第126話 Funeral sky 2
敬礼と弔砲で仲間の死を悼み、スピットは速度を落としてブレニムを後を追った。
「すまないがベロー、実は燃料の余裕があまり無いものでな…我々は後ろに付かせてもらいたいのだが……」
「かまわないさ、いくらでも風避けに使ってくれ。それに、そうすりゃケツも守ってもらえるしな」
「任せてくれたまえよ。帰りはゆっくりと、貴君らの勇姿を後ろから眺めさせてもらうとしよう」
「あ?ああ…………」
苦笑するほどキザな
「しかし、ヤケに敵はこうもあっさりと引き下がったものだな?手負いの君らを前にして…ましてや我々をレーダーで見つけたのならば爆撃の第二波を考えて迎撃をしなければならない状況だったが…………」
「そうだな……派手に撃ち合っていたし残弾数が心もとなかったとかな?」
「ふうむ……そうかもな…………」
マーキスが首を傾げている様子を想像しながらブレニムの航法士はクっと笑ってパイロットを見た。
「どうやら盤外戦が功を奏したな……」
当然オフラインである。
「いったい何の話だ?たとえば俺が無線なんかで、まさか作戦を漏らすわけ無いだろう?」
「あっそう…まあ、大尉に一生酒を奢ってもらえるネタにはなるな…………」
「おまっ!?俺は上官だぞ!」
「ヒヒ……」
嘘の情報で敵を惑わす
もしも、敵がスピットに臆さずヤル気満々で追って来ていたら?もしも、敵の編隊がそばに居て集まって来ていたら?思惑どおりに運ばなければ責任を問われる可能性が高い。しかしブレニムのキャプテンにはこの賭けに勝てる自信があった。
「そもそもここはドイツ領外だし、迎撃するなら先発でもっと内陸に入っていた他の中隊の方へ戦力を集中させるんじゃないか?」
「まあ、想像ではな……」
「むむ……この辺にあるのはせいぜい海軍基地だし増援が来る可能性はほぼ無い……」
「まあ、想像ではなー、希望的な……」
結果はどうであれ敗色濃厚である。
「しかし結果的には命拾いしたろうがっ!」
「まあ、まあ、まあ……、べつに叱責したいワケじゃ無いし、隊長としての気持ちも分かっているさね……、そういう機転が評価されての隊長でもあるしな」
「オウっ、だったら黙ってオレについて来やがれ!」
鼻息荒くアゴをしゃくる彼を嗜める。
「男前かよ…?結果よりも行為が重んじられるのが軍隊だって言ってんの。裏技を使うにしても、もう少し気をつけろって言ってんのオレは……。ああは言っていたがマーキスだって本当は無線を聞いていたかも知れないだろう?」
「ん?ああ……パイロットならヨシ!」
「はあ?!」
「そんな事をチクるパイロットなんかいねえ!」
航法士は頭を抱える。
「ハァ……もういいや。どうせこれで捕まっても後悔どころか胸を張るようなヤツだったもんな、ガキの頃からオマエは…………」
「オウっ、まかせろ!」
「やれやれだ…………」
付き合いも長すぎて、お互いに実の親や兄弟よりも多くの時間を共に過ごしてきた。それが同じ戦闘機に乗って生死の刹那まで共有するまでになれば、腐れ縁もここに極まれりと笑うしかない。
「とにかくだ、8回目の出撃も生き延びる事ができた。次も頼むぜ、隊長……!」
「オゥっ、まかせとけ……」
と言って、彼はすぐに口を曲げた。
「とは言えなー、今回はあの侯爵大佐殿のおかげだな?」
「あ、そう…だな。スピットの迎えが無かったら今頃は……」
全滅し、冷たい海の藻屑となった戦友とブレニムなど想像したくもない。現実味がありありとありすぎてうなされそうだ。
「護衛機が付くのは珍しくはないがここまで付き合ってくれるとはな。10分…いや5分か?もしも交戦することになれば、それでもう海上で燃料切れで帰還できない」
「しかも、その後はパイロットを拾い集める為に夜の海は大騒ぎだ。おまけにスピットもパー!クク……こんな作戦、よくも押し通したモンだ」
「さすがは噂の空の騎士団長か?特権階級も侮れないな……?」
口では茶化していてもこの言葉の裏にはレイヴンズクロフトへの賞賛と感謝が隠れている。第一次大戦で勇名を轟かせた元パイロットの現場主義者、そんな噂を2人は思い出していた。
ブレニムのそれぞれにはスピットの2機ずつがV字の編隊を組む。機敏なスピットは追突する事がないように、やや離れて後尾に付いた。まだ化学的な裏付けは無かったが、この頃には編隊飛行による燃費の向上は戦闘機パイロットの間では常識になっていた。
「ふむ、オクタン価が上がってパワーが出る分、燃費も向上したようだな。ブレニムの誘導もあって、これなら十分に基地までもつ……」
燃料計を見てマーキスもホッと緊張を緩めた。と、そこにベローからの無線が入る。
「こちらベロー……」
「こちらマーキス、どうしたベロー、何か異常でも?」
後ろから眺めると機体はなかなかの大怪我を負っている。そんなベローからの通信にはドキリとさせられてもムリはない。
「え?いやまあ、操縦桿は仔犬みたいにプルプルしっぱなしだし、反応もすこぶる悪い…以外はまあ、何とか飛んでいられる状態なんだが……実はな、爆撃に入る直前に、エンジン損傷で一機引き返させたんだが……来る途中で確認していないか?」
一瞬、張り直した気が改めて弛緩する。
「そんな事が……しかしベロー、ポジションライトを灯火もせずに、こんな夜間では連絡を取り合っていなければ飛行中に出会うことは奇跡みたいなものだ」
「まあ、そうなんだが……」
「おそらく心配には及ばないのではないか?今頃は基地に戻ってくつろいでいるのではないか?」
ブライヤーはエンジンをひとつ失ってはいたが、それ以外に彼等の無事を疑うものは何も無い。彼はふうと気を取り直して仔犬の様な操縦桿を握り直した。
「ああ……そうだな。そのはずだ……」
この作戦に参加したブレニムは38機だったが、帰還できた数は半分以下の14機だった。
イプスウィッチから飛び立った204中隊の帰還機数は4機。そして先に帰還して部隊の帰りを待っていたはずのブライヤーはその姿を消し、ついに戻ってこなかった……。
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