第5話 エースパイロット 3

 ローレルが振り向くと好奇の目を自分達に向ける男どもが居並んでいた。


「え……??あ!はは……」


 しかしこの気恥ずかしさは尚のことローレルの憤りを煽る。少し水をさされたがアトキンズに向き直って見ると既に彼は操縦席から抜け出して主翼から飛び降りようとしていた、多分そのまま逃走を決めようとしていたに違いない。


「しょおさぁぁーーっ!」


「お……ばれた」


 ローレルがグイグイとアトキンズに詰め寄って来る。


「いつもいつもいつもいつも……っ、なんでそんなに飛行機をいじめるんですかっ?あの曲芸に何の意味があったんですかっっ?下から見ていても機体がミシミシって泣いてるのが聞こえましたっ!」


「そんな、バカなっ!?まあ、その……テスト?テスト機だし……」


「何で普通に飛べないんですか?今はテストなんかお願いしてませんし、このMk5を壊したら代わりの機体は無いんですよっ?」


「ああ、ま、まあ、そうだな……」


「もうっ……今度壊したら新しい飛行機はあげませんからっ!」


「ええ…!?それはっ、困るな……いや違うだろ、どれだけ権限を持っているんだよ君は???」


 2人を見て後ろでは声を殺して男どもが笑っている。


「これ以降の少佐の飛行機は『ナイトホーク』にしますからねっ!」


「な?!ナイトホークって……どこにあるんだそんなもの、作ったのは試作機1機だけだろ?スピットよりよっぽど希少だわ!」


 すると後ろで聞いていたクリオーネがベテランのコールマンに聞いた……


「ナイトホークって何ですか?」


「んん?ナイトホークはその……説明よろしく……」


 ※ナイトホークは同社の20年以上も前の複葉機である。しかも主翼は4枚、スピットファイアが時速600キロ以上で飛ぶのに対して、ナイトホークは100キロ程度の速度しか出ない、残念ながら商品価値は無く、試作機1機しか作られなかった。


「じゃあ『ウォーラス』にします。いまだに現役ですよっ?」


「あ、いやもう戦闘機でも無いな……港に止めろってか?」


 ※そう、ウォーラスは偵察に使用されていた水陸両用機である。


「分かった分かった…もうあまり君の『子供達』をいじめないから……」


「ううむ、またそうやって適当にごまかそうとしてえ……本当に分かっているのですかっ?」


「もちろんだ、ましてここは戦線だからな、それはわきまえているさ」


 2人の会話をコメディを見るように楽しんでいたギャラリーだったが、


「もうあんな低空で無茶はしないで下さい、事故でまたケガでもしたらどうするんですか?」


 アトキンズと話すローレルがだんだんと乙女子の顔になっていくと、それぞれではあるが皆んなの顔にはだんだんといかんともしがたい脱力感が浮かんでいく。


 しかし一番の根性派であきらめの悪いラスキン中尉は違う。


「いやっ、俺はあきらめないっ、第一に2人がそんな関係なのか確かめてもいないのだから!」


「『だから!』ってお前………知り合ったばかりでも分かんだろ、あんな…多分一番の顔を見せられて?」


 そしてハロウズ中尉は背後からガシッとラスキンの肩を抱えると射抜く流し目でじっとり睨んだ。


「そうだぞーラスキン、まあでも…確かめないことには分からないよな?何しろ『人の女には手を出さない』これは俺達の掟だからな?」


 正確には同じ隊の隊員の恋人には手を出さないということ、これは隊の中でのいざこざを回避すると同時に結束を固める為に自然発生した『掟』である。


 そしてこの掟はイプスウィッチの中隊では年功序列も階級の上下も関係無く守られる。そうなると撃墜される覚悟ながら早い者勝ちとなるわけで、パイロットは遊び人という概ね遠からずな誤解を招く原因になったりしたとかしないとか……


