2.定食屋
「お待たせしました、サバ味噌定食です」
とろりとした味噌のかかったサバ、ご飯、みそ汁、申し訳程度のお新香。会社から程近いこの定食屋は比較的空いている穴場スポットだ。
「お待たせしました、唐揚げ定食大盛です」
私の向かいに置かれていくごつごつとした唐揚げとどんぶりご飯。それを食べるのは同僚の緑川だ。ぽっちゃりというには手に余る大きさの彼女の前では、山のような唐揚げも大盛のご飯も霞んで見える。
「ったく、あんなウサギ飯じゃ足りないっての。なーにが『新しい味』よ。『面白い味』ってなんなのよ。意味がわからない」
唐揚げに勢いよくかじりつき、ご飯を頬張りながら緑川は愚痴をこぼしていく。
ウサギ飯、とは緑川曰く少量で見た目がいい食事のことだ。後輩の宇佐美が企画するランチ会では、そんな食事がメインの店ばかりだったことから名付けている。
今日も宇佐美のランチ会を断って、私たちは馴染みの定食屋にやってきたのだ。最初のうちは付き合いもあって参加していたけれど、宇佐美の選ぶ店がどうも合わなかった。繁忙期でも化粧も服装も食事も手を抜かず、ふんわりとした女性らしい柔らかい雰囲気を纏った宇佐美は、隠れ家的レストランや、雰囲気の良いカフェ、時々はお高いホテルのランチなんかを好んで選んでいた。
小汚い定食屋や、数分で提供されるラーメン屋なんかが似合う私と緑川は、どうしたって居心地の悪さを感じてしまうのだ。それでも宇佐美は懲りずに毎回律儀に誘ってくる。
「あんな風に気取って食べて、自分は貴族か何かなの? 『オシャレですね』とか『すごいですね』って評価が欲しいだけに決まってる」
どんぶり飯をかきこみながら、鬼の形相で目の前の食事を平らげていく緑川。
私も自分の定食に手をつける。週に一度は食べるサバ味噌定食。いつ食べても変わらない味付けにホッとする。
店には数人のサラリーマンがぽつんぽつんと席を埋めている。テレビはバラエティ番組を映し、場違いなほど大袈裟で明るいトーンの笑い声が響いている。
「ていうか、今日も島田先輩キメッキメだったよね。いかにも仕事できそうな強い女って感じ。あの人、もう四十歳になるらしいよ。行き遅れてるのを誤魔化してるみたいで、なんだか可哀想だよね」
可哀想という割に、どこか嬉しそうに意地悪く笑顔で話す緑川。
誰もが羨む島田先輩は、仕事はできるし後輩の面倒見もいい。普段のスタイルだって隙がなく、格好いい女性像を体現したような人だ。
「男なんて興味ないみたいな顔してるけど、噂ではお見合いパーティーとか、休日の度に参加してるらしいよ」
緑川の言葉をやり過ごしながら、私はみそ汁をすすった。
「焦ってる姿見てると、どれだけ完璧でも笑えて来るよね、みっともないっていうかさ」
そう言って楽しそうにしているが、緑川から浮いた話なんて聞いたことがない。もちろん、私も居ないので黙ってやり過ごす。
「頑張ったって手の届かないことがたくさんあるなら、少しでも楽に生きた方が良いに決まってる。宇佐美も島田先輩もよく頑張るよね」
最後の唐揚げを頬張りながら、緑川は吐き捨てるように言った。
私も最後の一口を噛みしめた。
「真壁もそう思うでしょ?」
お茶をすすっていると緑川に同意を求められた。
緑川の気持ちは分かるけれど、緑川のように悪口を吐いていくのはなんだか嫌だった。
「そろそろ出よっか」
問いには答えず、定食屋を後にした。
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