第18話 魔女の館 3

その間にアトキンズがレジの左に目をやると…


「このパウンドケーキは君が作っているのかい?」


 そこには3つのケーキスタンドに置かれた3種類のパウンドケーキが2本ずつ並んでいた。もちろんちゃんとガラスのダストカバーに収まっている。


「いいえ、配達してもらっているものよ。ウチに厨房はあっても2人じゃそんな余裕も無いし、私は料理がからっきしだしね。何?私の手作りじゃ無くて残念?」


「!っ……フッ、そうだな…じゃあフルーツを貰おうか」


 プレーン、クルミ、そして砂糖漬けのフルーツを使ったフルーツミックス、たっぷりとシロップが染み込んだ生地はどれもしっとりとした面持ちで、『甘いよ』『とろけるよ』と、パウンドケーキが言っている。


「なによ、『じゃあ』って……?」


 ちょっとすねて見せるフレヤは最初の印象を忘れるくらい表情が豊かで感情を見せることにためらいが無かった…様に今の彼には見えているのだが実際にはそうでもない。『笑った』は『微笑んだ』くらい、『怒った』は『しかめた』くらい、『すねた』はよく分からない。要は彼女の表情に慣れてきたことと、強面こわもてが少し笑うと好感度は2倍上がると同じ法則である。でもすましている割に感情の起伏が激しいことは間違いなさそうだ。


「ほんと、強くもないクセに飲み方は一人前……」


「おいおい、強くないからこそいつも全力で味わえるんだぜ?君こそウィスキーに合いそうなパウンドケーキを選んでいるあたり、ウィスキー好きは相当じゃないか?」


「お茶もお酒も、お客に少しでも美味しく飲んでもらいたいだけよ……ケーキは持って行くからグラスだけ持っていって」


 そう言ってパウンドケーキをひとつ、優しく倒すとすくい上げてお皿に寝かせた。そんな所作にいちいち見入ってしまうのは彼女の人柄が垣間見えるからだ。


 ビールを驚かせないよう静かに注いで、ウィスキーは大きめのグラスに空気を含ませながら注ぐ、そしてパウンドケーキは壊さないように丁寧に扱う。それでも戸惑わず淀みの無い流れはいつもそう心がけて動いていることを思わせた。


「それじゃあ、楽しんで」


 そう言うとフレヤは店のオーナーに戻っていった。


 ひとりになると急にフレヤに言われた血脈の話しが甦ってくる。だからと言ってやはりどう思えば良いのか、まだ感情が追いついてこないのだった。


(どちらかと言えば、嬉しいのかな……?はむ……)


 と、ひとくちケーキを含むと……


「!!、ウマッ!?」


 先ずはリキュールの良い香りを感じてから上質なバターの風味に舌を包まれる。その中にフルーツの味とそれぞれの香りが変わるがわる顔を出し、何よりこれ程味の強いケーキなのにスポンジの美味さがずっと伝わって来るのだ。そして口の中で崩れたところでそれぞれが溶け合い、またそれが食材の絶妙なバランスを主張している。


 そこへウィスキーをちょっとだけ足してやると……


(!!……ばっバカじゃねえのっ?腹立つっ!ウマすぎて腹立つわっ!!…………はっ!?)


 我を取り戻しフォークとグラスを握りしめて愕然としている自分に気がつくと急に視線が気になって恐る恐る顔を上げる……


 やはり強面なオーナー様が…フレヤが真顔でこちらを見ていた。そして自分の有り様を見て…


「ふふん……」


 と、鼻で笑いまた得意顔を見せた。


(く……まったくこの店は………いい店だっ!)


 このパウンドケーキとウィスキーでしばらくは間が持ちそうだ、本人次第で。


(ん!、マズイな、ゆっくりやらないと……)


 しかしペース配分まで考え始めると逆にイライラする。それでも仕方が無い、この殺人ループにはまり込んだらすぐに潰れてしまう。ここはなるべくゆっくりと、味わって楽しむことに集中した。


(あれ?まてよ……ここのメニューには食事は無いわけだから、ローレルがここに来ても食事は出来ないな……)


「ええと、フ…ミス・フレヤっ」


 言いつけ通りに声を掛けたら彼女は意外に驚いた顔をした。


「っ!?、な、何よビックリするわね、フレヤでいいわよ…っ」


「あ、そう?」


「それで、何?」


「この辺りにレストランはあるのかな?」


「ああ、まあ20分くらいの所にあるにはあるけど……」


 どうやらその顔つきからするとあまりオススメではないらしい。これまでのことを考えると彼女の舌は信用できる。


「気取らなくていいならまずまずのサンドウィッチショップが10分くらいであるわよ?」


「サンドウィッチか、しかしなあ……」


「いいわよ、持ち込んでも…出せない手前、飲み物を頼んでくれれば食べ物の持ち込みはオッケーにしてるから。そのかわり皆んなその分のチップを置いていくけど」


「なるほど……」


 多分それが正解なのだろう。別に気取る必要も無いしフレヤのオススメに従った方が良さそうだ。


「それで君はどんなメニューが好きなんだ?」


「え?その店の…?そうね……ナッツとスモークサーモンか、チキンとブロッコリー…かしら」


「へえ、ウマそうだ……ヨシ分かった、場所を教えてくれ」


 フレヤに簡単な地図を書いてもらうとアトキンズは席をキープしておくように告げて店を出た。

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