第6話 幸運のパブ 1
アトキンズが合流した報告をし、自室に案内された頃には徐々に散り散りとなりローレルとフレッドだけが残っていた。
「フレッド少佐、時間を取らせてすまなかった。明日からよろしく頼むよ」
「ああ、ヨロシク、ところで初日はこのまま大人しく休む気か?初対面の上官だから気を使ったようだが非番の奴らは一緒にパブに行きたそうにしていたぞ?」
「ああ……」
夕食の後の社交場、夜に酒を飲む場所と言えばパブリックバーである。こればかりはどんな寒村であっても必ずある最早ライフラインと言ってもよい文化だ。
※日本のパブは男が遊びに行く夜のお店と、若干いかがわしいイメージを持たれるかもしれないが、語源となった『パブリックバー』はパブリックという言葉通り公共の憩いの場で、お店にもよるが多くの店は昼前から営業し、家族で食事をし、気軽に休憩してお茶を楽しめる酒の充実したファミリーレストランとでも言うべき店である。
アトキンズはチラリとローレルを気にしてから、
「いやあ…またにするよ。これからそんな機会はいくらでもあるだろう……」
しかしそんな自分の言葉にふと考える……
(いや……それ程時間は無いかもな)
そしてフレッドはそうかとうなずきながら別れていった。
「さて、ローレルも付き合ってくれてありがとう。もう自分の部屋で休んだ方が良いだろう」
「いいえ、どういたしまして。ちなみに私はここでは無くて、会社と軍が用意してくれた家に滞在します」
「え?そうなのか??いや、まあ、そりゃそうか………それじゃあ、送って行こうか?」
ローレルは目を細めて小首をかしげるとうっすらと微笑んだ。
「そこは『送って行こうか?』じゃ無くて、『送って行くよ』ですよ、少佐……?はい、是非お願いしますっ」
そして可愛らしく笑った。
イプスウィッチの静かな夜は澄んだ空気が冷んやりと漂って、外灯もまばらな通りは出会う顔も朧げに見せるが、皆一様に軽く会釈をしてからすれ違って行く。
何故かゆっくりと歩いて行かなければならない、ふたりはそんな気にさせられた。
「やはりロンドンとは大分違うな……」
「ええ、でも良い街ですね……古いものと新しいものがとけあって、この時間は静かでもの寂しいはずなのに…何か穏やかな魂や聖霊に見守られている様な感じがして……」
「おおっ?びっくりするほどロマンチストだなっ?」
「ええっ?!何ですかそれっ!失礼ですよ、女の子に対してっ?」
眉をしかめてローレルが口を尖らした
「ははは…でも分かるよ、確かに否定できないな」
「でしょう?」
「ああ、良い街だ」
ここには静かでゆっくりとした、しかし力強い人の営みがある。ただ時代に流されているだけでは無く、その一歩一歩を自らで確かめながら歩んできた誇りと自信が、この街の空気に溶け込んでいるかのようだ。
「守りたいですね、この街も…この国も……」
「ああ、任せろよ」
「!」
そんな自信過剰な台詞を口にする男を見上げるてみると、そこに見えたものは鼻息の荒い自信家などでは無くて、この街の空気のような静かな覚悟を思わせる柔和な笑顔だった。
でもそんな表情がローレルを悲しくさせる。
「しょうさ……」
「あ!」
「え?」
と、急にアトキンズが降ってきた記憶に気づいた。
「そういえば、何故あの時君は彼等にあんな事を言ったんだ?」
「あの時…?どの時……?」
「彼等に俺を紹介した時だ。俺とは恋仲では無いと言ったろ、あれは彼等に『恋人募集中です』と言ったのと同じことだぞ?」
ローレルはちょっと右上を見てアゴに人差し指を当てた。
「ああ、そうなんですか……?ふうむ……まあ、大丈夫でしょう」
「大丈夫う?まったく……捨て身の若い兵士の勢いをなめているな?」
「なんか、男の子っていう感じで可愛いじゃないですか?そうじゃない人も確かにいましたけれど……それはそれで何か落ち着いた雰囲気でしたし…何ですか?心配してくれるんですか?」
悪戯っぽく笑うローレルにアトキンズはドキッとさせられた。
「まったく…当たり前だろう、軽々しく声を掛けてはこないだろうとは言ったが……逆に本気で口説いてくるかもしれないぞ?まあ、君が人を見誤るとは思わないが…」
「!、ううん…どうだろ?私はちょっと変だから、お相手もやっぱり変わり者になっちゃうかも?」
そう言って彼女はアトキンズを見つめた。
「ううむ、女としては確かに少し変わった人生を歩んでいるかもしれないが……」
「あっ……」
「っえ?なんだ?」
「着いちゃいました……」
とあるアパートメントを背にローレルは少し残念そうにそうに言った。
「へえ、一本道でのんびり歩いて、7分といったところか……近いな」
「ここの202です……」
「そうか、短い散歩だったが…それじゃあ今日はゆっくり休むといい」
(え?ええーーー?)
ローレルはつまらなそうな、それに呆れたような顔でワザと肩を落とした。それなのに暗い外灯はそんなローレルの味方にはなってくれない。
「そうそう、君が変だとまるで自分の欠点の様に言ったモノは、とても素晴らしい才能のことだろう?俺は人を差別視するのは好きじゃないが、君は価値のある魅力的な女性だ、それは間違いないよ……じゃあな、おやすみローレル」
(っ!……)
アトキンズの言葉に彼女は言葉が詰まって顔が熱くなった。今の自分の顔を想像すると今度は外灯が暗いこの街に救われた気分になる。嬉しくて、楽しくて、でも手を振りながら離れていく背中を見るとすぐに少し寂しくなって……
「はあー……真面目なんだか、鈍感なんだか…相手にもされていないのか……なんか自分が哀れだなー」
ため息をつきながら仕方なくローレルはひとりでドアを開けた。
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