第81話 私は負けません 2

 および腰は否めないながらもアトキンズはローレルを見つめ返して考え込んでいるようだった。その姿を見て彼女は笑みをこぼす。


「この戦争が始まってからは……こんな話をするとすぐに逃げ出していたのに……嬉しいです少佐」


「!」


 急に恥ずかしくなったアトキンズはアタマを掻いた。


「そうか……守ろうとしていたのに…いつの間にか守りたいものから遠ざかって、ちゃんと見ようとしなくなっていたんだな。それじゃあダメだな、ただの独りよがりか……」


 その独りよがりのぼやきを聞いてローレルは電気が走った様に背すじが伸びた。


「あ、ええっ?……それは、その……わたしの事…ですか……?そ、それとも色々と、こ、この国とか……人とか…い、色々コミコミな感じ……ですか?」


「ん……んん、『色々コミコミな感じ』かな」


「あ…ああ、やっぱり……?」


 力が抜けると肩を落とし横を向いてうなだれた。


「まあいっか……少佐が元に戻ったから……」


「視界が開けて目が良くなったんだ」


「もともと目は良いのにねえ?」


 ローレルの言葉がフレヤと重なった。


「え?そ、そうだな……」


「でも……そんな変化って、支障はないんですか?その、戦うことには……?」


 緊張の糸と集中が切れたのではないかと、そんな心配もあった。


「ん?心配ないよ。ちゃんとその時にはスイッチを入れ直す、今まで通りにな。ただそのギャップに自分で驚いて、さっきは呆けていたというワケだ」


「ふむ……一体どうしてそんなことに?」


「んん?そうだな……『覚悟』は捨てて『決意』に変えてみた」


 にわか仕込みの決意だが。


「決意?……ふうん。意思を定めそれを貫ぬく決心……ですか?」


「へえ……ちゃんと言うとそうなんだ?じゃあ『覚悟』は?」


「どんな事態でもそれを受け止める心構え……て、少佐、ずいぶんと曖昧な認識でそんな決意表明を?」


 ローレルは呆れ気味に驚いていた。


「うんまあ、ふんわりと?でも皆んなそんなもんだろ?」


「ええ?そうかもしれないけど……」


 何となくお仕着せな言葉が気になった。ローレルはじっとりとアトキンズを見つめて背中の影を想像した。


「『覚悟はネガティブな言葉だから決意の方が好き』…て、フレヤさんが言ってましたか?」


「っっ!!」


 ツンとすまして軽く見透かされたアトキンズは驚いて腰を浮かした。見透かした本人は冷やっとした声色で言う。


「それくらい分かりますよ。いかにも少佐が言いそうなことだけど、少佐はよくわからない言葉を確信を持って語らないだろうし……人の覚悟を否定するようなことは軍の関係者は絶対に言わないだろうし……」


「いや……」


「それにその言葉は彼女そのものですよ。フレヤさんとは知り合ったばかりですけれど、あの人ほど決意を持って生きている人は近しい中にはいないですよね?」


「ま、マジか…まいったな……」


 アトキンズが頭を抱えているは受け売りの言葉がフレヤのモノだと気づかれたからではなく、ローレルを相手にしては迂闊な言葉をひとつ使っただけでフレヤが対外的に秘めている事を暴いてしまいそうだからだ。


(ああ、少佐困ってるなあ……)


 付き合いの長いローレルはそんな様子からアトキンズが恐れている事をやっぱり察して遠慮して、それに大人げなく拗ねて見せるのも可哀想かな?などと気を遣ってため息をついた。