 まあ今はそんな事情はどうでもいい。せっかく出迎えたアトキンズ本人を目の前にしていつまでも待たされてもたまらないと、アーキン少佐が割って入るように声を掛けた。


「まあ、とにかくそろそろ……お取り込み中失礼だがミス・ライランズ……」


「あっ!ごめんなさいっ、何かひとりでカッカしちゃって……」


 しかしこの状況でヒナ鳥共がずっと気になっていたのはアトキンズの方である。


「…それで?これは一体何事なんだローレル?」


「すいません、皆んなに少佐を紹介するって約束していたので少佐を迎えに来たのですが……」


 アトキンズはすぐに状況を察して彼等に背を向けると、そそっとローレルに耳うちする。


「!、ああ、そうか…それじゃあ一応聞いておくが、誰か気になったヤツはいたか?」


「は?気になる?」


「ええとつまりだな、多分君は既に彼等に狙われていてだなー」


「?!、狙っ、ええ??」


 ローレルの肩がピョコンと跳ねた。


「まあ、君の立場なら彼等も軽々しく手は出さないだろうが、ここで君がウソでも俺を恋人だと紹介しておけば、彼等も手を出してこなくなると思うぞ?」


「『ウソ』…でも……?」


 ローレルはアトキンズの言葉にピクッと眉をしかめる。


「うん?ローレル……?」


「じゃあ……そう言えば少佐は、『ウソ』でも恋人として振る舞ってくれるんですか?」


「え?いやあ、俺がそれを否定しなければ十分に……」


「そう……」


 少し怒ったように密談の途中でローレルはひな鳥と向き直った。


「ええと、こちらが『飛行機バカ』のアール・アトキンズ少佐です。仲良くしてあげて下さいね?」


(んなっ?バカだとう?!)


「ちなみに少佐とは恋人でも何でもありません。少佐はどうも孤独が好きみたい…じゃなくて飛行機が恋人ですっ」


(あ!バカ……っ)


 その言葉に約数名が小さくガッツポーズを見せる。


「!!」

(マジでっ??)

(おお……)


「ほら、少佐も何かご挨拶をした方が良いですよ?」


「まったく、知らんぞ?……じゃあ、まあ…」


 薄暗い中で皆がアトキンズの顔に目を凝らしてドキリとする。『困り眉』だが凛々しい顔立ちが如何にもモテそうな二枚目だが、飛行帽を脱ぐと左の頬骨のすぐ下にはえぐったような深い切り傷の跡があった。それと北欧系を想わせるように肌が白かった。


「ちなみにここに中佐以上はおられますかっ?」


 そう質問されて皆がキョトンとするが手をあげる者はいない。


「なら、安心だな……」


 すると一斉にみんなの顔が緩んだ。


「私は義勇軍少佐、アール・アトキンズだ。現在は英国空軍に招集されてイプスウィッチ中隊の所属となった、まあ、ミス・ライランズが言った通りよろしく頼むよ」


 …っとローレルの時と同様にザッと一斉に敬礼が帰ってくる。アトキンズは慣れたように敬礼を返した。


 そしてオルドリーニ、ハロウズ、アルドリッジの3人は前に歩み出ると再敬礼をした後に……


「我々3名が少佐の班に編成されました。私はクリフォード・ハロウズ、中尉です」


「オルドリーニ中尉です」


「サイラス・アルドリッジ、少尉であります」


「ええと、クリフにオールドにアルドーか……アットだ、よろしくなっ」


「?」

「あっ…と?」


 アトキンズはそれぞれに彼等と握手を交わしながら、


「いや、呼称…というわけじゃあ無いが呼び易いだろう?かまわないかな?」


「はあ…かまいませんが……」

「光栄です……」

「…………?」


「とにかく、気にせず文句は何でも言ってくれ、まあ…取り合うかどうかは別にしてな?」


 3人は目を見合わせてからニヤリと笑った。


「はい、了解です」


「うむ、改めて皆んなもヨロシク頼む。ただ自己紹介はおいおいにしてくれ、どうせ一度に聞いても忘れちまうだろう……?」


「はは……」

「そりゃそうだ…」


「あと、誰か暇人はいないか?できれば司令室と中隊長室を教えて欲しいのだが……?」


 するとアトキンズと変わらないベテランが名乗りを上げた。彼もエースを冠するパイロットである。


 『エース』とは公認撃墜数が10機以上の者をいう。数からすれば大したことのないように思うかもしれないが、敵機を墜とすのは想像する以上に大変なことだ。


「それならオレが……フレッド・アーキン、君と同じく少佐だ。今日は非番なんでな…オレにはどんなあだ名を付けてくれるんだ?」


 飛行機は多少被弾したところで落ちることは無い。しかも空中の混戦の中で明らかな撃墜を誰かに確認してもらうのも難しく、実際には公認されている数よりも多くの撃墜数を重ねてようやく『エース』と認めてもらえるのである。


「ああ…聞いているよ、アンタがフレッドか……アーキン、呼び易いからそのままで良いんじゃないか?」


 するとオスニエル少尉が手を挙げる……


「アトキンズ少佐、自分もアーキンですが…」


「へえ、同性がいるのか……それじゃあ、まんまフレッドでどうかな?俺のことはアールと呼んでくれ、あ…でもまさか同名はいないよな?」


「ああ、同名はいないさ。分かったよアール少佐」


 ローレルの見ている前でどんどんアトキンズは隊に溶け込んでいく、どうやらイプスウィッチの中隊では心配する必要は無さそうに思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る