第90話 First fight 1
この日の午後、広範囲に海峡に散らばるドイツ機を迎え撃つためにイプスウィッチからは11機の迎撃機が飛び出して行った。
編成は1班から3班。ホーカーハリケーン5機とスーパーマリンスピットファイアの6機がドイツ機を迎え撃つ。合流組は第二波に備えての控えにまわされた。
「こちらはフレッド……」
中隊指揮官であるフレッド・アーキン少佐からの短距離通信が入る。
「ドイツ機の目標は海峡の艦船と思われる。おそらく敵さんの数は少ない上にハリッチとマートルシャムの連中が先に到着している筈だ。しかし油断するなよ、何しろ実戦は随分とご無沙汰だったからな。特にリーアム、無闇に敵機を追い回すなよ?」
「分かってますよ、フレッド。まあでもスピットの皆さん、後ろはよろしくお願いしますよ?!」
「…………」
「……」
返事は返ってこなかった。
「ひどっ!中隊の初陣からこれですかっ?!」
「言われなくてもハエは蹴散らしてやるが、自分のケツの周りくらいよく見てろよ?」
ダリル太尉が釘を刺した。
「どっちかっていうとコッチがハエですけどねー」
フレッドやリーアムが乗るハリケーンの役目はその武装を活かした爆撃機の迎撃である。そして運動性能で劣るハリケーンを守るのがアトキンズなどのスピットファイアの役割りであった。
11機編隊の英国機が海峡をぶった斬って飛ぶ。編隊は広く拡がりそれぞれが目を凝らして敵影を探した。
飛び出してから5分、沖合い20キロほどの所でアトキンズが無線を入れる。
「1時方向、機影多数……」
(え?どこどこ??)
晴天ならば機影を見つけやすいが、薄い雲が覆う下に千切れた黒雲が散らばっている。こんな日は空の迷彩に紛れて発見しづらいものだ。
そして眼下にはドイツ機から遠ざかろうとイギリスに逃げてくる艦船がアトキンズには見えた。
「こちらMK《えむけー》5、ハリッチから50キロ東の沖合いで民間の輸送船が2隻、ドイツの攻撃機から逃げている。更に沖合いに沈みかけている艦船がイチ。海軍に救助を要請……」
アトキンズはすぐに近隣の空軍基地に救助を要請して答えを待つ。ある不安を抱きながら……
(俺の……このコードレターは通用するのか……?)
レイヴンズクロフト上級大佐の独断で洒落たコードレターを背負わされて、はたしてこのコードレターが公式なものなのかアトキンズは今だに半信半疑のままだった。するとアトキンズの通信にすぐ返信が来る。
「了解MK5、こちらハリッチ管制。救助要請は既に成されています。貴官は任務を継続して下さい。ご武運を……」
(お…通じたな……)
エムケーファイブのコードレターがあっさり受け入れられて、レイヴンズクロフトの権威を改めて思い知る。軍の規定や条項を捻じ曲げる剛腕である。
(とにかく、海軍が向かっているなら露払いをしておかないとな……)
アトキンズは改めて戦闘空域を睨んで機影を確認した。そこでは30機から40機の航空機が入り乱れている。
「Ju88が3機、1機はもう落ちそうだな。それからメッサーを10機以上確認。残りは全て友軍機だ」
「マジですかっ、アット?!」
アトキンズの目の良さに思わずアマデオ中尉が声を上げる。機影が見える所までは来たが高速で入り乱れる機体を識別するなど尋常では無い。ちなみにJu88はユンカース社のオールマイティーな軽爆撃機だ。爆撃、雷撃の他、戦闘や偵察機にも使用されていた。
「ユンカースは魚雷を抱えているぞ。下の輸送船を追ってこっちに来てるな……?しかし、この状況で撤退しないとは……」
望遠鏡でも覗いているかのような実況にはフレッドも舌を巻いた。
「凄い『目』だな、アット。だが助かる……よしっ、せっかくの『正面』だ。ハリケーンはユルく
「了解!」
「イエス、サー!」
やや下方のJu88を狙ってハリケーンが高度を下げ始める。
距離が近づくといよいよ鮮明になり、まさに群れ同士の縄張り争いのような大混戦になっている。
「ひょーっ、やってるやってるーっ!もうぐちゃぐちゃだな、当然だけど……」
ダリル太尉が思わず声を上げた。Ju88は機銃を浴びながら機体を振ってこちらに向かって来る。友軍はJu88に絡みつき、メッサーシュミットは射線を取らせまいと友軍を追い回す。
そんな様子を前にハリー少尉が苦い顔をした。
(オレ、途中から割って入るのは苦手なんだよなー。何処から手をつけていいやら……)
そして先行していたハリケーン各機が機関砲のトリガーに指をかけようとした時、Ju88が急に旋回を始める。それを見てクリフォードが叫んだ。
「オイオイオイオイっ!」
更には置き土産とばかりにその場で魚雷を投棄し始めた。
「ふっザケンな、コラっ!!」
撤退の構えである。こちらの編隊を見つけたのがきっかけなのは明らかだった。
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