第85話 アプヴェーア 2

 スイスと聞けば……思い浮かべるのはマッターホルンやモンブランを抱くアルプスの山々ですか?ゆっくりと走る山岳鉄道ですか?スイスチョコレートも有名ですよね?


 多くの人が思い浮かべるスイスという国のイメージは、美しい山岳地帯の原風景と風光明媚な街並みの観光立国。そして確かに治安も良くて牧歌的な風景は純朴な人々との和やかな交流を想像させる。


 のであるが……移住となると人気の高さとは相反して中々に垣根が高いようだ。排他的、とまでは言わないが伝統主義なのか保守的なのか、無責任な又聞きによると移住した人々からは地元の風習やコミュニティに馴染むことに苦労する、というようなご意見が多く出るようである。


 そしてそれは国策からも見て取れる。スイスは他国の侵略行為に関しては世界大戦以前から永世中立を基軸とした対外政策を世界に示してきた。相手がどこであろうと毅然とこれを迎え撃ち、徹底抗戦の果てに力が及ばない時には自国の全てを破壊し尽くす『焦土作戦』を盾に従属する事を拒んできた。


 この苛烈とも思えるプライド。どうやらスイス国民になるにはそれ相応の矜恃と覚悟を見せなければ受け入れてもらえなさそうである。そういえばハイジのアルムおんじも優しいけれど厳しそうな人だったなあ。


 そんなスイスにフラリとやって来て、気づけば地元に馴染んでいる妙な夫婦が居た。今は帰る家も無い流浪のジプシーです……などとうそぶいて、夫婦はいつの間にかスイスの首都、ベルンの郊外で人々に溶けこんでいた。


 そして夫はよく西の空を眺めながら景色に透けてほおけていた。その姿を見つけると、妻はため息を吐きながら慰めに行くのだった。


「まったく……ホントに海を越えてあのに声が届きそうね?」


 呆れた妻に苦笑いされながら夫は、少し恥ずかしそうにやはり苦笑いをした。


「ははは……あの娘がちゃんとやっているのは分かっちゃいるんだが、心配なのはイギリスそのものだしなあ。いくら気丈なあの娘でも、やっぱり一人じゃ不安なんじゃないかなあ……」


「なに言ってんのよ?セアラもいるし、ソフィアちゃんもエラちゃんも…しっかり者のノーラちゃんだっているでしょう?アーサラにも良くよく頼んできたし……て、もうっ、こんな話しは何回目っ??」


 アーサラはセアラの母親です。お気づきの通りこの夫婦はフレヤの両親である。まったく子離れ出来ない父親にリスベットはずっと手を焼かされていた。


「ホントにもう……フレヤが死んだらあなたも死んじゃいそうね?!あなたの子離れの為の別居じゃ無いのだけど?」


「子離れ……?そんなもの、するつもりもないさ……」


「まあ…っ!」


 しれっとそんな事を言う父親に母は尚更呆れるばかりである。でも父の言葉には続きがあった。


「でもね、フレヤが心に決めたことなら……どんなにツラい事でも涙を呑んで見送るさ」


 とっくに涙を呑んでいるパウルが可笑しくて、リスベットは声を出して笑いだす。


「くす、あははは……」


「な、笑うことはないだろ…」


「そうね…ごめんゴメン。やっぱりあなたで良かったわ……大好きよ、パウル……」


 リスベットは笑ったお詫びにパウルに寄り添って頬にキスをした。






 破竹の勢いで連戦連勝、政府の派手な宣伝もあって、ドイツ国民は意気に溢れていた。特にベルリンともなれば、戦果をあげる度に飾りつけられた賞賛とプロパガンダが流された。


 ここは、あらゆる機関の本部が集中している首都であり、各組織の重要人物と要人が行き交う帝国の拠点である。


 そうなると便の良い場所にあるパブなどは政府や軍の人間が入り浸り、一般人の足は遠のいてあたかも政府御用達の社交場が出来上がる。


 そして一般人が居ては憚られるような密談を交わすにも都合の良い場所になっていた。

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