3.イタリアン
「翔子、待ってたよ~、元気してたの?」
「お疲れ様!」
「飲み物何にする?」
仕事が長引いて、開始時間より遅れてしまった。席には真奈美、郁子、美樹が私を待っていた。
「遅くなっちゃってごめん。とりあえず生で」
キンキンに冷えたビールが手渡され、喉の渇きを癒した。三人はスパークリングワインを飲んでいるようで、ほのかなピンク色が照明に照らされて輝いていた。
「前回から間空いちゃったから、すっごい久しぶりな気がするんだけど最近どう?」
「美樹のところは子供いるから、来るの大変じゃなかった?」
「毎日子供とばっかりしゃべってるから、今日は楽しみに来たんだー。子供は旦那に預けて来たから大丈夫!」
「ねぇ、聞いてよ。私、来月辺りプロポーズされるかもしれない」
「え!? いつの彼氏よ!」
他愛のない近況報告で盛り上がる。いつものことだった。私はゴクゴクとビールを飲み干しながら、食べることに徹する。
彩り豊かなエディブルフラワーが盛り付けられた生ハムサラダに、バジルオムレツ、鶏の香草焼き、トマトソースとバジルソースと和風ソースのパスタがテーブルの上を占拠している。
「これめちゃくちゃ美味しい!」
「さすが、真奈美の選ぶ店はいつも完璧だよね」
「どうせならみんなで美味しいものが食べたいじゃん?」
「これも頼んでみない?」
追加で何品かの料理が運ばれてくる。少しずつシェアしながら食べるのだけど、一食ドカンと食べるのが好きな私には加減が難しい。
メニューには「こだわりの」とか「シェフ一押し」とか「女性に人気!」なんて文句がいちいちつけられている。チェーンの居酒屋で頼む唐揚げだって等しく美味しいと思うのに、割高な値段設定はなんなのだろう。飾らずに食事を楽しめた方が、楽なのになと思いつつ、幹事を任されても困るので口には出さなかった。
「翔子は? 最近の話はないの?」
「ん-? 特にないかな」
「好きな仕事してるの、羨ましいよ」
「帰りが遅くて大変だよ~。彼氏も居ないし」
「旦那が居たって変わんないよ。休みの日とかグータラで嫌んなっちゃう」
「家族分の食事とか掃除とか大変そうだよね。私はめんどうくさいから、毎日吉野家で朝ご飯食べてる」
「え、なにそれ面白い。ある意味ストイック」
「飽きない?」
「もう慣れた」
次々と平らげられていく料理と共に、各々が手にするグラスも色がどんどん変わっていく。
「次、何飲む?」
「ちょっとスッキリ系がいいな」
「私は甘い系!」
「翔子は?」
「ん、ビールでいいよ」
「せっかくだから、他のにしようよ!」
「いやワインとかわかんないし」
「炭酸が好きならシャンパンとかいっとこ」
運ばれてきたグラスはやっぱり輝いていて、うんざりした。
「翔子はいつも同じのばっかり頼むんだから。こんな時くらい、冒険してみようよ」
「同じものの方が安心するんだよね」
「それは分かる~。楽なんだよね」
「そんなこと言ってるとどんどん老けちゃうよ! 私たちだっていい歳なんだから」
真奈美が明るい雰囲気で茶化していく。昔からそうだったと思うと、なぜだか気に障る。
「真奈美みたいにいっつも前ばっか見て、キラキラしてらんないんだって」
言うつもりのなかった言葉が口から出て、場が凍った。
「それなりのものを飲んだり食べたり買えればよくない? わざわざ高いものとか、こだわるのって疲れるだけだし」
こんなことが言いたかったのかと思うと自分に対して空しくなる。そんなに酔ってないはずなのに。
「それって自分が向き合ってないことを正当化してるだけじゃない? 好きならそれでいいけど、好きでもないものに甘んじて他を馬鹿にするのは違うと思う」
淡々と言う真奈美の声が響く。怒っているでも、馬鹿にしてるでもない声色が、逆に苦しい。
「自分に対してサボっていることに理由つけるのってダサい。私だっていつも百パーセント向き合えるわけじゃないけど、自分に必要だなと思うからそうしてるだけだし」
「そうは言っても、真奈美はサラッとやってみせるところがあるから、ちょっと嫉妬するっていうか、翔子がそういうふうに言うのもわかるなぁ」
「全然、真奈美だって悩んでるの、知ってるのにね」
「翔子も頑固者だしね」
「雰囲気悪くして、ごめん」
「謝るくらいなら言わないの~。もう、飲も飲も」
緊張の糸がぷつりと切れたように、また賑やかに会話が再開される。長い付き合いがそうさせる。勝手な不満を八つ当たりしてしまったのに。自分たちは同じだと錯覚したくて仲良くしていた十代から、全く別々の道へと走り出した二十代。これから先の関係性は、どんなふうになっていくのだろう。
三人の会話に適当に相槌を打ちながら、食事に手をつけた。気取っている店の気取った料理だけど、ちゃんと美味しかった。
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