第56話 理解できない覚悟 3

 その日の夕方、Mk5をひとしきりいじり倒して仕事を早めに切り上げてローレルが訪れたのは、


「ビールください!」


「?、めずらしいのね、ひとりで来るなんて……?」


 ご近所の憩いの社交場、メイポールであった。


「ええ、色々とね、たまにはひとりで飲みたい時もあるわけですよ」


「そう…もしかしたら待ち合わせかと思ったけど。ああでも、彼ももう少ししたら来るかもね?おかげさまでご贔屓ひいきにしてもらっているし。どうぞ、楽しんで…」


「はいはい、ありがとうございます」


 ビールで満たされたグラスを受け取ったローレルはいつもアトキンズが座っている辺りに腰を掛けた。そしてビールをちびりと口に含んだ。


 そんなローレルを見ていつもと違った感情を視て取ったフレヤは、表には出さずにため息をつく。


(ふうん、疑心と不安と、迷いと僅かな好奇心……今日は随分と複雑ね?やれやれ……)


 意識も自分に向けられている。それが自分にフワリとまとわりつくローレルの心のけしつぶから分かる。


「どうしたの?何か雰囲気が違うようだけれど……?世の中の悩みのほとんどはお金、仕事、あとは人間関係って知ってる?」


「え?やだ、なんか顔に出てたかな、わたし?」


「いいえ、べつに。これはバーテンダーとしてのスキルよ」


「?、そっか…フレヤさんは毎日たくさんの人の顔を見ているものね?」


「まあね、顔と言うよりは仕草や動き、お茶であれ、酒であれ、飲み方だったり。あと雰囲気……観察するつもりはなくても自然とね」


 そんな話しをしている間にも店全体に気を配って、見るでも無く茶器やグラスの音を聞いている。微妙な音の違いで中身の量を聞き分けることができるからだ。


「それだけお客さんを気遣っている、てことですよ」


「どうかしら、良く言えば見守っている。悪く言えば見張っている。そんなところよ」


「でもそういうのって、このお店の居心地を良くしたりとか、この空間を特別なものにしていると思いますよ」


「そう?それで……?今日は私に会いに来たのでしょう?何のご用かしら?」


「っ!。さ、さすがに……鋭いですね?」


 フレヤ得意のしたり顔がここで出る。先制攻撃で自分のペースに巻き込むのが彼女の得意技だ。


「ふふ……どうぞ、遠慮しないで言ってみて」


「え?ええと……ここ何日か、少佐の行動がちょっと変なんだけど……」


「へん……?」


「ええ。あの人は元々、夜の散歩が好きなんです、あ、飛ぶ方ね」


「ふうん……」


「でもここ最近、いくら好きでも飛行回数がヤケに増えていたんですよ。それでその理由を聞いてみたんです」


「それで?」


「そうしたら少佐は、少佐はその度に……魔女と空中戦をしていたと言いました……」


 やっぱり……ローレルがわざわざ自分に会いに来た理由を想像して、いくつか予想していた中にはもちろんその話題もあった。彼女がアトキンズと共にこの街に来てエンジニアだと聞き、エラから新型機の情報を受け取ったあの時に、ならば彼女は新型機のお目付役だと確信していたからだ。


「魔女?面白そうな話しになってきたわね?」


「!?、私は…少佐に話しを聞きに行く前に詳しく飛行記録を調べました」


 そう、ローレルが格納庫でアトキンズの大雑把おおざっぱな記録を見た後に向かったのは管制室だ。そこには分単位で記録された飛行記録がある。


「時間は全て23時以降、おそらく初めては哨戒任務の後にフラッと出かけた散歩の時だと思います。もっともそれが初対面では無いですが……」


「んー、よく分からないわね?」


「少佐にはこの件は口外しないでくれと、口止めされました。それと、少佐が遠回りに避けようとしていたんです。だから彼が魔女の正体を知っている可能性は高いと思います。しかもあの人が『勝負にならない』と言うほど負けを認めているのに、お互いに再戦…いえ、再会を約束するような間柄のようで……」


「でも言わなかった?」


「ええ、私も聞けなかった。魔女は普通、その正体を隠して生活していますよね?もしも、その魔女がこの街の知人で、少佐が正体を話してしまったら、彼はそんな空の友人を失うかもしれないから……」


