第91話 First fight 2

「不発弾まで捨てやがってっ、手を振って見送ってもらえると思ってやがるのか!?」


 ユンカースJu88は追尾して来るイギリス軍機からも距離を置くために南へ大きく旋回しようとしている。逆立つクリフォードをフレッドがいさめる。


「落ち着けクリフ。全機追撃、海峡のハーフラインまで追うぞ!Bfはいいがユンカースは落とせっ」


 そのコマンドをオルドリーニが確認する。


「え?それってオレ達も散開で良いんですか、フレッド?ねえ、アット……?て、アレッ!?少佐はっ?ドコ行ったエムケーファイブっ??」


 横を飛んでいたハズのアトキンズの姿はすでに無い……


 アトキンズは追撃の言葉を聞くやすぐに降下していった。元々の高低差を利用して重力を味方にしたフルスロットル!機速は即座に時速600キロをゆうに超える。


「下だ、したっ!!」


 誰かが叫んだ。


 Juを見上げる頃には時速700キロ付近を指し、震える機体をなだめながら勢いを殺さずにゆっくりと上昇する。


 アトキンズは横を向いているJuを睨みながら腹に向かって機関砲のトリガーを握った。


「もう撃ったっ?!」


 衝撃と重低音をコックピットに残して、装甲車すらも穿つ直径20ミリの砲弾がJuの両翼を舐めながら左翼のエンジンに命中する!


「あっ当たったっ!?500メートルはあったんじゃないかっっ?」


 チームが手をこまねいている間に3000メートルの距離を手繰り寄せ、闇雲に撃ったに見えた機関砲弾がキレイにJuに収まる離れ業!


 アトキンズはそのままJuの手前を上昇して行った。無線からはようやくアトキンズの声が聞こえる。


「すまん…ヤリ損なった、両エンジンを狙ったんだが……後はBfに集中する」


 そのヤラれた片方のエンジンは黒煙を引いている。ほとんど一瞬の出来事を前に敵も味方も数秒間うつけになった。


「や…ヤリそこなった…て?」


「ワーオ!規格外!!」


 我に帰ったフレッドはすぐに無線で指示を飛ばす。Bfが泡を喰って飛んでくるからだ。


「い、いいからすぐにソイツを落とせ、Bfが来てるぞ!」


 エンジンをひとつ失って逃げ惑うJuを救おうとBfが1機突っ込んでくる。それを迎え撃つのがスピット隊の役目だ。


 被弾したJuに迷わず突っ込むハリケーンを援護する為にスピット隊は寄ってたかってBfに向かって行くが、しかし……


 突然、激しい弾丸の暴雨がBfの尾翼を粉砕した!


「っ?!」

「な……っ?」


 そして直後にMk5が視界を縦に切り裂いて、ほとんど垂直で降りていった……


「お…おお……」


「とにかく落とせおとせ!ハーフラインまで5分も無いぞっ。早くトドメを刺すんだ!」


 呆気に取られている者の背中をフレッドが言葉で叩く。


 Juは5機のハリケーンに、Bfは5機のスピットに囲まれて袋叩きに遭うのだから両機とも1分と耐えられずに海の藻屑となった。


「ふうー。まったく何?あの人……」


 ひと心地ついてオルドリーニが呟いた。


 格闘戦になるとアトキンズが水平に動くことはほとんど無かった。上下に動き高低差を利用して敵機に捕捉されないように攻撃する。それ自体は他のパイロットでも普通に行なっていることだが、つまりはこれが『一撃離脱』である。


 しかしアトキンズの場合には、そのスピードと角度が度を超えている。スピードが増せば照準は大きくぶれ、角度が立てば必然的に的は小さくなる。更に横切って行くような敵機を狙おうとすれば、照準は照準器の枠の外になる。互いに動いている以上、見た目と感覚では弾は真っ直ぐには飛ばないのだ。


 それに、しっかり狙おうとするほど上昇と下降は緩やかな弧を描くものだ。そして狙っている間は動きが固定されて無防備な状態になった。しかしその隙がアトキンズには殆ど無いのだ。全ては弾の射線を予見する『目』と、類まれな勝負感が彼をエースたらしめていた。


 そしてこの後は多勢に無勢ながらも敵味方入り乱れての混戦になる。こうなると互いに射線の奪い合いになって途端に撃墜が困難になる。


 最後のJuを追いかけ回しているリーアムもリミットラインに焦りながら責めあぐねていた。


「のらりくらりとコイツ……っ、あと少しなのに……」


 捉えられそうでいて、Juはしっかりと射線を外しながら、しかし確実に大陸の方へ逃げて行く。


「コイツ、上手いぞ」


 ユラユラと大きく右に旋回するユンカースを追っていく。


(もうチョイ……)


 討ち取れる!トリガーに指を掛け、そう確信した、その瞬間……


「リーアムっ、下へ逃げろっっ!!」


「っ!!?」


 リーアムは反射的にスロットルを戻し、更に操縦桿を倒して機体を下へズラしたその直後、コックピットの左をハスって乾いたイヤな音と共に左翼に弾痕が刻まれた。


(撃たれたっ?!)


 すぐに横転したコックピットから上を見上げると、Bfの銃口がこちらを睨んでいた。


 リーアムはそのままロールしながら急降下し、そのBfの下に潜るように回避して事なきを得る。


(Bfの正面に吊り出されたっ??も、もし…あのままユンカースを追っていたら……?!)


 身体の芯から伝わってくる震えに襲われて冷や汗が全身を濡らした……


 あの一声が無ければ、自分が反応出来ていなかったら、機銃の直撃に風防は耐えきれず銃弾の雨が自分に降りかかっていたハズである。


「い……今の声はアトキンズ少佐だった、よな……?」


 震えの治らない手で操縦桿を握りしめてアトキンズを探したが、その時には既にMk5の姿は無かった。


 結局……最後のJuを撃墜する事は出来ずにタイムリミットとなる。この戦いに参加したイギリス軍機は34機、被弾機多数、中破は2機、撃墜された者はいなかった。

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