第25話 サンドバッグは変わり者
「さて」
俺は戦闘準備として脱力した。
基本に戻る。というわけではないが力はついたのだし、サンドバッグくらいは倒せるようになったのではという提案で俺は今、一対一でサンドバッグを相手にしようとしていた。
そもそも最初から多対一をしておこうとか言っただれかがいなければもっとまっとうにトレーニングできていたかもなと思ったが、そういうのは結果論だ。
俺はいつものゴングの音を聞くと同時に前へ飛び出した。
「馬鹿」
という声が聞こえた。
俺は予想通り、そしてサンドバッグの方も予想通りだったのか動くことはなく、俺たちは向かい合った。
サンドバッグが突き出した拳は見えなかった。気づくと振り抜かれ腕が真っ直ぐに伸びていた。
俺はサンドバッグの前に繰り出された拳を見ながら、やはり一対一で鍛えていても当たっていただろうと結果論を否定する。
あっ、という声が聞こえた。
今、俺はサンドバッグの頭上を飛んでいる。
振り向くより早くサンドバッグの背後へ着地すると一撃で腹部を貫いた。
穴のあいたサンドバッグは形を失って砂と皮の山へと変わった。
ここに来て初めてのサンドバッグに対しての勝利だった。
「すごいですよ。薫くん。いつの間にあんなのできるようになったんですか? あれなら遠距離攻撃系じゃなければいい感じに戦えますよ。しっかりと能力を活かせてるじゃないですか」
沙也加が珍しく興奮気味に言ってきた。
俺は照れて頭をかいた。
豊美もなにか言いたそうに口をモゴモゴしていた。さすがにもう恥ずかしくなってきたのか思っていることを言おうとしない。
「舞香。豊美の語尾で遊ぶはまた今度にしてあげてくれないか?」
「いいよー」
俺のことも許してくれたのか舞香は満面の笑みを浮かべて言った。
舞香が豊美を見つめると校庭の時のように目が怪しく光った。
「よくやったじゃない。これならあの雷牙くらいならなんとかなりそうね」
「え、なあ。サンドバッグってそんなに強いの?」
驚いた様子で目をみはる3人。
「いや、これまで3人と戦ってきてやっと勝ったやつが言うか、ってのはわかるよ?」
「いや。サンドバッグの常識の違いに驚いただけよ」
「そんなに強いんだ。サンドバッグって俺が知ってる限り直接戦うために使う道具じゃないよ」
「やっぱり戦わないんですね。なら薫くんの言うのとは比べ物にならないですし、強いなんてもんじゃないですよ」
「そうなの?」
「雷牙と同レベルよ。今のあんたは」
さも当たり前のことを言うようにして豊美は言った。
「俺が?」
俺は自分の顔を指差して目を大きく開いた。
「そうよ。最低レベルのサンドバッグを倒せれば支部を襲撃する時の派遣要員として登録できるようになるの」
「だから同レベルなのか。ちょっと待て、今の以上があるのか? 大量にってことじゃなくて?」
「量もあるけど強さも上がるわ。私の記憶じゃ雷牙はあんたと同レベルまでだったはずよ。それにサンドバッグは大量にあるだけで支部が制圧できるって言われてるもの」
「じゃあなんで増やさないんだよ」
「それはねー。なんか燃費? が悪いんだってー」
「燃費? どういうことだ?」
「それはさっぱりなのよね。能力の感覚は使ってみるのが一番だから他人の説明はピンとこないのよ」
「ふーん」
「まあ、レアな能力なのよ。これまでから考えても発現した人も少ないし」
「なんかずるいなレアな能力って」
「あんたは渡されたものが世界に一つだけなんだから満足しなさいよ」
「そうは言っても」
「残念に思うならこれから意識してみるといいわ」
「なにを?」
「サンドバッグの変身者の話です」
「レアな能力はたいてい変わったやつが発現するから探しはするが見つかる期待はしないでほしいとかなんとか言ってぐーたら過ごしてんのよそいつは」
「俺に変わり者になれと?」
「残念に思うならね」
「その人は、いやなんでもない」
「聞かない方がいいですよ」
俺としてもその人の持論は気持ち同意したいところだが、正直そんなことをこの場で言えばどうなるかわからない。それに、変わった人間のことを今は聞きたいとも思わない。聞くなら黒の男を倒してからだ。
なにかのめぐり合わせがあれば出会うこともあるだろう。
「サンドバッグはこのままでいいのか?」
「ええ。沙也加の能力でも形しか直せないからこのままでいいのよ」
当たり前のことのように豊美は言った。
「なあ、俺はサンドバッグも倒せたけど、そういえばお前らはどうなんだよ」
「どうって?」
「あのサンドバッグ」
「私たちをなめないでほしいわ」
「豊美ちゃんは単純戦闘ならここ一番ですよ」
「え? お前が?」
「馬鹿にしてんの? 第一あんただってやっと倒せたんじゃない」
「そりゃあまあ、研究に研究を重ねてるからな」
さっきとっさにできた動きだってスポーツの映像を見ることによる研究とイメージトレーニングの成果だと思いたい。
これが関係なく能力の強化で体が勝手に動くようになっているとかだとそこそこ悲しい。
「へぇ。勤勉じゃない」
「そっちこそ馬鹿にしてんのか」
「褒めてんのよ」
真剣な表情で言う豊美。
「おう」
こう。急に真面目になると動揺するからやめてほしい。
「で、沙也加と舞香は?」
「私たちは戦闘は得意じゃないんですけど……」
「基本はできるよー」
「そうなの?」
「うん。薫とおんなじくらい」
「マジか。おい。男だと俺を倒しちゃうって話だったが、戦闘が一番うまいのが豊美なら話と合わなくないか?」
「そんなことないわ。戦闘は上手くても一撃は軽いもの」
「それを決定打にするのがうまいことが戦闘がうまいってことだろ?」
「……」
黙り込む豊美。
おい。話と違うじゃないか。
俺はとんでもないのに後ろをつかれていたのではないか?
「まあまあ、支部への派遣に対応できないとそもそもロボはもらえませんし、それに尾行は私と舞香ちゃんがメインでしたから」
それにしたってあの恐ろしいサンドバッグを倒したあとなのだろう?
まあいいか。この話は水流そ、いいや。聞き捨てにならない言葉が聞こえた。
「おい。じゃあロボもらっておきながらやっとこさ俺が倒してんのは……」
「まあ、仕方ないわよ」
「気を落とさないでください」
「大丈夫だよー」
同情するような表情を浮かべる3人。
「おい。そういうことは早く言えよ。今日こそはぶっ飛ばしてやる」
「いい度胸じゃない」
胸をはって堂々とした様子で睨みつけてくる豊美。
俺だってコツコツ積み重ねてここまで来たのだ。今日沙也加とサンドバッグを倒した勢いで豊美も倒してやる。
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