第9話 恐速の魔女 2
「見ろ観ろ視ろっゴツいな!これは20ミリ機関砲だろ?これなら爆撃機のエンジンも一発でぶち抜けそうだなっ?」
アトキンズのMk5を前に同僚の3人は子供の様にはしゃいで目を輝かせていた。特にオルドリーニ中尉は主翼から突き出た機関砲がお気に入りらしい。しかしハロウズ中尉はオルドリーニ中尉の言葉に気の無い返事で水を差した。
「かもなあ…」
「なんだよ?その冷めた目は…これさえあれば必死に追っかけながら何百発も何千発も撃ち込まなくて済むんだぜ?」
「でもオマエ…逆に爆撃機の護衛任務の時にこんな銃身を見せびらかしてる敵機が来たらどうするよ?」
「え?そりゃあ見つけたら真っ先に……あっ!!」
「だろう?爆撃機を迎え討つには有効な武器だが、少数だったり…ましてや1機だけに搭載されていれば的にされるのは目に見えてるさ。でもそんな事は分かりきっているだろうしその上でアトキンズ少佐は機関砲をリクエストしたのかもしれないがな、いや男前だねえ……まあ、スピット全機に装備されるならいいが自分だけってのは……」
「いやでも…ハリケーンには最初から機関砲が載ってるじゃないか?」
オルドリーニ中尉が言うように武装に長けたハリケーンにも機関砲は早期に搭載されていた。運動性能でスピットに劣るハリケーンが必要とされたのは、その重武装が爆撃機の要撃に効果的だったからだ。
「ハリケーンは俺たちスピット隊に守ってもらえるだろう?だから戦闘機とやり合うスピットなら機銃の弾数が多い方が理にかなってないか?要するに爆撃機の要撃とハリケーンの援護、少佐はその両方をやろうとしているわけだ、自動小銃と重機関銃を一緒に持つ歩兵みたいなもんだ。そんなのが向かってきたら『何だあいつ?なんかヤバそうだ、先にやっちまおう』て、なるだろう?」
「まあ…そうだな、俺たちは戦闘機を蹴散らすスピット隊だからなあ…いやでも……」
爆撃機を墜とせば英雄だが相手は物量に優るドイツである。ましてや空戦で寄ってたかって的にされるストレスと恐怖は経験を積んだものでも耐え難いもののようだ。オルドリーニは腕を組んで考え込んでしまった。
そんな2人の話しを黙って聞き流していたアルドリッジ少尉は、ちょっと前からアトキンズとローレルの2人が何やら話し込んでいる姿が気になっていた。すると、
「んん?何かライランズさんがこっちに駆けて来るぞ?」
「なに??」
「!?」
しかし遅い……本気な顔と躍動感を見て思わず『駆けて』なんてアルドリッジは言ってしまったのだが……
(仔犬?てきな………?)
(おそ………………)
懸命に手脚を回すローレルに彼らが出来る事は『頑張れ頑張れ』と心の中で応援することくらいのものだ。
「おはようございますっ」
男達はぼうっと見守っていたら身構えていながらローレルに先手を取られた。
「あっ…と、おはようミス・ライランズ」
「おはよう、ミス」
「おはよう、ローレルさん。そんなに慌ててオレ達に会いに?それとも見送りに?あ、俺はアマデオ・オルドリーニ、中尉ね」
「え?あ、はい、ええと…あの……アトキンズ少佐の…機体のチェックを……」
「ああ、やっぱり?そうかあ、そうかなぁとは思ったけど…その可愛らしいカッコからして……」
落胆したオルドリーニをハロウズ中尉は肩を叩いて慰める。
「でもミス・ライランズ、我々のマシンは常に整備員が面倒を見てくれているから心配はいらないよ?それともテスト機には特別なチェックが何か必要なのかい?」
「ああ…と、テストの後には確かに入念なチェックをしますが、毎回毎回手間をかけるのはやっぱりアトキンズ少佐が原因です。まあ、昨日はただの移動だから大丈夫だと思うけど、油断できないんですよ。何しろ五体満足で飛行機を返してもらった記憶があまり無くて……」
すると肩を抱えられたオルドリーニが昨晩の会話を思い返す
「あ、そう言えばアトキンズ少佐の機体は整備が間に合わないとか何とか…アーキン少佐が昨日言ってましたね?」
「戦地での事は私もあまり聞かないけれど多分本当だと思いますよ。性能以上…と言うよりは性能外なことをしようとするからびっくりするような壊れ方をしていたりして……マニュアル通りに診ていると見逃したりするから、私は整備員さんが見ないような所だけ診ます」
