第8話謎は深まるばかり

「ねぇ、ソフィストの一人プロタゴラスの事だけど。」

歩きながらふいにウンディーネが話を切り出した。

「トゥリオイを作ったんですってね。」

「あ~アテネの植民地のことだろう?」

ケンタウロスが思い出して続けた。

「彼の史書に書いてあったもの。ディオゲネス・ラエルティオスは『哲学者列伝』の中でプロタゴラスを原子論者デモクリトスに学んだってね。」

ウンディーネが図書館で借りてきたのと、2人に本を見せた。

「ディオゲネス・ラエルティオス?誰だそれ?」

ディオがウンディーネに聞いた。

「あら、知らないの?彼は哲学史家でギリシア哲学者列伝の著者として知らているわよ。」

「その本を読んだことあるのかい?」

ディオがさらに聞いた。

「ええ、少しね。でもあまりにも難しくて途中で諦めてしまったけれどね。」

ウンディーネはため息をついた。

「凄いな~。そんな難しい本によく手がつけられるね。」

ケンタウロスは感心して目を輝かせた。

「えっと、デモクリトスはソクラテスより前に生まれたんだよな。」

ディオの言葉にウンディーネが頷いた。

「彼はソフィストじゃないよね?」

「さあ、どうかしら?この本にはそこまで詳しくは書かれていなかったもの。」

そんな話を歩きながらしていると廊下の向こうから足音が聞こえてきた。

「な・・・何?」

3人は角に隠れて足音のする方を少し覗き見た。

「誰か来るぞ!」

ディオが小声で言ったその時足音はさらに大きくなった。

「さぁ、こちらへどうぞ。」

そこには幾何学のタレス先生と見知らぬ男性が並んで歩いていた。そして3人は先生が見知らぬ男をある部屋に案内している所を見てしまったのである。

「誰なの一体?」

ウンディーネが眉をひそめる。

先生に部屋に入るように促された男性は”すまない”と一言だけ言って中に入っていった。

バタン

「学校に来客なんて珍しいわよ。」

と言うウンディーネにケンタウロスが首をかしげた。

「新任の教師とかじゃない?例えば女性教師が産休に入ったんでその代わりとか。」

「そうなのかな~?僕はあの人どこかで見たことある気がするな。」

ディオは腕を組みその男を思い出そうとしたが結局思い出せなかった。

しかしあの男の正体は何なのか?3人のもしかしたら・・・という嫌な予感が頭をよぎっていた。

 3人はその後暫く部屋から男性が出るのを待ったが一向に出てこない為、諦めて歩き出した。

「誰だったんだろうね?」

「さあね。」

3人はがっかりして集会へと向かった。

この日の集会にてあの張り紙の事が話し合われた。校長先生が壇上に立って厳しくこう言った。

「最近なにやら騒がしいが学校の掲示板に妙な張り紙がしてあったのは生徒諸君もご存知だろう。しかし惑わされないで欲しい。相手の調子に乗ると厄介な事に巻き込まれかねないので十分に注意するように。謝礼金などと心配しなくても送らなくても結構だ。以上!!」

校長先生の言葉に生徒達がまた騒ぎ出した。

「新しい学校を作るって本当なんですか?」

「あの張り紙は誰が貼ったのですか?」

などの声が上がったが校長先生は”私にもよくわからんのでな”と言葉を濁して壇上から降りた。

「あっ、あの人は・・・?」

生徒達のざわめきの中でケンタウロスが遠くの人を指さした。校長先生の隣のまた隣に座って腕組みをしている男性が目に入ったからだ。

「あの人ってまさかタレス先生が案内してた人じゃない?」

ウンディーネがケンタウロスとディオに囁いた。

たしかにまぎれもなくタレス先生が部屋に案内していた男性に間違いはなかった。

「あいつは何者なんだ?」

ケンタウロスが不思議そうに男の方を指をさしているとどこからか声が聞こえた。

「デマゴーグだよ。」

「え?今誰か言わなかったか?」

ケンタウロスは2人に聞いたが2人は首を横に振って気のせいだよと答えた。

「何なのよ。騒ぎ声がしてるだけじゃない。」

ウンディーネとディオが肩をすくめたがケンタウロスの様子に”どんな声が聞こえたのか?”と尋ねた。

「デマゴーグだよって聞こえたんだ。僕があいつは何者かと指をさしたらそう聞こえたんだ。」

「デマゴーグだって?」

2人は目を丸くして驚き遠くの男の方を見たが彼の姿はもうそこにはなかった。

するとディオが思い出したように手を叩いた。

「そうか、思い出したぞ。デマゴーグはギリシアの煽動的民衆指導者だよ。」

「え?」

その時騒いでいた生徒達がディオの方を向いて驚いた。

「えっと・・・。」

みんなに注目されて照れるディオ。

「行こうぜ。」

ケンタウロスは冷たく張り詰められた空間から出ようと2人に促すとその場を急いで離れて行った。

そんなディオは恥ずかしさで下を向いたまま歩いた。

 「あの男がデマゴーグだったなんてね。本当なのかしら?」

ウンディーネが歩きながら考える。

「だから、そう聞こえたんだって。信じてくれよ。」

ケンタウロスはウンディーネを説得させようと必死だ。

「そうね。そういえばディオがさっき彼の事を煽動的民衆指導者だと言っていたけれど彼に会った事があるの?」

ウンディーネはディオに聞いた。

「うん、何年か前にね。彼はデマゴゴスとも呼ばれている人なのさ。僕は彼の講演会に行ったことがあって・・・まあ遠くから見ていただけなんだけどね。」

ディオの言葉にケンタウロスがどんな講演会だったか聞いた。

「好戦的な主張で民衆を煽動してたなあ。」

そんな話を歩きながらしているとあの男に出くわしてしまった。

「・・・。」

3人は緊張で顔が強張りその場に固まってしまった。向こうからあの男が1人で歩いて来たものだから隠れるチャンスを逃し、そこにただ立っていることしかできなかった。

「ごきげんよう。ん?君は確か私の講演会に来てくれた子だね。」

彼の言葉に緊張で頭の中がいっぱいのディオがしどろもどろに答えた。

「はい、そうです。」

本当は彼の名前が聞きたかったのにこの時は聞けなかった。

「それじゃあ、また会おう。」

男は軽く会釈して去っていった。

その後天文学のアレキサンダー先生が通りかかったのでさっきの男は誰かと聞いた。

「ちょっと待っててくださいね。確認してきます。」

先生はそう言うと走り去っていったが暫くして3人の所へ戻ってきた。

「デマゴーグですよ。」

そういった先生は息を切らしていた。

「すみません。わざわざ確認させてしまって。」

3人は先生に申し訳なさそうに頭を下げたが”気にするな”と先生が言ってくれたのでにっこりと笑みを浮かべた。

「でもどうしてデマゴーグがうちの学校に来てるんですかね?」

ディオが先生に聞くと先生は咳払いをした。

「デロス同盟を・・・しまった。これは内部秘密だったのに。いいかい君達?これは秘密事項だから絶対に他の奴らには話すなよ。」

先生はうっかり口が滑りデマゴーグが学校に来た訳を喋りそうになったので手で口を押さえた。

「デロス同盟・・・。」

3人はそう呟いて男が去って行った方を見た。そして先生にお礼を言うとその場を走り去った。

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