第57話 理解できない覚悟 4
『空に舞う』
自意識が過剰なのか、幼い美意識なのか、でも、それがフレヤには似合っていて、そんなセリフをローレルはするりと飲みこんだ。
「そう言えるだけの、それだけのチカラが、フレヤさんにはあるのですね?」
首を傾げてフレヤは言う。
「ちから?」
「え?」
「私は好きだから飛び続けてきただけ。ただ自分の願望とわがままを自分に押し通すために夢中で頑張ってみただけ。あなたは違うの?」
「自分に?その結果の…
「あなたも一緒でしょ?」
「!」
決してそうしようとはしていない。それなのにこの魔女の言葉には人を呑みこむ心地良さと『力』がある。自信と自分が溢れている。
(自分のチカラを見ろと言ってる?育ててきたチカラを認めろと言っているの?)
「そう、そしてその力をどう使うのかは、あなた自身にしか決められない」
「っ?!。こっ、心を読めるの?」
「まさか、そんな能力があるわけないわ。これもそう…たくさんの人達と話しをしてきたから、かな?心を読んでいるのじゃなくて、あなたを見ているの」
まさに『魔女の目』でローレルを『見て』心の内を探ってみせる。たくさんの心の色を見てきた経験はダテではない、そして客との会話の中で答え合わせをしてきたのである。魔女のバーテンダーは究極であった。
「魔女のバーテンダー…ステキですね」
「そう?」
「それに……」
「それに?……なっ!、何故あなたまでそんなキラキラした目で私をみつめるの?」
「『あなたまで?』…ああ、これに関しては少佐の気持ちが分かります。だって、ウチの新型機が全く敵わないと聞きました。おそらく今、最も速い乗り物は戦闘機です。それを
ローレルは妬みをにじませ好奇心をほとばしらせる。そしてフレヤはたじろいだ。
「な、なんなの、あなたたち……?」
「あ……すいません。まったくもって個人的な興味で……」
「私を丸ハダカにする気満々のカオでしおらしく言われてもねえ?それにスピードなんて分かるワケがないじゃない、私にその、メーターが付いているとでも思う?」
「ううむ、そうか…対気速度計を着けたい……」
「何それ?よく分からないけれど、お断りしておきます」
ローレルが苦笑いをする。
「そうですよねー……」
「あ!ちょっと待って…」
バーテンダーは客の応対に席を外すした。そのフレヤを目で追おうとするとすぐにセアラと目が合った。
「ローレルさん、私達の秘密を知られてしまったからにはもはや…お友達になるしかありません。じゃないとローレルさんにちょっとした不幸が……」
「プ……っ、ふふ、なんて可愛らしい脅迫なのかしら、逆にちょっとその不幸に興味が湧いてきちゃった」
「それはもう、犬に抱きつかれたら足が泥だらけだったとか、迷子に出会ってお母さんを一緒に探すハメに合うとか、それが一生続きます……」
「ふふふ、それは恐ろしい……」
「そうでしょう、そうでしょう?」
ローレルは手を差し出した。
「それじゃあヨロシクお願いします。どうか呪わないでくださいね?」
「仕方ないですねえ……それじゃあ、もしも私達のことを性格の悪そうな誰かに話したら…これから出会うモズというモズにムキになって頭を突かれますからね?」
そんなことを言いながら快くローレルの手を握った。
「ムキになって?」
「そう、次々と……それが一生続きます!」
「とにかく一生続くんだ…それはいやだなあ、ちょっとホラーチックになっているし……でもそれはもう、呪いをかけているのでは?」
「もちろん、お友達になってくれたならそんな事は起きません。そしてね、お友達も一生続くんです!」
「!」
にっこりと微笑まれたローレルは思わず、握手していた手を強く握っていた。
「なに?何の交渉が成立したの?」
と、そこへ戻ってきたフレヤにセアラが自慢する。
「ローレルさんとお友達になりました!」
「そう、なら安心ね?」
「はい。それじゃあ私はフロアを一周してきますんで……」
「ええ、お願い……」
そして上機嫌でカウンターから出て行った。セアラを見送って何となく
「フフ、いい子でしょう?」
「え?ええ……良い子どころか、ちょっとクラっと来ちゃった」
「ん?そう…あの子はスウっとコッチの
胸に手を当てて誇らしげに言うフレヤを見てローレルは思う。
(あなたも人のことは言えませんよ……?)
おかげで話すことに夢中になってビールが進まない……しかし、ここはクッとグラスをあおって仕切り直す。
「でもフレヤさん?私、分からないことがあるんです」
「何が?」
「少佐に『とても敵わない』と言わせるほどのあなたなのに、少佐が初めての哨戒任務の後に、だれも勝てなかった魔女に少佐が勝ったと噂になったんです」
「ああ……」
フレヤはちょっと納得のいかない顔で笑った。
「それはつまり…その時はフレヤさんが手を抜いていた、そういうことですか?」
「いいえ、あの時はあの時で全力だったわよ、縛りの中でね」
「シバリ……?」
「あの時は…ちょっとドイツの戦闘機を真似していたから……」
「!?」
ローレルは驚いて腰を浮かせた。
「ドイツのっ!?メッサーシュミットっ??」
「え?いえ…名前なんて知らない。十字のマークしか覚えていないわ」
「でも、何故そんなことを……」
「ナゼって、それは、その…ここのパイロットがどの程度のモノか試していた、というか……」
(それって、模擬戦?しかも少佐なら勝てるくらいのトップエース級のレベルを設定して?)
ドイツ機を真似ていた理由の説明にはなっていなかったが、ドイツに肩入れしていないのならその動機は明らかだ。
「フレヤさん、優しいんですね?」
するとフレヤは目をしかめる。
「なにが?毎日ぶんぶんぶんぶん
そしてローレルは目を細める。
「ふうん……」
「それに結局、ドイツバージョンの私に勝てたのはアール…アトキンズ少佐だけだったし……」
「?!」
完結口調でファーストネームを呼び、取り繕ったイントネーションで後付けのファミリーネーム。
言った本人は素知らぬ顔だが、ローレルの表情は固まった。
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