第43話 影を見つめる者達
暗い空の上で気配を消してエラに声をかける者。それは魔女でしかあり得ない。
「!、お母さま…っ!」
「お帰りエラ……」
「え?な……??」
自分と同じ様に顔を覆っていても一目で分かった。しかしこの時間、この場所に何故母がいるのか、思考が追いつかないエラは出す言葉が思いつかない。
「くすくす、驚きすぎよエラ?」
「な、な…なぜここに、お母さまが……??」
「本当に分からないの?だとすればあなたはあの人を…自分の父親を
「お父さま…?」
驚いているエラに喋りながらでも下に集中しろと、アメリーは下を指差した。
「あなたを送って、帰るなりあの人は言ったわ…このあたりの森を眺めていたエラの顔色が変わったって……それで、あなた聞かれたのでしょう?『何かあるのか?』って……その答えが『帰りは気をつけてね…』じゃあ、ヘタすぎよあなた?ウフフ……」
「!」
「かりにもあの人は私が認めた男だもの、ましてや人を見透かすのが仕事の商売人で、しかも父親なのだから…そんなんじゃあの人の目はごまかせないわよ?」
「…………」
「まあ、それでもあなたがここに寄るかは分からなかったけれど、もし例の不審者が潜んでいて動き出すとしたら…陽が落ちて暗くなった今頃だろうと思ってね……あなたもそう思ってここに来たのでしょう?」
「はい、余計なことを言えばお父さまが帰りに気が
「そう、まあそんなところでしょうね?でも、やはりそこは商人だもの、理由の無い無茶はしないし、ひとりで見つけられるとも思わない、先ずは準備を整える事を考えるわね」
2人は目を凝らしながら何者かの
「たしかに、草木や生き物を押し退けて
「はい、しかもさっきより増えていますわ、やはり暗くなってから少し動きまわっている……ねえお母さま、まさかお父さまも来ているの?」
「ええ、少し離れたところに車で待機していますよ、軍が不審者を探しているのだから私は止めたのだけど……それは譲れないって言うのは、やっぱり父親よね?」
「お父さま」
「ただ、お得意のライフルまで持ち出して来てるからホント…兵隊に見つからなければ良いのだけれど……?」
「お、おとーさま……」
家族のこととなると見境の無くなる良い父親だった。
「ふうん、森の縁を動きながら見晴らしの良い場所で外の様子を見ていたようね?冷静で迷いが無い……たしかに一般人じゃ無さそう」
ふたりはゆっくりと謎の人物の足跡を追っていく。しかし、おそらくこの場で一番冷静なのはアメリーだった。それぞれが研ぎ澄ましているであろうその中で、集中を保ちつつも思考の幅を狭めることはせず、全方向と見通せる距離の全てを見ていた。
「ところでディナーはどうだったの?」
「はい?お、お母さま…?今はそのような事は……」
「いいえ、今だからこそよ。目の前を見ていても考えを狭めてはダメよ?商談でも、こういう状況でもね」
「!、それは……」
商人としてだけでは無い、どんな場合でも、どんな
「完璧なディナーでした……まるで家族のようでしたわ、そして、我が家の様に……」
エラは素直にそう思っていた。もちろん自分の家族を一番愛している。そう思うと尚更、アメリーに素直に自慢することに後ろめたさを感じてしまうものだ。しかしそれこそ杞憂というもので、母であるアメリーもそれを悟らせるようにエラを見つめて微笑んだ。
「そう、それは良かったわね。あなたにこんなことを言う必要も無いでしょうけれど、一応言っておきます。大切になさい?」
「!…もちろんです。だからこそ、思ってしまったのお母さま……大切な家族と、家族にも等しい友人が住むこの街に土足で踏み込む者、災いの種を持ち込もうとする者が…ここに居るのなら放っておけない……」
「ふうん……」
「で、でもっ家族に迷惑をかけるつもりでは、あ…ありません……」
「うふふふっ」
「?、お母さま?」
「アツいわね、エラ?立派に育ってくれて嬉しいわ!」
「え?ええ、と…まあ、その……」
いつも厳しくも優しい母親だが面と向かって喜ばれると急に気恥ずかしくなった。
「『タレイヤ』は強く、気高く。でも、それが何なのか、何を求められてきたのか分からなかったでしょう?それはね、迷わずに情熱を発しながら
「おっお母さまっ…もう……」
エラは熱くなる顔を思わず押さえた。偉大なタレイヤのひとりである母の満足気な笑顔は嬉しくもあり、グッと気が引き締まる思いに浸っていると、
