いつも吉野家で朝食を

燈 歩(alum)

1.吉野家

「朝牛セットお待たせしました」


 牛丼、生卵、みそ汁。昨日も見た、全く同じ味の同じメニュー。


 私の座るカウンター席からは、店内の様子がよく見える。自分の牛丼をかき込みながら、毎朝見る顔ぶれをなんとなく眺める。右斜め向かいのカウンターには、これでもかというほど山盛りの七味をかけて牛丼を食べる作業着のおじさん。むせたりしないんだろうか。そのおじさんの向こう側には、食事の最後に生卵をちゅるりと飲み込むメガネのサラリーマンが姿勢良く座っている。


 朝食をしっかり摂りたくても、朝から料理をする気力なんてない。それなら外で食べてしまおう。そんな思惑で朝食をここ、吉野家で食べるようになって久しい。


『今日の女子会、楽しみだな~』


 真奈美からのメッセージで机に置いたスマホが震えた。アイコンは、ツヤツヤとした藍色に金色の砂が散りばめられているペンダントトップに変わっている。昨日は、薄ピンク色の小さな石がしゃらしゃらとついているピアスだった気がする。


 半年に一回ほど、近場に住む友人たちで女子会を開いている。幹事はいつも真奈美。流行に敏感だけれど本人なりの細かいこだわりをたくさん持っている彼女は、昔からグループの中心的存在だった。今回のお店選びも、インスタで流行っている隠れ家的なイタリアン。料理の内容もさることながら、内装にも光るものがあるとかどうとか。


 アイコンのアクセサリーは真奈美自身が作っているのだと、随分前に言っていた。店で気に入るデザインがあまりにも見つからず、仕方ないので作ったと笑って言っていたっけ。


 わざわざ作るまでしなくても。既製品で可愛いデザインのものやかっこいいデザインのものはいくらでもあるというのに、本人は何が気に入らないのか滅多にそういった買い物をしない。


「いらっしゃいませー」


 店員の気怠い挨拶で目の前の現実に引き戻される。七味おじさんの右隣を一席開けて、男が座った。こちらも作業着姿で、いかにもといった風体。どうやら牛丼の大盛を頼んだようだ。


 私は半分になった自分の牛丼へ生卵を落とし入れる。こうすれば最後まで飽きずに食べきれる。牛丼に生卵なんて気持ち悪いと思っていたけど、慣れてしまえばどうということはない。


 窓へ目を向ければ、ガラス一枚隔てた向こう側で人が忙しなく行き来している。

通りを挟んで正面に見えるカフェへは、続々と女性たちが吸い込まれている。


 こじんまりとしたウッドデッキにはシックな黒色の机と椅子が数席。その席には朝の光を浴びながらサンドイッチを頬張る女性客が数人寛いでいる。柔らかな茶色の外壁に、ウッド調のドアにはリースがかけられ、女性客たちを歓迎しているようだ。窓には小物が並び、甘すぎずシンプルすぎない造りになっている。


 朝、カフェで朝食を摂るなんて、一体何を気取っているのだろうか。わざわざ混み合っている場所で、似たり寄ったりの高いカフェ飯を「優雅ね」なんて言って食べるコントに私は耐えられない。


 そう言う人たちの上品ぶっていて、ブランドやトレンド至上主義なところがどうしても好きになれない。もっと安くて、機能的なものならいくらでもあるのに、わざわざ高くてすぐに過ぎ去ってしまうブームを買うなんて馬鹿げている。


 この牛丼の良さが、あの人達には理解できないのだろう。


 はあ……。


 ため息を一つついて、最後の一口をかき込んだ。

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