第113話 血族と同族 3
レオノーラの不安が本物ならフレヤの微笑みも本物だった。
「うん、大丈夫。殺されやしないから……」
「……かつて、私達は戦って未来を切り拓いてきた歴史もあります。あなたにも当然その記憶があるでしょう。でも、それは剣を振り回していた大昔のこと……今はもう、私達が力づくで意地を通せる時代ではないのですよ?」
フレヤは祖先の記憶から時代の遠くを見る。
「ええ、あるわね。戦いの女神と呼ばれてたくさんの人達と共に誇り高く戦っていた……他にも追われてやむなく戦っていた時代もあった」
「そうですか。あなた…『フレイヤ』と『タレイア』は特に戦いの記憶が多いようですね?負けず嫌いはだからこそなのでしょう……」
「そうかもね。それにタレイアの『馬鹿力』はそうして鍛錬されて受け継がれてきたのだろうし」
「ええ、聞いていますよ。タレイアは孤高の戦いを繰り返し、フレイヤは多くの人と共に矢面に立っていたと……」
「そう……そうね、なんだかんだで100年以上、皆んな付き合いが長いわね……」
フレイヤ、ナンナ、そしてパルカの血族には5代以上の付き合いがある。一番付き合いの浅いタレイアでも3代である。
「そうですよフレヤ。そして、これからあなたには…私の娘に色んなことを教えて貰わないといけないのですから……そうでなければあの子は『エウノミア』にはなれませんよ?」
「!?、そ、そんなことないわよ!それにっ、この私がまともな事を教えられるワケ無いじゃない!」
顔を熱くしてフレヤは手で気恥ずかしさを振り払った。そもそもこの人は褒められることに慣れていない……
「もう……っ」
「ふふふ、変な自覚は持っているようね?でもね…フレイヤが代々奔放で無鉄砲に見えるのは私たちの中では一番の情熱と優しさを持っているせいですよ?まあ、もちろんその他の理由もあるようですが……?」
すると鼻息荒くフレヤは腰に手を当てた……
「むしろ『その他』の理由しかないけど?」
そしてすぐに顔を崩した。
「でもさすが…震える殺し文句ね、姉さん……?」
「年の功ですね。とにかく私の言いたい事は伝えました。あとはあなたの判断に任せましょう。フレヤ、いいえ、フレイヤ……たまには楽な道を選んでも良いと思いますよ?」
「ん、ううむ……そう言われてしまうと、結局は自分のやりたいようにしか出来ないけれど……でも大丈夫!私は戦争なんかに殺されたりしないから、安心してよセンセー!」
そう言ってフレヤは得意気に微笑んだ。それこそが彼女らしい…と、レオノーラは諦めを含んだため息をもらして家族会議を締めくくったその時……
「たっだーいまーーー!」
休みのはずのセアラがテンション高く飛び込んで来た。
「お…おろろ……?レオノーラさん!」
「お邪魔していますよ、セアラ」
「何よセアラ、今日は休みでいいからって言ったのに……家族会議はどうしたの?」
「そんなのすぐに終わったしー。その後のんびりしていたけどフレヤさんは私がいないとダメだしー……」
レオノーラがクスリと笑う。でも今のフレヤにはその言葉を軽く受け止めることが出来なかった。
戦争は破壊と死を運んで来る。そんな『破滅』の存在をすぐ隣に感じると、表層にも現れないフレヤの最も深いところが恐怖で縮み上がった。そしてつい、イヤな想像をしてしまう。
もしもセアラがこの世界から居なくなったら……セアラが殺されるような事が起きてしまったら……自分も粉々に破壊されてしまいそうだ。自分の世界そのものが変わってしまうだろう。きっと世界を許せないだろう。
(それにセアラだけじゃないわね……)
自覚した……この子が言ったことは正しいと。しかしフレヤはこの重苦しい感情を押し込めたまま、澄ました顔をした。
「あっそ……」
フレヤを流し見てレオノーラが言う。
「そうですね、セアラがいればフレヤは安心ですね……」
「ですよー…!なんたって私は、自分がフレヤさんの首輪だと自覚してますから!」
フレヤは猛犬程度に凄んでみせる。
「なあにそれ……?私が猛犬だとでも言っているのかしらーっ?」
「ま、まさかあ……それどころかフレヤさんはフェンリルです。なのでー、ワタシはグレイプニールということでっ!」
※フェンリルは北欧神話の巨大なオオカミ。神に恐れられグレイプニールという魔法の紐で繋がれていた。ラグナロクでは最高神のオーディンすら飲み込んでしまうと言われている。
「セアラっ!!」
セアラはカウンターから飛び出しそうなフレヤから逃げ出して、レオノーラの背中で小さくなった。
「れっレオノーラさん、助けてください!!」
「おや?グレイプニールはこんな時に役に立つのではないのですか……?」
「あー……と、考えてみたらグレイプニールも結局はフェンリルを抑え続けることは出来ないのでした……とほほー」
「そうでしたね。でもグレイプニールなんかよりもセアラの方がずっと強いですよ。ねえ、フレヤ?ふふ……」
と、レオノーラはオチを作って二人を救ってみせた。
「!、まったくもう………それにしてもよく北欧神話なんか知っていたわね?」
「そりゃあフレヤさんの妹だもん。あっちのことも気になっちゃって……!」
そう言って自慢気にふんぞる姿がフレヤは嬉しかった。
「まったく……」
「そんなことよりっ、どうしたんですか、レオノーラさん!戻って来たら『お姉さん』が増えてて驚きましたー!」
「私もセアラに会えて嬉しいわ。学校が無期休校になってちょっと落ち込んでいたのですよ?それで、お転婆なフレヤと明るいあなたに会いに来たのです……」
レオノーラの言葉にセアラの社交性が溢れ出す。
「ほうほうっ、ワタシもウレシーですう!それじゃあこれからはもっと会うことが出来ますね?クリスティアナちゃんとも遊びますよーーっ!」
クリスティアナはレオノーラの娘である。愛称はアナ。
「そうですね……アナも喜ぶでしょう」
「うふふー、アナちゃん可愛いんだー…それになんたってえ、初めての『妹』だもんねー」
そして身をもじりながらにわか姉さんは溶けそうな顔をしていた。『気持ちは分かるけどそこまで?』フレヤとレオノーラの顔からはそんなセリフが聞こえてきそうだった。
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