「あらっ!」
母はまた絞った声を上げる。
「っ?、今度は何ですか??」
「はあ…見つけちゃったわ……」
「え?何処ですのっ!?」
アメリーが面倒そうに不審者を指さした。エラが指の先を追っていくと、やぶの中から周りを
「あれが……スパイ?」
「さあね?こんな時間に隠れんぼしてる大人がいれば、スパイでは無くても不審者には違いないわよね?」
「んー、でも少し遠いですわ……」
「そうねえ……」
賊までの距離は直下では無いために100メートル以上、チラチラと頭が出たり入ったりを繰り返しながらゆっくりと移動している。2人は静かに距離を詰め、50メートルちょっとの直上に陣取った。
「お母さま、ワタクシが!」
「ちょっとっ、まさかカミナリなんて落としちゃダメですよ?」
「分かってます…少しずつ空気を抜いて気絶してもらいますから」
「そう、ならば早くね」
「はい」
低酸素でワケも分からずポックリと気絶、後はコイツを捜索中の軍に知らせれば万事解決のシナリオである。しかし急に不審者の周りから酸素を奪えば死んでしまうかもしれない、かと言って気付かれないように意識を奪うには死なない程度になるべく短時間で酸素を奪う。人間とは酸素濃度が一定以下になるとあっという間に意識を失うからだ。
エラは真下で
「!?」
息苦しさでは無く、動物的な危機感を察知した男が夜の空を見上げた!そして見上げた空に薄らと、2人の魔女の影を捉える。
状況がこの一瞬で一変した、自分達の姿を、魔女の関与を自覚されてはこのまま軍に突き出す事が出来なくなった。正確には著しく望ましく無い、ということだ。しかし絶対に気付かれないと確信していたエラは、そんな事情を考えるよりも驚きの余りに力を止めた。
「な、なぜ…っ?たまたま……?でもこれじゃもう…っお母さま!?」
「はいはーいっうろたえるんじゃないの…ほら、神様にでもなったつもりでガッツリとあの男を見下して」
「は?『みくだす』のですか……?」
見上げた男と見下す魔女の間で時間が止まった。よく分からない睨み合いにエラは戸惑っていたが、不意に周りを取り巻く空気に変化を感じる。
(空気の粒がはぜている?お母さまっ?!)
『ただの目』では見えない粒子の間を光がまばらに疾っている。よっぽど敏感ならば肌に僅かな刺激を感じるかもしれない、その程度の予兆だ。
「はい…じゃあこのまま帰りましょう」
「えっ?今……いえっアレを放って?見られた以上、仕方が…ないと…?」
「そうね、仕方がない。見られた以上、殺すつもりが無いのならこのまま通り過ぎましょう」
「……」
突然、なぜ男が空を見上げたのかは分からない。しかし何かを自分がしくじってしまったような後味の悪さを噛みしめていた。
「エラ、どんなにおかしな行動をしていても、話しをしてみないことにはあの男が何者かは分からない。でもこちらに話すつもりは無い。そして、何か武器を持っているかは分からないけれど、私達に目撃されても害意を向ける様でも無い」
「あ!それを確かめるために…?」
「ええ、もしもおかしな動きを見せたら容赦しなかったけれど?それに警告の意味もあったのだけど……」
「はい…妙に落ち着いていますわね?」
「得体の知れない魔女二人に見下ろされて……動揺はしているけれど、もう少し不安を見せてくれたり怖がってくれると思っていたけど?」
「妙…ですね?」
だからといってアメリーにはその答えを確かめるつもりは無い。
「まあいいわ、行きましょう」
「あ、うん…」
まさにやりきれなかった気持ちを自分でなだめつつエラは不審者に背中を向けるが、アメリーは男を視界から外さずバックしながら遠ざかり始める。
「っ!」
すぐにそんなアメリーの行動に気がついたエラは重ねた自分の思慮の足らなさと経験不足を恥いるばかりだった。
「あ、お母さま、あの……」
今にもエラの口から詫び言がこぼれそうになった時、アメリーが監視していた男が遠ざかる魔女を見て動きだす。男は慌てて辺りを確かめたかと思うと2人を追って手を挙げた。
「待ってくれっ!」
「っ!」
「えっ?!」
大声を出すわけにもいかない状況だからか、男は絞り気味に声を上げる。この意外すぎる行動にエラは驚いた。
「いま…あの男……?」
そしてアメリーはいぶかし気に男を見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます