第125話 Funeral sky

「各機、熱くなるなよ!?これは撤退戦だ。敵機とは距離を取り、上手く立ち回れ!あとはスピットに任せりゃいい!」


「?……ラジャー」


「イエス、サー……」


 隊長機であるベローの通信に他の2機は戸惑いながら返信した。


(オイ、オイ、オイ……良いのかー、さっきから……?)


 そしてすぐにブレニム3機はドルニエ6機と会敵する。暗がりの空でそれぞれが目を凝らしてソイツを睨んだ。


「んー……お出ましになったのはドルニエの……」


「確認はいい、弾幕っ!」


「イエスっサーッ!」


 強がりなのか余裕を見せる射手のケツをキャプテンが叩く。その一斉射を皮切りに射程距離もお構い無しの凄まじい撃ち合いになった。


 ブレニムは蛇行して全速で西に逃げながら追いすがるドルニエに向かって撃ち続ける。射角を確保するにも丁度良い、少しずつ降下しながら機速を上乗せしていく。それに角度を保てばドルニエも前部の機銃しか使えなかった。


「あれはDo17だな!ラッキーだぜっ!」


 ブレニムの射手が叫んだ。そう、前部の武装が機銃なら新型のDo217では無い。Do217の機首には破壊力の高い機関砲が装備されている。Do17の中にも機関砲に換装されている機体もあったが、幸い追っかけてくる鬼どもは機銃のままだった。


「全部撃ち尽くしてやるぜ!有り難く喰らっときな……っ」


 弓なりに飛ぶ光の射線をひたすら敵機の頭に狙いを定めて撃ちまくる!


「キャップっ左ひだりっ!」


 そしてインカムに叫んで不利なポジションを回避する。と、その瞬間に敵の弾光が胴体脇を縫っていく……


「うほほーっ、あっぶねーー!」


 体の芯がブルっと震えた。彼は深く吸って息を整えると、ふと眼下の景色が変わっていることに気がつく。


「いつの間にか海じゃん!キャップ、スピットはっ?」


「今探している!いいから撃ち続けろっ、曳光弾は良いノロシになる」


「ですね!」


 ベローの航法士もスピットを探してレーダーを見つめていた。


(くそ……もし合流出来なかったらさすがに…………)


 Do217と比べれば速度の遅いDo17でも傷つき蛇行するブレニムとの距離を徐々に詰めてくる。弾数に任せた機銃掃射が機体を叩く。


 見まわせば他の2機も確実に損傷が重なって、重い動きが目で見て分かるようになってきた。


 このままではいずれ落される。口惜しさを抱えてパイロットを見た時だった。


「何だ…?敵機が戦列から離れていくぞ!?ええと、3機…3機が撤退!弾切れか……?」


 後ろの射手が叫んだ。しかしおかしな話だとパイロットも航法士も首を傾げた。すると続けざまに射手が叫んだ。


「の、残りのドルニエも転身!離れていきます!」


「っ!?」


「もしかしてっ!」


 すぐに航法士はレーダーにかじりついた。


「……来たっ!!前方に小編隊、このスピードは戦闘機だっ!」


 真っ直ぐに向かって来るレーダーの点が強く輝いて見えた。そして、ザザ……というノイズの後に耳に馴染んだ母国語が無線から聞こえる。


「……こちらRAF…44中隊……お待たせした、一応、友軍ならば返信をいただきたい……」


 これでブレニムの乗員を推し包んでいた不安や焦燥感が一気に吹き飛び、いきおい返信よりも先に誰かが叫ぶ。


「我らがロイヤルエアフォースが誇る『癇癪かんしゃく持ち』が来たぞっ!」


 ※『スピットファイア』とは『癇癪持ちの女』を意味する言葉だった。


 諦めず、しかし腹を決めざるを得ないそんな状況から一転して、スピットの登場にブレニムの乗員は大いに湧いた。


「ああ、すまない……こちらもRAF、207中隊、指揮機ベローだ。また声が聞けて嬉しいよマーキス……感謝する」


「いや、こんな事くらいしか出来ず心苦しいばかりだ……ルートを外れていたから捜すのに少し手間取った。予定のコースですれ違ったスレッシュと話しが出来なければ見つけられなかったかもしれない……」


「!、そうか、無事に抜けたか……」


 彼はスレッシュの無事を神に感謝した。そして指揮官としての責務を全う出来たことにホッと胸を撫で下ろす。


「貴君らが見えたぞベロー。我々は一時方向、やや上を通過する……」


「了解……」


 安堵のため息を吐いて軽く見上げると、すぐにキレイな隊列を組んだ雄々しい機影が見える。


「ああ、こちらからも見えた……はは、しかしやはりスピットは夜空よりも青空の方が似合っているな……」


「そうかな?……ところで一応確認しておくが……残存機はこれで全部か……?」


 無線の声は少し重苦しく変わった。


「そうだ…これで全部だ…………」


「そうか…………」


 スピットはゆっくりと旋回する間、全員が東を眺めて置いていかねばならない戦友達に敬礼を捧げ、隊長であるマーキスは機銃を3度空に放って別れを告げた。


 その魂が迷う事なく祖国の家族の元へ還る事を祈って………………

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