第112話 血族と同族 2

 姉貴分には容赦なく甘える。たとえ煙たがられても妹分にはお節介を焼く。それぞれのカタチはあるが、それは彼女達に共通する同族への愛情表現のようだ。


 だからフレヤのしたことが悪戯に見えてもレオノーラが気を悪くする筈もない。


「ところで居ないようですが、セアラはどうしたのですか?」


 フレヤはオススメのリキュールをコーヒーの横に置いた。


「今日は来ていないわよ。多分今頃は家族会議でもしているんじゃない?」


「これ見よがしに置いておかないで、そのボトルはしまっておきなさい………」


 姉貴分はコーヒーだけを受け取った。


「そうですか……そうね、今決めなければ手遅れになるかもしれないものね…………」


「まあね、私たちでも爆弾には勝てない…でしょうし?」


 フレヤは憎らしげに肩をすくめた。


「でも何もせずに逃げ出すのは癪だけどね。というかセンセーこそ、こんな平日の昼間にどうしたの?学校は……?」


 するとレオノーラは小さなため息をついた。


「学校も……遂に休校になりました。以前から疎開で生徒も随分と減っていましたから。それでもロンドンみたいな大都市と比べれば、長く続いた方でしょう」


「そう……それじゃあセンセーも家族と避難するの?」


「我が家は……まだ答えが出ていません。ここに比べれば飛行場からは十分に離れていますからね。それに気がかりな事を残しては決心もつきません」


 フレヤは首を捻った。


「気がかり?」


「あなたのことですよ、フレヤ!」


「わたし……?」


 ワザとらしくポカンとしているフレヤを見つめてレオノーラがカップを置いた。


「それでは私達もこれから会議をしましょう」


「?、か…え?かいぎ……??」


「そうです。ちょうどお客さんがいないことも良い都合です」


 面倒そうにフレヤは半身を引いた。


「い、一応聞くけれど……何で?」


「あなたが今言ったでしょう?私達でも爆弾には勝てないと……でもあなたは自分の『力』を過信しているフシがあるし、そして、あまり躊躇もなく『力』を奮うトコロがありますね?」


「そ、それは……誤魔化すつもりはないけれど、私もバカじゃないんだからそんなことは……」


 ウソを吐いても彼女達の間では騙し通せる筈もない。フレヤの言い方はウソをつかずに指摘を認めない上手い躱し方である。


「まあ……その事について責めるつもりはありません。ただ、あなたは問題を軽んじる傾向がありますね?特に自身の事は軽んじるどころか無頓着なのかと思うこともあります」


 容赦のないレオノーラにフレヤは苦笑いしていた。


「ハハ…それってもう、カンペキじゃない……」


「いいえ、ですから揶揄しているわけでも責めているわけでもありません。それはあなたの良いところで、誰にも負けない魅力なのですから……」


「むむ…………」


 納得のいかないフレヤは腕を組んでまた口を尖らせた。


「まあいいわ。とにかくセンセーは私にここから逃げろと言いたいのでしょ?」


 レオノーラは頷いて、そして愛を込めて微笑んだ。


「だから話し合いましょう。これはそう、リスベットさんの代わりにはなりませんが、今日は仮でも姉として…代理の家族会議よ?」


「お……ああ、はい…………」


 フレヤは心地の良いレオノーラの押しつけに抵抗出来なかった。ひとりっ子が多い彼女達が兄妹がいなくても協調や役割意識を学んでいけるのは、こんな同族同志の関係があるからに他ならない。


 彼女達にとっては縁の深い同族は家族であり、一般に言われる家族は血族となる。


「フレヤ……私がエラと話したのはあなたのことだけではありません。ドイツの爆撃がどのように危険なのか……」


「ええ……?そりゃあ、マーティンソンは顔も広いし海運業の仕事柄、必要以上に情報を集めているでしょうけれど……攻撃の予想なんて専門外なんじゃない?」


「それでも精一杯の説明をしてくれましたよ?ここは内地のダクスフォード空軍基地…イギリス空軍の本拠地への侵攻航路になるから防衛基地が多い、とか……やはりここの空軍基地は攻撃対象になる、とか……街そのものにはロンドンほど興味を示さないかもしれないけれど、行きがけの駄賃のように爆弾を落としていくかもしれない…と、あの子は言っていたわね」


 フレヤは小さく呻いた。


「へえ……思ったよりも具体的なのね?」


「そうでしょう?そこであなたに聞きます……」


 レオノーラはカウンターに人差し指を立てた。


「もしもセアラがここで一人暮らしをしていたらあなたはどうしますか?」


「そりゃあ、さっさと逃げるように言うわよ!場合によっては引きずってでも避難させる」


 即答で言い切るフレヤに目を丸くする。


「そ、そう……なら、私の『気がかり』も理解してくれるわね?」


「もちろんよ。分からない筈がないじゃない。でもここのオーナーはセアラじゃなくてこの私よ……それに逆を言えば、私のことも理解してくれるのよね?」


「まあ!」


 生意気な妹分にすぐには二の句が出ない。


「たしかに……あなたの心情も理解できます、同じ魔女ですから。でももし、こんなくだらない事であなたを失ってしまったら私達全員が悲しい思い出を抱えながら生きていかなければならないのですよ?」


 親身に訴えるレオノーラにフレヤはにこりと笑った。

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