第42話 影を見つめる者 6
長い夏の陽もようやく落ちて、ディナータイムの終わりを告げる。もちろん全員が心も胃袋も満たされて大満足だった。
「素晴らしいディナーでしたわ、フレヤさん。今度は是非、我が家に皆さんをお招きさせていただきます」
「私も楽しかった。でももう帰るの?エラもソフィアもウチに泊まっていけばいいのに、ベッドもあるし…」
期待はしていなかったが求めていた言葉にエラは心がすうっと浮き上がるのを感じた。
「あ……魅力的なお誘いですが、今日は帰って家族が寝る前に自慢することにしますわ」
「そう…それじゃあ、またいつでも遊びに来てね?」
「ええ、次は客として来ますわ。フレヤさんのいちファンを装って……それでは」
「えっ……?!」
彼女にしては珍しく、悪戯っぽく意味あり気なセリフを置いていった。フレヤの誘いを断った埋め合わせのように。
「あの…フレヤさん……」
その横でもじもじしながら一緒にエラを見送っていたソフィアも、残念そうに声を絞りだす。
「わたしもあの、スゴく泊まっていきたいんだけど、やっぱり…帰らないと……」
「ん、そう……仕方ないわね、またやりましょう?」
「は、はいっ!今日は長く一緒にいられて、スゴく楽しかったです」
「ホラ、敬語…」
「あっ、た、楽しかった……」
「ヨシっ…私も楽しかったわ。それよりあなた、帰りも歩くつもりだったの?」
フレヤは入り口に向かった。
「え?うん…」
「今日ね、飛行場の方で不審者騒ぎがあったのよ?」
「不審者っ?!」
「まあ、あなたは私なんかよりも手が早いから心配は無いでしょうけど……うん、雨はあがったわね、雲も切れてる……」
ソフィアは顔を押さえて紅らめた。彼女は驚きついでに相手を吹き飛ばすという前科持ちで、しかも常習犯だった。だから誰もソフィアを背後から驚かそうとは思わない。早撃ちである。
「じゃあ、行こっか!」
「はい?」
「たまにはタンデムもオツなものでしょ?」
「たんでむ……?」
ソフィアは首を傾げていたが、フレヤのタンデムという言葉に肩をすくめたのはセアラだ。
「え?た、タンデム………ふ…フレヤさんと二人乗り……?フレヤさんとふたりのりーっ!!!」
「え?え?フレヤさんと二人乗り…?」
絶叫のセアラを見てソフィアも喜んで良いのやら感情が迷子になった。しかしフレヤは心外だとばかりに肩を怒らせる。
「失礼ね、たしかにセアラを乗せた時にちょっとくらい、何か…した、かもしれないけど……もう随分と前のことじゃない?あんなことしないわよ、あなた以外では……」
「んなっ!?もう…ひねくれた愛情表現の厄介なこと……ソフィアさん、取り敢えず
「冗談よっまったくもう…信用ないわね?大丈夫、ラクダのように、砂漠を行くキャラバンのようにゆったり、のんびりと行くわよ」
「うむむーん……ホントに?途中でソフィアさんを落としちゃダメですよ?」
「物じゃ無いんだから…だいいちクヴァストから離れたって落ちないじゃない。なんならあなたも一緒に行く?」
「いえいえー、私が乗ったらフレヤさんの
「ああ、そうね……」
「!、やっぱりっ!」
「ふふ、バカね、そんなもの無いわよ。あるのはちょっとした
割って入る隙が見つからず呆然と眺めていたソフィアだったが、いつの間にか気の置けないクチバシのつつき合いに見入ってしまった。そしてたまらず…
「ぷ…っ、ふふ、うふふふふ……」
「もう、笑っている場合じゃないですよ、ソフィアさん?フレヤさんの愛情表現はホントにまるで悪ガキなんですから……」
言われてもソフィアはそのまま屈託の無い笑顔を見せた。
「いいですよ…悪戯、大歓迎です……っ」
「はあ…?」
セアラが呆れ笑いした途端にフレヤが勝ち誇った顔をして後ろからソフィアに覆いかぶさった。
(はぅっ……っ!)
「ほらー、ソフィアもこう言っているし、公認ということね?」
「ああ…ワルいところも男前……このヒトが男じゃ無くてホントウに良かった……」
「ふふんっ、男に生まれたってきっとつまらないわ……叔父さま、叔母さま、15分以内に戻って来るから待っててね?」
2人は行って来いと手を振った。セアラは妥当な予想時間に、
「ほうほう…片道7分見当とは確かに無難な……」
と、言ったが、
「ちがう…行きは13分、帰りは1分、余りが1分よ!」
と、全員を呆れさせた……
「潮と水と、土と草…雨上がりの匂い……漂う
軽く、薄い絹のストールを頭から巻きつけ、ゆったりとエラは飛ぶ。髪や服のの乱れを気にしていても、空に溶けこんでいる優美な姿はまるで風の精霊かと思わせる。彼女もやはり、空が良く似合った。
雨上がりの空気は湿気を帯びていて、水の粒が放つ『
そもそも彼女達は五感の全てが鋭く敏感である。見ている世界は色鮮やかで、混ざった匂いを分け、舌の上で自由に味を分解し、触れた感触は使っている言葉ではとても伝えきれない。そして犬並みのローレルほどでは無いが耳の良さは空気の振動を感じ取る程だ。
だから気を散らすものも無くひとたび感じるものに集中すれば、その途端に手でかき分けるほど世界は濃密になり、見るものは厚みを増し
「まったく……無視して今日の
空を飛んで真っ直ぐに自宅を目指すと、川を越える手前で点在する森の上を通ることになる。実は父親に送ってもらっていたあの時に、ふと眺めていた森に違和感を感じていたのだ。
「たしか……あの森…だったかしら……?」
彼女は100メートルほどの高さを保って留まり、集中して下界を見つめる。いや、感じ取る。
「是非、ワタクシの杞憂というオチでお願いしますわ……」
「そうね……」
「っ!?」
願うように囁いたその時、こんな上空にもかかわらずエラの願いに答える者がいた。
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