第17話 魔女の館 2

 取り敢えず2人が少しは打ち解けた様子で話していると、忍び寄っていたもうひとりの不満な顔がカウンターの下からせり上がってきた。


「ちょっとちょっとー、そりゃあオーナーは私に給料を払ってくれる雇い主ですけどーっ、忙しく働いているのにその横でお客さんとキャッキャ、ウフフしてるなんてひどいじゃないですかー?ねえっ!兵隊さん?」


「セアラ…っ、ちょっと…別にキャッキャなんて……」


「紹介してくださいよー、自分で名乗っちゃいますよー?」


 なるほど、可愛らしい『従業員』がゴネ始めるとフレヤの顔は途端に社長らしい顔に戻った。


「お客さんが名乗らないならこちらも聞かない、名乗らないのがルールと言ったでしょう?」


「名乗り合ってたじゃないですかー、聞いてましたよー?」


「ん、まあ…アトキンズさん、この子は……」


「セアラ・マルケイヒーですっ。よろしく!」


 結局自分で名乗った。


「アール・アトキンズだ、アールでいいよ、よろしくな」


「んっふふー……」


 セアラは喜色満面の笑顔で愛嬌を振りまいた。


「はいはい、気が済んだのね?ほらっ、お客さんよ」


「えーーーー?はあーい…」


 しかしすぐに追い立てられてすごすごとレジに向かって行った。その後ろ姿をアトキンズが見送っていると、小さくフレヤがつぶやいた。


「私たちのことはそっとしておいて」


「!、じゃあ、やっぱり彼女も?」


 彼女はうなずくこともクビを振ることもしなかった。


「ああ分かってるさ、これは国家機密なんかよりずっと重要な案件だからな。心を読まれたりしない限り地獄まで持って行くよ」


 アトキンズはウィンクしながら真剣に答える。その言葉がフレヤは嬉しかった。


「そう」


「まあしかしだ……」


「え?」


「個人的な興味はやはり尽きない……機密の開示を要求したい」


 フレヤは目をしかめた。


「何よそれ?!」


「やっぱりあの……『棒』が無いと飛べないのかなと思ってな…気になって仕方がないのだよ」


「『ないのだよ』って?まったく……」


 フレヤは少し考えてから動き出すと、アトキンズの目の前に高く造り付けられた棚の下に踏み台を持ってきた。他のパブと同様に天井まである棚にはキレイに酒のボトルが並んでいる。


 カウンターの中にある踏み台は外からは見えないわけだが彼女は他の客がカウンターにいないことを確認してからアトキンズを見てニヤリと笑った。


「?」


 何をするのかとフレヤのおかしな行動に気づいたセアラも彼女を見ていると、その行為にすぐに慌てた表情になる。


(いっ?!ちょっ、フレヤさんっ??)


 フレヤは3段のその踏み台を一歩ずつ登っていくわけだが、足下をよく見ると…彼女の足は踏み台を『踏んではいなかった』


「!!」


 確かに浮いている。ほんの1センチほど…踏み台に合わせてパントマイムの様にフレヤはちゅうを『踏んで』いた。


 そして適当なボトルを握って降りてくると、アトキンズの前に握ったボトルを置いて見せた。やっぱりドヤ顔とともに……


「あれは『棒』じゃなくて『クヴァスト』て言うのよ。我が家ではね…」


「お…おお……無くても飛べるのか!?」


 アトキンズは興奮して上げそうになる声を必死で抑えた。


「ふふん」


「『クヴァスト』?『我が家』??」


「家によって呼び方は違うわ、言葉が違うようにね。ウチは『クヴァスト』」


 フレヤは得意顔でそう言った。


「じゃ、じゃあ必ずしもその『クヴァスト』が必要で無いのなら…空中で浮かんでいたり寝転がったりなんかも……」


「寝転がる………?ああ…なるほどねえ。ええ、出来るわね」


「!…………そうかあ、そいつは気分が良さそうだなあ……」


「……」


 呆れながらもそんなアトキンズをフレヤはバカにすることが出来なかった。


 そんなものは子供が夢見るような景色だと歳を重ねるごとに千切って捨てられていくのが当然なのに、彼の中にはバカみたいに純粋な冒険心が今でも大切にしまわれていた。それは捨ててしまえば二度と戻らないモノで、彼は子供の頃からそれを直感的に理解していた。何よりそれは、尽きることの無い好奇心とエネルギーの源でもある。


「そんなに空が好きなの?」


「……どう…なんだろうな?よく分からないんだよ」


「はあ?」


「たしかに……よく空を見上げるガキだったが、それは憧れみたいなものとは違って、どうしても意識させられると言うか、ふと見上げた空で風が鳴る音を聞くたびに見たことの無い景色がアタマのナカに甦ってくるような、そんな気分だったな…」


「空に呼ばれているような?」


「どうなんだろうな……変なことだが時おり上に引っ張り上げられるような、妙な錯覚を感じることもあった。不思議とパイロットになってからはそれは無くなったが……」


「錯覚、ねえ……」


 彼女はアトキンズの話を聞くと目線を外して何かを考えているようだった。


「それよりも、調子に乗って悪いが自分で飛べるなら何故クヴァスト…が必要なんだ?」


 確かに調子に乗っている…彼女はそんな目で見下ろした。


「飛ぶだけなら何も必要無いわ。『クヴァスト』は何というか…例えば水を勢いよく吐き出す『ホース』みたいなモノ…と、言えるかしら。燃料とエンジンは私、そのチカラをクヴァストから噴射することでスピードを得ているのよ、分かりにくいでしょうけど?」


