第74話 血の記憶 2

「ねえアール?」


「ん?」


「変なことを聞くけれど、あなたは戦うことが好きなの?」


 アトキンズはハッと彼女を見てから視線を外して首を振った。


「本当に突然だな?いいや……操縦のウデを競い合うのは好きだが飛行機で殺し合うなんて最悪だよ。特に戦争なんて反吐が出る」


「だったらナゼ兵士なんてやっているのよ?あなたに軍服は似合わないわ」


「そうだな…俺も軍服は好きじゃないよ。それでも何故と問われれば、それが俺に出来る唯一だったからさ。しかもやってみたら俺は空中戦が得意だったらしい、だったら尚のこと……」


「なに?」


「いや…いいんだ。それよりも俺はキミのおかげで飛ぶことの楽しさを改めて思い出したよ。最近じゃ空中戦のかけひきばかりを考えて純粋な楽しさを忘れかけていた……俺はもともと自由に飛びたかっただけなんだ。べつに戦闘機のパイロットになりたかったわけじゃないからな」


 その答えにフレヤは不満そうに口を曲げた。


「いいわよ、言いたくないのね?それなら私も聞かない。今はね……」


「ありがとう……君には色々と、ちゃんと礼を言いたかったんだ」


「礼…?何よ急に、気味が悪い……」


「俺はこの街に来てからまだ…ほんの僅かな時間しか過ごしていないが、君のおかげで少しも退屈することが無かった」


 するとツンとすました顔で相槌を投げ返す。


「……そう」


「今日もそうだが俺の血筋の話も面白かった。何だか結構嬉しかったしな……」


「…………」


 だんだんとアトキンズを見て話を聞きながら、ムッと睨んで口をつぐみ、不愉快そうに身を引いた。


「夜のダンスじゃ随分と鍛えてもらったしな……そういやあ俺が来る前は、随分とウチの連中も鍛えてくれていたんだよな?ちゃんとアイツらもそれは分かっているし、心の中じゃ皆んな君に感謝しているよ……」


「……おやめなさいなっ!」


 我慢が出来なくなって、フレヤは突然アトキンズの話しを遮って声をあげた。


「え……?」


「それは一体ナニ?ナチスが目の前にまで迫って来て、今更怖気付いたワケ?自ら望んだ挙げ句に周りの人達全てとお別れを済ませないと戦えないの?そうやって自分で勝手に区切りを付けて、ワタシをあなたの中から追い出すつもり?」


「!、フレヤ………」


「それがケジメだと……いさぎよいことだとでも思っているの?そんな覚悟はただの自己満足で、人も自分も見捨てた独りよがりな自己完結よ!」


「いや……」


「未練を持って行きなさいよ!引きずりなさいよ!!戦争が嫌いなら戦争に殺されるなんて我慢できないじゃないっ。逆に戦争を殺してやりなさいよっ!あなたはエースパイロットなんでしょ?!」


「!……キミはっまさか……っ?」


 強い女性ひとだ。見つめる真っ直ぐな瞳にフレヤの強さと熱さ、そして優しさが身にしみて分かった。


「手厳しいなまったく……本当にいつも無茶を言う」


「我が同族の子であるあなたが、この程度で無茶とか言うな!いい?私達の血脈の祖はあらゆる迫害の中でも生き抜いてきた、諦めなかった。その強さと一念を受け継いで生まれてきた私たちはどんな困難でも負けるわけにはいかないの。生き抜かなきゃいけないのよ……」


「分かった、分かったよ…っ」


 まるで向かってくる猛獣から身を守ろうとばかりに両手をフレヤに向かってかざす。


「ホントにっ?!」


 そして指された指をアトキンズが思わず握った。


「っ!」


 途端に何故かフレヤは固まってしばらくの硬直の後、慌てて握られた指を引き抜いてうつむいてしまった。


「どうした…?」


「急にナニするのよ!」


 アトキンズを睨む目は何となく焦点が定まっていないように泳いでいる。


「何って…指を向けられたから驚いて反射的に……」


「なっ…こんなか細い指にビビってどうするのよ?!」


「ふむ、確かに細かったが銃口を向けられるよりもドキっとした……悪いな」


「私の指が鉄砲より怖いって言うの?まったくもう……」


(怖いんじゃないんだが……しかし何だ?恥じらっている風でも無し…また何か別のモノを見ていた?見えていた…??)


 ここ最近ではフレヤを見ていて何となく魔女の生態というようなモノを感じ取れるような気がしていた。


 彼女達はレンズのフィルターを交換するようにその時に応じて見るものを変えているようだ。何を見ているのかはアトキンズに知るすべは無いが、フィルターが切り替わるその瞬間が何となく分かるようになっていた。


「今度は何を見ていたんだ?」


「え?!な、何がっ?何も見ていないわよ」


「ほおう……たぶん、今までとは違う『目』を使っていたように思えたが……?」


「!、何も見ていないと言ったでしょ?まったく……」


「…………」


 これ以上はやぶ蛇に咬まれかねないと察したアトキンズはやぶをつつくことをあきらめた。これはエースパイロットの勝負感だ。もっともその『諦め』も…彼女達は見て取るわけだが……


「とにかく…そんな情けない『覚悟』を二度と私に見せないで……」


「情けない…か。つまり戦うのなら、勝って…尚且つ生き残れ、君はそう言うんだな?」


「そう!そうよ。それでこそよ」


 いつもの横柄な得意顔は実は一番子供っぽくて、アトキンズはそんなフレヤを見る度にふうっと気が楽になるような気がした。


「くくく……それは覚悟じゃ無くて『決意』じゃないのか?」


「そうよ、『覚悟』と『決意』は裏と表だもの」


「ウラとオモテ……?」


「そう…あなたみたいな兵士なら『国を守る覚悟』と『国を守る決意』、同じ事を言っているのにどう?『決意』という言葉は未来を感じてステキでしょ?」


「…お!、確かにな」


「だから私は『決意』が好き。何にも負けない強さを感じる……」


「強いな……そんな事を口にできるのはホントに強い…強くろうとする証拠だ。男には無い、女の強さだ」


 アトキンズは眩しそうにフレヤを見た。

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