第73話 血の記憶 1

 一個中隊を運用するため人員は最低でも30名以上、その他にも警備強化の為の兵士、医師、看護婦、環境を維持する為のスタッフなど。


 追加される車輌は燃料車、整備車、電源車、消防車、救急車、ジープ、トラック、装甲車など31台。


 そして搬入される大荷物は各機体のパーツ、武器、弾薬、取り敢えずの高射砲が4門、機銃が8機、更には生活物資や当面の食糧など、極めつけは大量の100オクタンの燃料と、全てを合わせるとトラックの数は100台以上にもなった。


 それら全てをたったの1日で、完璧に機能するように収めねばならない。今までとは一転して物々しいこの状況をイプスウィッチの住人達は不安な気持ちで見守っていた。






 基地が舞台裏の様にごった返しにひっくり返っている時、アトキンズは紅茶をご馳走になりながらフレヤと楽しくおしゃべりをしていた。


「そう…あなたのお母さまは画家なの……」


「石工のオヤジが修繕に通っていた教会にオフクロが絵を描きに来て知り合ったらしい。まあ、オフクロはひいき目無しに言っても美人だったから、オヤジはよほどオフクロの絵を褒めちぎったのだろうさ……」


「ふうん……あなたのお母さまの絵、見てみたいわね。モリー・アトキンズか……M・A…モリー・A……」


 わりと絵が好きなフレヤは名前の記憶を探っていた。


「たいして売れてもいないさ。まあ、一人暮らしだったら食べていけるくらいのものかな?あとオフクロが絵に入れるサインはモリー・ポッティンジャー、もしくはモリー・P、旧姓だな」


「!!、モリー・ポッティンジャーっ?!」


 今までアトキンズが見たこともないような顔でフレヤは驚いた。


「え?ああ……」


「も、モリー・ポッティンジャー……私の部屋の壁に…掛かってる…………」


「なにっ?!、ほっ本当かっ!?マジでオフクロの絵かっ??」


 思わずアトキンズはテーブルに手をついて身を乗り出した。


「……森の中に大きな木が立っていて……光と泡が鮮やかにキラキラとキャンバスいっぱいに輝いていて…………」


「!、それはきっと、実家の近くにあるホワイト・ローズレーンの森の中に生えていたオークの大木だ……昔から…オフクロはヤケにあのオークが気に入っていてな、今までに何十枚とその木を描いているよ。そうか、どうやら間違いないな。たまげてひっくり返りそうになったが、ソイツはオフクロの絵に間違いない」


「ええ…私も驚いた……」


 興奮していた2人は一転してソファーに沈み込み、大きく息を吐いた。そしてフレヤは目を閉じてクスリと笑った。


「どうやら『私達』と過去にえにしがあるのは、お母さまの方で間違いないわね」


「オフクロが?どうして?」


「空気の感触を実感しているあの絵、生きものがこぼ生命いのちの光としずく。あの大木の絵に描かれている色使いと風景はね、私達が見ている景色に近いものよ?」


「お、オフクロの…描く絵がっ?!」


 母が筆を持つ後ろ姿が、アトキンズの脳裏に甦る。


「えっ?オフクロは魔女なのかっ??いや、そんな話はまったく……」


「それは、分からないわ……それに近いとは言っても大分誇張されていると思ったし、でもこの作者は絶対に同族だと思って、素敵な絵だと思って買ったのよ。もしかしたらあなたのお母さまは心に思い浮かんだ心象風景として、自覚も無く描いているのかもしれない。もう埋もれてしまったけれど、魔女だった祖先の力の名残りとして……」


 フレヤは胸に手を当てた。


「私達に受け継がれているのは血脈だけじゃ無い。その血には祖先の力と共にその魂や記憶も封じ込められているの。私の中には母さんの、それにおばあちゃんやひいばあちゃん、そのずっと先まで、時おり光が横切るように一瞬だけ…この中にある思い出を覗き話しをすることが出来る。どんな時間の隔たりも越えてね……」


「ほ、本当か……?もう話がデカすぎてついていけん」


「クス……途中で本流から外れたとしても、あなたのお母さまにも間違いなくその血は受け継がれているのよ。もちろんあなたにもね」


「俺の中にも…………」


 彼女達は無意にその名を誇示してきたわけではない。フレヤもフレヤの母親も『フレイヤ』であり、『フレイヤ』の記憶と力を悠久の時の中で受け継ぎ繋いできた。それ故の『名跡』でもある。


 そんなことは知らず何も得られるはずも無いのに、アトキンズは直感的に自身の年月を越えて、その先の何かを探しだそうとしていた。それは己が身を置き去りにした何の色も持たない空っぽの境地である。


 その姿はフレヤを驚かせ喜ばせた。


「ふふ、何か見えた?」


「!、え?……いいや、なにも……」


「そう……あなたにはホントに驚かされるわね。男でこれほど私達に近い人を見たのは初めてよ?」


 呆れたように笑った。


「そうか?」


「ええ、ほんの一枚…透けた薄絹の向こうに立っている」


「そうか。しかしその薄絹は、どうやっても破れそうにないな……」


「さあ、どうなのかしらね?」


 それ以上は何も言わずに、フレヤはうっすらと微笑んだ。

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