「ふうむ…いいや、最近聞くようになったジェットエンジンのようなものかな……」


「ジェット……?」


「ああ、まあ詳しい仕組みは俺もよく知らないけどな……でも、秘密を教えてくれてありがとう。人にそんな事が出来ると分かっただけで嬉しいよ」


「ふふん……」


 『人』と言われただけでフレヤは驚いた、今までは正体を知られると途端に『別モノ』扱いをされてきたのだから。そんな扱いをされてきていつの間にか自分まで『人』との間に作ってしまった壁を彼は易々と越えて見せた。


「それじゃあ今度はあなたの話を聞かせてもらおうかしら……」


「?」


 彼女はホールの中央を見た。


「あそこに立っているメイポールは私の前のクヴァストなの」


「?!……ああ、なるほどな、そう言われれば同じに見える」


「それで、あなたが昨日あのメイポールに触れた時、どんなふうに感じたの?」


 アトキンズはそう言われて自分の手を見つめた。


「どんな?そうだな……触れている所から、何というか、何かが手の中に入り込んで来て…それが手の平辺りで迷って動き回っているような、震えているような……それがまた飛行機の操縦桿に伝わってくるエンジンの振動のようでね、でもよくよく考えると似てもいないんだが……」


「ふうん……」


 フレヤはまた考えていた、先ほどよりも深く。


「何故、そんなことを?」


「ふうむ…普通はね、感覚の鋭い人が触ると指先にピリピリした電気のようなものを感じたり温かさを感じるらしいの、でもそれだけなのよ。でもあなたは何かが手の中に入ってきたと言った、そして迷って動いていたと言った、それは多分…」


「たぶん…?」


「あのクヴァストがあなたと繋がろうとしていたから……」


「?!?!……つながる??」


「クヴァストは特別な木から切り取ってきた特別な枝なのよ。枝は切り取られた後も身体を探すようにつながる相手を求めているの。そして私達の力を得ることで寿命を長らえる、1年くらいはね。あのクヴァストはあなたと繋がりたくて手を伸ばしたのだけど、あなたには繋がるためのパイプと言えるものが無かったから迷っていたのよ」


「お、俺と……?」


 そんなことを言われるとあんな棒っきれがすり寄ってくる仔犬のように思えてくる。


「そうよ、だけど今言ったように普通はそこまでの感覚は得られない筈、だから……」


「今度はなんだ?」


「あなたには私達の『血』が混じっているようね……?言ってみれば同族かしら…」


 当然、突拍子のない話しにアトキンズの思考はしばらく止まる。


「?…………は????いやいやいや……ええっ?俺の身内に魔女はいないし…第一俺は男だ……」


「じゃないと説明がつかないのよ。もしかしたら遠い遠い祖先かもしれない、別に私達は男児を産まない…なんてことも無いし。ただしそれもあなたがずっと磨き続けてきた超感覚とたまたま私のクヴァストと相性が良かった、という奇跡の条件つきだけどね?」


 あまりに急な告知を受け止めることは出来るが収める場所が分からない。言われた事が真実だとしても間違っていたとしても取り敢えずは『未分類』のフォルダに重ねておくことしか今はしようがないようだ。


「別に、珍しくも無いのよ?多分間違いないと思う、その無意識とも言える空への渇望と、稀な超感覚、そしてクヴァストへの適応を考えれば…あなたの中には私と同じ血が流れている」


「同じ血…………?!てっまさか君とは同じ血筋、なんてことは……」


「そこまでは分からないわよ。それに同族は世界中にいる、ここにも、アフリカにも、アジアにも、アイスランドやオーストラリア、おそらく人が集う営みの中には必ずいた。それこそ人類の歴史と共にね。近い国の直系ならそれなりに分かるけれど、分派したり男児の流れとなるともう…知りようも無いわ」


「そ、そうだな……そりゃあそうだ」


 とにかくアトキンズは困惑していた。感情も思考も働かないし何を考えようかを考えている。心もアタマも全てが置き去りである。


「それにしてもあなた、私の言う事をポンポンと鵜呑みにしているけど、私があなたをからかっているとは考えないの?」


「考えないねっ、大事な事はとくに!君が嘘をついていないと今は感じているし信用している」


「なによそれ、バカみたい……」


 フレヤが呆れて顔をゆるめると再びセアラが登場した。


「あのーワタシは旅に出ますんで、後は2人でよろしくやっといて下さい」


「は?」


「はあー…フロアに出て片付けてきますから、カウンターのことは知りませんよ?」


「ああ、ええ…分かったわ」


 フレヤにワザと不満気な態度を見せてもセアラは去り際にアトキンズに微笑んでいった。


「じゃあ、下がってくるグラスを洗わないと」


「あっ動くならついでに……」


 アトキンズは立ち上がってレジに向かった。カウンターを隔てて2人は並んで歩く。


「例のウイスキーを貰おうか」


「いいの?酔うわけにはいかないでしょう?そんなに強く無いくせに……」


「うっ?!そんな事まで判るのか?」


「ふふん」


 にんまりと笑みを浮かべながらフレヤはボトルを取りにいった。

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