが終わると髪を撫でられまくる。
「だって、さっき大きな音がして地面が震えたのは……爆弾が落ちたということよ?きっと飛行場に落ちたのだろうけど、こんなに離れたココにまで揺れが伝わる程だもの。ホントに怖いわあ……」
「よく言うわ、爆弾なんてぜんぜん怖がっていないくせに……」
アーサラは手を止めて……
「そう、爆弾は……私自身が死ぬ事は恐れていないわ。でもね、セアラやフレイが傷つく事がとても…とても恐ろしいのっ。ましてや、もしもあなた達がこんな
そして大袈裟に顔を覆った。しかしこれは仕草で茶化しているようで大マジである。
「!…大丈夫、大丈夫よ叔母さま!私だってまだ死にたくないし……っ。家に戻るだけなんだから大袈裟よ……?」
「だってぇ……他所にばっっかり泊まってウチに来てくれないし……まあ、不安は無くなったけれど…………」
(あぁ、それか。不安は無くなったけど、やっぱり不満なのね……)
フレヤは駄々をこねる子供をあやすようにアーサラの手を優しく握った。
「今日から3日だけ……ソフィアの所に行ったらその後はずっと叔母さまに甘えさせてもらうから。それに警報が鳴った時に駆け込めるのはやっぱりココだし……ね?」
そう説得されてアーサラはため息をついた。
「もう……分かりました。それまでは我慢するわ、気をつけて行ってらっしゃい……」
アーサラをなだめてようやく
(さてさて、儀式も済ませたし……)
アーサラの愛はいつだって手加減を知らないが、一度決めた事に対して後でゴネるようなことが一才無い。その代わりに隠れてコソコソしていた事がバレた時にはしたたかに怒られた後、しばらくはベッタベタに付き纏われる。嬉しいサプライズも要注意である、何しろその愛情が10倍になって返って来るのだから……。
フレヤはそんな『儀式』を済ませて玄関に向かったのだが……
「あら……?私のクヴァストは…………??」
置いてあったはずの自分のクヴァストが無い………。
(叔母さまが片付けた、じゃないわね……)
すぐに階段を上がって、フレヤは廊下に並ぶドアのひとつをノックした。
「セアラ……!?」
「………はい、ハーイ!」
返事の後、すぐにドアが開いてセアラが顔を出す。
「なにー?」
「ナニって……あなた私のクヴァストを隠したでしょ?」
するとセアラは口を尖らせた。
「隠したなんてひどいよー!後でフレヤさんの部屋に持って行こうと思って片付けて置いたのにーー?!」
「ふうん、何故かあなたの部屋に片付けたのね?」
しかしセアラは見え透いた顔でうそぶく。
「だからー、後で持って行こうと思ってたんだってばー……」
「あ、そう……何故、私の部屋が有るのかもツッコミたい所だけど、ウチに戻るからわざわざ『片付けておいてくれた』ワタシのクヴァストを返してくれる?」
「はーい、ちょっと待ってねー……」
そして戻って来たセアラの手には2本のクヴァストが握られていた。いや、セアラとしてはブルームスティックだが。
「はいっじゃあ行きましょう!」
「やっぱりね。店を開けるかも分からないからあなたは来なくてもいいのに……」
するとセアラはまた口を尖らせた。
「『やっぱり』は私のセリフだよ!フレヤさん、私を誘わないつもりだったでしょうっ?私だってメイポールの『顔』だし、お給金を頂いている以上はちゃんとお店に立ちたいの!」
などとフレヤに迫って来る。
「はいっ、行きますよ!」
「はいはい…まあ、いいけど……」
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