第55話 理解できない覚悟 2

 宿舎から食堂のあるターミナルに向かうと港と街をつなぐ道を渡る。するとちょうどその時、3人は飛行場からやって来るローレルと出会った。


「こんにちは、皆さん」


「やあ、ミス・ライランズ」


「こんにちは、ローレルさん」


「皆さん昼食ですか?あのう、アトキンズ少佐は…?」


 3人は顔を見合わせてからハロウズが答えた。


「少佐なら…まだ部屋に居ると思うよ?どうやら二度寝を決めこんでいたらしくてね、部屋をノックするまで寝ていたようだから後を追って来るには少し時間がかかるんじゃないかな?」


「そう、ですか……」


「ランチのお誘いにでも来たの?」


「え?いえいえ、Mk5のことでちょっと……ちょうどいいから部屋に行ってみます、ありがとう」


「どういたしましてー」


 手を振って離れていくローレルを見送りながら全員が思っていた、『こんな美人と仕事ができる少佐がうらやましい』と……






 3階は主に指揮権を持つ士官が使用している、間仕切りの無いそのままの鍵付世帯を丸ごと。2階には数少ない女性隊員と臨時で雇用されている非戦闘員などが、そしてアトキンズ達パイロットの部屋はすぐに飛び出せる1階にあった。


 アトキンズは早々に支度を済ませ自室のドアを開けて驚いた。


「!?、ろ…ローレルっ?」


 部屋の前には待ち構えていたローレルが立っていたのだから。


「はい私です、少佐……」


「お、驚いたよ、いつからそこに?」


「来たばかりですけれど、少佐は起きたばかりでまだ支度を整えている筈だ、と聞いたので……」


「ああ、そうか…それじゃあ、まだなら一緒にランチはどうだ?」


「もちろんご一緒しますが…その前にちょっとお話しが……」


 いつになく真面目なローレルの顔を見て、アトキンズは出ようとしていた部屋に戻った。


「いいよ。何か叱られるのかな?」


 ローレルは何気なく辺りをうかがってからアトキンズの部屋に入ってドアを閉める。彼女がドアを閉めたことに彼はドキッとさせられた。


「何か悪いことでもしたんですか?私は叱るつもりなんてありません……ただ、分からない事を聞きに来ただけです」


「はて?一体なにを?」


 ベッドと机に椅子、クローゼットと、狭くて何も無い個室をさらりと眺めてからローレルはベッドに腰掛けた。


「少佐の趣味は知っています。それでも、このところの『夜の散歩』は頻繁ひんぱんすぎますよね?いったい私が寝ている深夜に何をしているのですか?」


「……」


 アトキンズは椅子を引き出して浅く腰掛ける。


「まあそうか……さすがにやり過ぎたかな?」


「やっぱりただの散歩…では無いのですよね?」


 彼はローレルを見つめて声を絞った。


「ふむ……君には嘘をつきたくない、でもそのかわりに…ここだけの話にしてくれないか?」


「え?ま、まあ…プライベートな内容なら…ですけれど、まさか国防や機密に関わる事となるなら……」


「あー、大丈夫。間違いなくプライベートだ、と思っている」


「いえでもぉ……Mk5はそのものがもう、機密と言えば機密ですけどねえー?」


「う、うむ……そこはまあ、置いといてくれない……?」


「ふむう……」


 ローレルはいぶかしい目でアトキンズを見る。


「まあ、いいです……それで?」


「うむ…俺がわざわざ夜に飛んでいたのは……」


 事実を話しつつも手心をくわえて遠回りをする。とにかくこのローレルを相手に魔女の正体だけは伏せておかなければ…とアトキンズは頑張ってみた。


「え?と…じゃあ、毎回毎回、魔女相手にバトルをしていたんですか?」


「そうだよ、相手は航空機でも無いし、本気を出されるとまるで勝てないけどな。でも面白い……適当にあしらわれているとは思っても、一方でまだやれる事があると思える」


「…………」


 それが随一の飛行機乗りとしての偽りの無い言葉だと、ローレルも納得せざるを得なかった。しかし、


「勝てない…ですって……?」


「え?」


「魔女とは言え、私も魔女の飛行能力は知りませんが、人間相手にMk5と少佐で…勝てない……?」


「あ?ああ……ローレル?」


 ローレルは急に黙りこんでジッと考え始めた。


「最高速度は?限界高度は?上昇速度とか旋回半径は……??」


「お…まてまてまて。アレは俺たちが知っているモノじゃない、まったく異質な物理法則だ。どんな鳥よりも自由に動いて空中に留まることさえ出来る。しかもスピットよりも速い」


「Mk5よりも速い?」


「ああ、水平飛行で速度600キロ、そこまでは追ったがまだ加速していたよ」


「600キロ……?!」


 彼女は驚くというよりは魔女の飛行能力を模索してしているように見えた。


「生身ですよね?到底人が耐えていられる風圧では無いですけれど?」


「そうだな、全くの謎だよ。見ている感じではちゃんと彼女に風は当たっていたけどな」


「それじゃあ高度は?短時間ならまだしも急激な気圧の変化と低酸素はやはり人間には耐えられない筈ですが……」


「俺もそう思ったよ。俺たちみたいに訓練されていれば気圧の変化には慣れるかもしれないが、酸素の低下はどうしようも無いからな。もっともそのせいか、今までのぼった高度は4000メートルくらいが最高点かな」


「それでも驚愕きょうがくですね。それに興味深い……ふうむ」


「だろ?」


 人体にも人並み以上の知識を持つローレルは、魔女の能力に驚くと同時に好奇心を強く抱いた。


「ふむ……まあ、分かりました。でも少佐……」


「ん?」


「あ…いいえ……でもそんな勝てない相手とバトルをして、少佐のことだから今まで以上の無茶をしているんじゃ……」


「んー?意外とそういうシノギを削るような戦いにはならないんだよ。もっと繊細な技術というか、キレやリズム感というか…研ぎ澄ました曲芸というか……」


「リズム感……?」


「!、そ、そうだ、強引な切り返しじゃ無くて、相手の動きの流れを読むリズム感だ」


「……」


 パイロットの技術を語るうえでは珍しくは無いはずなのにわずかな違和感を感じる言葉にローレルは首をかしげる。


「ふうむ、私は飛行機の操縦技術はよく分かりませんが……まぁいいです、分かりました。取り敢えず食事に行きますか?」


「昼メシか、ああ、寝ていただけだがハラは減るものだしな?」


「はい、私もお腹がきました。朝から働いていたもので……っ」


「そいつはご苦労さん」


「それで少佐?まだ、その魔女との決着は着かないのですか?」


「そう、だな。まだ…………」


 なんとか事なきを得てアトキンズはローレルと部屋を出た。

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