そう言ってローレルはスピットを眺め回してから歩み寄っていった。
「でも時間は無いから……」
そのまま機体の下に潜り込むと小振りなハンマーで機体のお腹の部分からポコポコと優しく叩き始めた……
「っ?!、うおいっちょっと待って!そっそのハンマーは一体何処からっ??」
何も持っていない様に見えたのに、ハロウズ中尉が思わず声を上げると彼女は驚いて振り向いた。
「え?」
しかもたった今空いていた筈の左手にはスパナが握られている。
「はあああっ?!何で??そのスパナは…っ、ええ???」
「え…何っ?どゆことっ?」
男どもが目の前で起きたイリュージョンに呆気に取られていると何故かローレルは仕事をしながらちょっと気恥ずかしそうな顔を見せる。
そんな顔を見せられるとこれ以上ツッコんでもいいものか困惑と妄想で何も言えなくなってしまうのだった。
「お、やってるな?」
そこへ着替えを終えたアトキンズが飛行帽を手にぶら下げて現れた。パイロットとしては着替えも迅速に行わなければならないが、急いで着替えたとしてもかなりの早替わりである。
「あっ少佐!」
「んん?何で揃って珍妙な動物でも見るように彼女を眺めてるんだ?」
そう聞かれてオルドリーニが首を傾げた。
「いやー何か朝から不思議体験をしたと言うか、させられたと言うか……」
「ふしぎ?よく分からないが……とりあえず一本目は俺とクリフ中尉で行かせてもらうが、オールド少尉とアルドー中尉は14時の2本目を頼むよ」
アトキンズの指示に現実に引き戻された3人の顔が引き締まった。
「了解しました、少佐。まあ、彼女の慌てぶりを見てそうだと思いましたが……」
そうアルドリッジは応えるとすぐに顔を変えて聞きづらそうに呟いた。
「ところで彼女はその…もしかして『魔女』ですか?」
アトキンズは少し驚いたがアルドリッジは決して冗談のつもりでそう聞いたのでは無い。
彼が潜めた『魔女』と言う言葉……今ではきっかけでも無ければ忘れている程その存在は薄れてしまったが、この当時、特別で特異ではあっても決して人非人では無かった彼女達はまだ多くの人々に意識されていて、時には彼女らの持つ『能力』を頼って救いを求められる、そんなことも少なくなかったらしい。
「ええ?いやっ、違うだろう!……と、思うが…多分……いやおそらく………」
「そ、そうですよね……?」
しかし、同じ人種ですらも秀でた者が遠巻きに置かれるこの世の中では、彼女達の『チカラ』が疎まれて恐れられるのは当然のことで、見た目で何も変わらない彼女達が基本的に正体を隠して社会に紛れ込んでいることもまた、やはり当然のことだった。
「まあ、確かに彼女の才女ぶりにはよく驚かされたけどな」
そしていつしか…『魔女』は否定されないまでも、閉じて屋根裏部屋にしまわれた怪物の絵本の様にそっと無視される存在となったのだ。
それでも彼女達はその『待遇』に満足している。それは他人と深く関わることを好まない彼女達共通の気質と、自分の領域と自由を奪われることを何よりも嫌う、これも共通の矜持からくる『好都合』という認識があったからだ。
だからこそアルドリッジは声を潜めた。『汝、問うべからず』これもまた、いつしか人の間で広まった共通の『決まり事』となっていた。
その2人の話しを聞いていたオルドリーニは、アトキンズに言っておくべきことを思い出した。
「そうだ少佐、飛ぶ前にお伝えしておくことが……」
「ん?何をだ?」
すると他の2人も思い至ったようで顔を見合わせて頷くと…
「ああ、そうだな……」
「だから何のことなんだ?」
「いや…この街にも『魔女』がいるんですよっ」
「だろうな…」
オルドリーニはいかにも秘密めいた物言いをするが魔女がどこにでもいることは周知の当たり前だった。
「でもね、この街の魔女は俺達が飛んでいる時に度々絡んでくるんですよ」
「何っ?!それはつまり……しかし絡むって、どういうことだ??」
「何のつもりか、ドッグファイトのつもりなのか…まるで撃墜する様な勢いで追尾して来るんですよっ棒っきれに跨って……」
