第72話 フライングマーキス 2

 アトキンズも以前に華々しく機関誌の表紙を飾ったパイロットのひとりで、その時のタイトルはドイツ軍パイロット達が畏怖の念を込めて呼んだ『エアスペースバンデッド』の二つ名がそのまま採用された。


 エアスペースバンデッドはこの国で3本の指に入るトップエースである。そのアトキンズがこの基地に配属されていると聞き、ロングフェローは息を飲んだ。


「なんということだ…期待の新型Mk5に希代のパイロットアトキンズ少佐とは……しかしこれもまた是非ともお手合わせ願いたいが……」


「そこらへんはアトキンズ少佐も快く受けてくれますよ。やっぱり根っからの飛行機乗りですからねえ、もう…ちょっとつついただけでノリノリですよ!」


「ほう、それは楽しみだな!はっはっは……」


 若干暑苦しいロングフェローの高笑いが耳についたのか辺りの注目を集めると若いパイロットがまたひとり近づいて来た。


「あのう…失礼します。ココにアール・アトキンズ少佐が赴任されているはずですが、少佐の宿舎はどちらでしょうか?」


 若く、そして小さい。更にはパイロットスーツの似合わないベビーフェイスからは年齢も想像できないが准士官ではなく少尉の階級章を付けていた。


 あまりにも軍服の不似合いなこのパイロットに男3人は動けなくなってしまうが、ローレルにはそんなことは関係なかった。


「ここに少佐がいることをご存知ということは、お知り合いですか?」


「あ、はい…失礼しました。元義勇軍のカルビン・シャムロックといいます。アトキンズ少佐の一番弟子を自負しています」


「ああ!あなたがカルビン君……少佐からもお話を聞いてますよ、14回ほど……」


「そんなに?嬉しいなあ……もしかしたらあなたはライランズさんですか?」


「はい、スーパーマリン社のローレル・ライランズです」


「やっぱり!マリン社には天才がいると少佐によく聞かされました。ようやくお目にかかれて嬉しいです!」


「いいええ、こちらこそ……」


 何気ないように見える初対面の挨拶に3人は思った。


(14回、て…そこツッコまないの?)


(天才って言われてサラッと受け入れる人を初めて見たよ)


(これは……普通では無いな。面白い!)


 気後れしないのはロングフェローくらいだった。


「失礼、シャムロック君と言ったね?」


「はい、大尉……」


「キミは元義勇軍と言ったから今は空軍に在籍しているのだね?」


「はい、1年ほど前、19歳になった時に空軍からお誘いを頂きまして、色々と考えた末にお受けしました。それまでは戦闘機パイロットの教育を受ける傍ら、アトキンズ少佐には目をかけていただいて、訓練でもたっぷりと鍛えて頂いたんです。空軍に移った後も色々と面倒をみてもらって…だから少佐がいるこの基地に転属が決まった時は小躍りしました」


 ふむふむとローレルがうなづいている。


「ええ、聞いてますよ。センスの良い若者がいると少佐から聞いていました。シャムロック君はすごいんですよ、空軍からの誘いというのは少佐と同じ『特待』扱いですから」


 それを聞いてロングフェローは改めてシャムロックを見た。


「な、なるほど……それでは若いながらもウデは立つということだね?」


「とんでもないです。まだまだ経験も、少ないですし、アトキンズ少佐と模擬戦をしていただいても…10本やって、勝てたと思えたのは2本くらい……でした。それにはたして少佐がその時本気だったのかどうか……?」


「っ!」

「!?」


 これに驚いたのはイプスウィッチ組の2人だ。何しろアトキンズがここに来てから模擬戦での無双っぷりを散々見て体験してきたのだから。


(ウソだろ?!あの人から一本でも取れんの?俺なんて100本やっても取れそうに無いのに??)


(オイオイ、マジかよ……!)


 天才が育てた天才…義勇軍ではそう噂される程だった。


 そしてロングフェローは2人の反応から同じパイロットとして状況を感じ取る。


「ほほう……どうやらここでは退屈せずにすみそうだ。ふふ、さすがはクロフト大佐殿と言ったところだな……」


「そのおっしゃり方だと、クロフト司令官とはお知り合いなんですか?」


 ラスキンが尋ねた。


「うむ?そうだね、今では主従関係こそ無いが、我がロングフェロー家は8代前は王国騎士としてクロフト家に仕えていてね。数多の戦場に共におもむき、その度に敵をほふっては生き残ってきた。その関係は200年の年月を経ても変わることがないのだよ」


「な、なるほど……」


「そうだ、そもそもキミ達に声を掛けたのはクロフト大佐の司令官室に案内をお願いしようと思っていたのだった……」


「それは、モチロンご案内しますが、おそらくもうすぐ中佐……ピアース中佐が出迎えに来ると思いますので、それが落ち着いてからの方がよろしいと思いますよ?もしかしたら大佐も来られるかもしれませんし……」


「そうですか。分かりました、ではもうしばらくここに集ったひとクセありそうなパイロット達と歓談するとしようかな?」


 そう言ってロングフェローはニヤリと笑った。もちろんラスキンが……


(いやー、あなたも相当なクセ者ですが……?)


 と、苦笑いしたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る