「なるほど」


「この街の数少ない知人で、夜間は分かりますが、23時以降の深夜でなければ都合の悪い生活パターン。むしろ深夜の3時でも4時でも問題の無い生活……もちろん空でしか会っていないのかも知れない。初めての哨戒任務の時に狙いすましたかのように現れたのは偶然かも知れない。すいません、だからこれは私の推量ずいりょうです……」


 ローレルはそれでも確信を込めてフレヤを見つめた。


「フレヤさんは『魔女』ですか?」


「……」


 フレヤは少し目を見張ってから薄く笑った。


「当て推量?違うでしょう?あなたが確信している根拠は『女のカン』でしょう?」


「おんなのカン……?んん、そう…なのかも…………少佐が魔女のことを『彼女』と言った時のカオを見たら、相手が、何となく親しい人だと思えたから」


「それで何故か私の所に?」


「それは……『オンナのカン』です……」


「そっか。さて……どう受け止めたらいいのかしら?」


 ワザと勿体もったいぶってフレヤは笑った。


「そうよ、正解。私は魔女よ」


「……っ!」


 答えを聞いたローレルは僅かに身体を引いて言葉を詰まらせた。


「んん?どうしたの?その答えを期待していたのでしょう?」


 これがそう。人は魔女の存在を目の当たりにして大概は身構える。だからといってフレヤはそれを不快には思わない、全ては彼女達を得体の知れない非人としてきたこれまでの社会の弊害だとしか思っていないからだ、それに都合の良い面もある。


「そ、そんなにあっさり?ちょっと待って、もっもしかしてここにいる皆んな、知っているんですか??」


「は?ぷ……っ、誰かさんと同じ事を言うのね?」


「はい?あ!ホントですか……?」


「ええ、驚くほど」


 顔を赤くしてローレルは視線をらした。


「いやー、どうしたって誰でも驚き方は似たようなものかと……」


「ふふ…そうかもね。それじゃあ、あなたにも同じ事を言っておくわ。私が魔女だと知っているのはこの街でもほんのひと握りの人だけ。私に嘘は通用しないわよ?だからあなたがもし言いふらすつもりなら……呪ってあげるわ」


 そう言われてローレルはキョトンとしてから笑った。


「いいですよ、もし私が誰かに秘密をもらしたら、好きな呪いをかけてください」


「やっぱり答えも似たようなものね。類は友を呼ぶ、なんてね。まあ、見破り方は大分違ったけれど……」


「まあ、あの人はもっとあっけらかんとしていたでしょうね?」


「ええ、それに好奇心丸出しで目をキラキラさせていたわね」


「なるほど…少佐らしい……」


 アトキンズのそんな顔を想像しながらローレルは微笑んだ。そしてチラリと気をらして……


「ところで……カウンターの下をセアラさんがにじり寄って来てますが……」


 ローレルにはすり足の音でバレバレである。セアラは尚もにじり寄りながらせり上がって来た。


「まさか……まさか、まさか…ローレルさんにまでバレたんですかーっ?」


「え?待って、もしかしてまさか……!?」


 ローレルが驚いて口に手を当てると、フレヤは呆れて頭に手を当てた。


「セアラ…あなたは今、自分からバラしたわよ……?」


「あ!あう〜……っ」


 軽率なセアラと驚いたローレルが固まった。


「可能性はあったけれど、類稀たぐいまれな魔女さんと、いきなり2人も出会うなんて……」


「そう?」


「ところで…それじゃあ少佐と夜に飛んでいたのは……?」


 フレヤは黙ってセアラを指さした。


「いかにも!このわたしがイプスウィッチの…てっ、そんなワケあるかーいっ!暴走魔女はこの人に決まっているでしょうっ!?」


 大声も出せずに控えめなツッコミ。ここまで全ては抑えめな声量で会話されています。


「でしょうねー」


 そしてローレルの全肯定。


「あらあらあら?私の一体どこにそんな粗暴なイメージが?」


 セアラの頬がつねり上げられる。何故か全てのとばっちりがセアラの頬にいった。


「はだだだ……しょ、しょうゆうとほろ《そういうところ》ではー?」


「私は舞っているのよ、空を飛ぶどんな生き物よりも華麗にね」


 そう言って暴走魔女は不敵に笑った。

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