「まあ、非凡ですよね。強くて、したたかな所がなんともサマになっていて、美人で……やっぱり何か違いますよね、『彼女達』って……?」


「ろ……っ!?」


 正直に驚き慌てて口をつぐんだアトキンズにウィンクしてローレルは小声で言った。


「もう知っていますよ……メイポールの2人とは既にお友達です!」


「!……ん…むう……いや、君はカマをかけるようなマネはしないか。そうか……」


 隠さなければならないことが無くなって、一気に肩の力が抜けていった。


「良かった……これで君に嘘をつかなくていいんだな。気が楽になったよ……」


「くすくす……私も見ていられませんでしたよ?ホントに嘘がヘタなんだもの少佐は……」


「ちがいないな。はは……」


 これもローレルの気遣いに違いない。いつもながらと感心させられながら肩を軽くしてもらった事を感謝した。


「でも口止めされたんじゃないのか?」


「ああ、まあ…そうですね。でも大丈夫、同じ秘密を知っている性格の良い少佐に話してもモズに突かれることは無いでしょう」


「性格?モズ……?」


 結びつかない話しにポカンとしている顔をローレルが笑った。


「はい。でもこれは、セアラちゃんと私だけの密約なので教えてあげません」


「お…っと、それじゃあ俺には踏み込めないな?」


「はい」


 なら仕方がないとアトキンズは肩をすくめて顔をほころばせた。


「ところで……俺を探していたのは、何か用事があったんじゃないのか?」


「ああ、はい。実はたった今、スロットルレバーを交換したので……」


「スロットルの交換?」


「ええ、20分程度の作業でした」


 交換と言われてもMk5のスロットルレバーに問題は無かった。


「さすが早いな…じゃなくて、なぜスロットルを交換したんだ?」


 すると少し言いづらそうにひと息飲み込んだ。


「……それはですね、安全マージンであるスロットル開度を量産機と同じに合わせるためです。交換後は今までの90パーセントの開度になります。元々耐久テストの為のセッティングだったので、パワーピークを過ぎて余分に10パーセント開いたところでその分のパワーが出ていたワケでもありませんから……」


「そうか……つまりはダウンチューニングだな?」


「違います!それに燃料が100オクタンになったことで実際はパワーアップすることになります。安心してスロットルを押し込める方が戦いに集中できる筈だ、ってニコルズさんも言ってましたよ?」


 コンピューターを介さないこの頃のエンジンは燃料によってもその性能は大きく変化した。


「それは、その通りかもしれないが……しかし本当のMk5が封印されたようで、残念だなあ……」


 その顔はオモチャを取り上げられた子供そのものだ。そしてローレルは母ちゃんだ。


「はいはい、アール少年なら絶対そう言うと思いってましたよ!」


「お?」


「少佐がどーーおしてもMk5を鞭打ってエンジンが泣いているのに気持ちばかりのパワーが欲しくなったら……スロットルを時計回りに捻ってください」


「この上なくやりづらくなったな……」


「捻れば今まで通りにスロットルは開きますが……」


 ローレルは冷ややかに目を細めてプレッシャーをかけてくる。


「わ…分かってるさ。全開は30秒以内だろう?」


「いえ!オクタン価が上がったので20秒以内です!その後は1分間のクールダウンです、厳守ですよ?」


「りょ…了解……」


 気圧されたアトキンズが了承するとニコリと笑って頷いた。


「よろしい。では私はまだ仕事があるので行きますね。異音のするMk1があと2機残っているので……」


「Mk1?合流組の機体か……」


「はい、だいぶ飛行時間がかさんでいる機体もあるのでいっそのことMk2と交換してあげたいですね。もっとも納入された機体の運用を決める権限なんて、私にはありませんが……」


「そうか。まあ、無理はするなよ?」


「大丈夫です」


 そう言って手を振りながら滑走路に戻っていった。






 早足で食堂を後にしたローレルは周りに悟られないよう静かにため息をついた。


(はあ……イヤだなあ、こんな気持ち……こんなやきもちで人を疎ましく思う、自分が……)


 自分をさいなむむほどの理性があなたの弱点だとフレヤに言われた。それがヤケに心をざわつかせる。


(でもフレヤさんが人を混乱させる為にそんな事を言う人じゃないのも分かっているし……こんな気持ちに負けるわけにはいきません!)


 誰かを疎ましく思っても、それで人を逆恨みして嫌いになるような人間にはなりたくない。そう思っていた。


(少佐のことは好きでも恋愛じゃない、あなたはそう言ったけれど、それじゃあ何故、私とはフェアでありたいと言ったんですか?何故、戦争に囚われていた少佐の心を解き放ったんですか?私には怖くて出来なかった……それがどんな結果を招くのか予想出来なかったから……)


 覚悟と決意、パイロットが生き残るためにはどちらが必要なのか。それはローレルにも分からない。


(私達ってまるで正反対ですね、フレヤさん?私が感情のまま意地の悪いことをするとは思わないのですか?違うな……あなたはきっと、理性の壁を壊せと…ううん、作り直して扉でも付けろと、言っていたのかな……?)


 そうは言っても、もしも改築されたとしても、その扉は軽いものではなさそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る