身振りを混じえながら他の2人に確認しながら話しを続ける。
「それにどうやって飛ばしているのか分からないんですが、赤い実を撃って喧嘩を吹っかけて来るんです」
「いや待て、偵察中とは言っても300キロ位のスピードで飛んでいるだろう?それに着いて来るばかりかその風圧の中で何かのその…赤い実を飛ばしてくるのか?」
「はい、それ位のスピードなら余裕でついてきますよ。一度は最高速近くまで出したこともありますがそれでも振り切れませんでした」
アトキンズはアゴに手を当てた。信じられない話しに困惑していたがハロウズ中尉も頷きながらこの襲撃者の存在を認める。
「誰もがまあ、遊び半分ですが模擬戦の様にドッグファイトをしています。しかし誰も振り切れていないしほぼ全員が赤い実の被弾を受けています。つまりは……」
「撃墜された、と……?」
「ま、まあ、こちらも発砲するわけにもいかないですし事故でも起きたらただでは済みませんから…本気で追うことも出来ませんが……」
「それはそうだろうが……驚いたな、生身で戦闘機の速度についてくるのか?それどころか空中戦で勝るというのか?」
遊び半分……そうは言っても戦闘機乗りが空中戦で勝負を挑まれて手を抜くことは無いだろう。それに二人目、いや三人目辺りからは迎え討つ心の準備も出来ていた筈だ。
しかしアトキンズは考え込んだすぐ後にニヤリと笑った。
「へえ…面白いヤツもいるもんだ。だったら会ってみたいな……」
「やっぱり?そうなりますよね?!」
アトキンズの答えに3人は共に嬉しそうな顔を見せた。正体不明の強敵にまるで土を着けられたようで、おそらくそれなりに悔しい思いをしたのだろう。
そして仇討ちの期待を込めてオルドリーニは言う。
「もしかして少佐ならあの魔女を墜とせるかもしれませんが…上からはちょっかいを出されても相手にするなと、クギを刺されているんですよねー」
「ふうむ、まあそうだろうな……でも、それはやっぱりっ、成り行きだろ?」
「!、ですよねーっ!」
謎の襲撃者、しかも未だに負け無しの強敵ともなればむしろこちらが挑戦者だ。これはもう挑まずにはいられない、などと当然のように盛り上がっていると頃合いを見ていた電源車がこちらに向かって走って来る。
「ローレルっ、時間切れだ」
と、アトキンズが叫ぶと尾翼近くで潜り込んで慌てた彼女が体を起こしたついでにしたたかに頭を打った。
ガンっ!!
「あっ痛ったーぃいっ!」
「お、おいおい…大丈夫か……?」
頭を押さえてうずくまる彼女を誰もが憐れみ痛そうな顔をする。
「うわー痛そー」
「うぬぬぬ……まだですっ、まだ20分はあります!」
へたり込んだまま時計を見ると9時20分、10分前にエンジンをかけるならと涙目で彼女は粘った。
「やれやれ……」
呆れながらも好きなようにさせているアトキンズを見てアルドリッジが羨ましそうに言う。
「愛されてますねー少佐?」
「んん?さあなあ、心配しているのは飛行機の方かもしれないぞ?」
「いやいやあ、オレはもうローレルさんは諦めました。ただ…でも本当にローレルさんとは何も無いんですか?」
「無いよ、まあ知り合ってからはけっこうになるがな」
「それじゃあ、抱きしめたい衝動にかられたことは??」
「…………」
アトキンズが黙秘権を行使した。そして組んでいた左手でローレルを指差している。
見ると彼女の動きがぴたりと止っていて耳がまるでこちらを睨んでいるようだ。アトキンズはヒソヒソ話しよりも小さな声で耳打ちする。
「アイツはとんでもなく耳がいいんだよ」
すると僅かにローレルの体がこちらにググッと寄って来るのが分かった。
「うお?ホントに魔女じゃないんですか?」
「え?まあ、多分な……見分け方も知らんし誰かに打ち明けられたこともないから分からん」
そして本当に少しだけボリュームを上げると、
「なあローレル、盗み聞きは良くないよな?」
すると今度はビクッと身を縮めて耳を紅くした。
(おほっ!かわいっっ!!)
アルドリッジは大喜びであった……
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