第24話 緑と青
「ゲホッ。な、あ、あれ、俺。え?」
「やっと目が覚めたにゃんね」
気がつくとラボだった。
さっきまで校庭で3人と馬鹿騒ぎしていたはずなのだが、どういうことだろうか。
さすがにあれは俺も大人気なかった。
「もう調子に乗るのはやめた方がいいにゃん」
豊美はドヤ顔でそんなことを言ってきた。
律儀ににゃんと言っているのは俺に対する嫌がらせだろうか。それとも反省の表れだろうか。
「その、悪かったな。もう、やめてもいいぞ」
俺の言葉に豊美は赤くなりながら縮こまった。
俺は豊美はこれでよしと横になっていたベッドから立ち上がり沙也加と舞香を探した。
2人はその場にはいなかった。
「あれ、沙也加と舞香は?」
「訓練場にゃん」
「よし、行こうぜ」
豊美はうなずくだけだった。
俺はやめてもいいと言ってもやめない豊美から感じる気まずい空気を払拭するため少しポジティブに演じて訓練場を目指した。
「お、いたいた。沙也加、舞香。これはなにがどうなってるんだよ? どうして俺はラボにいるんだ?」
たしか俺は調子に乗って豊美をいじ、ではなく、豊美に代償を与え、そしたら沙也加に首を絞められ、意識が遠くなったのだった。
「なあ、沙也加って人の首絞めるくせとかあるの?」
「あるわけないじゃないですか。なに言ってるんですか?」
「あれ? 俺の首を締めて気絶させてここまで連れてきたんじゃないの?」
「違いますよ。ちょっと舞香ちゃんの能力を頼ったまでです」
「お兄。やっていいことと悪いことがあるよ」
俺よりちっちゃな舞香に注意され俺は心が小さくなるのを感じた。
どうやら気を失っていたのはそういうことらしい。首を締められているように感じたのは洗脳による幻覚ということだろうか。相変わらず恐ろしい能力だ。
だが、それなら俺の洗脳能力耐性というのはなかったのか? もしくは舞香の本気は防げないということか。俺の方はどんどんと弱さが露見していてかなり傷ついているのだがショックも受けていられない。時間は限られている。
時計を見ると普段ラボに到着するよりは早い時間だった。
やはり変なことがなければトレーニングの時間だって増やせていたのだ。
すると、なにか思い出した様子で沙也加が手を打った。
「そういえば、薫くんが気を失っている間も豊美ちゃんはずっとあの喋り方だったんですよ」
「え? なんで?」
「かわいかったからー」
俺の疑問に答えたのは沙也加でも豊美でもなく舞香だった。
舞香は無邪気に笑っている。
「おい。じゃあ、あれか舞香の許しがあるまで豊美はあのままなのか?」
「そういうことになります」
通りで俺がやめてもいいと言ってもやめなかったわけだ。
「あと豊美ちゃんから事情は聞きましたよ。私も豊美ちゃんの自業自得かなと思ったので当分このままでもいいと思ってます。私も疑ったりして悪かったと思いました。でも、あんまり目立つようなことはしないでくださいね」
「……はい」
調子に乗っていた俺はやはりやりすぎていたらしい。
これからはおとなしくしておこうと心に誓った。
俺はどうにか喋り方を元に戻す許しを乞うている豊美と舞香のやりとりを視界に入れながら沙也加と向かい合っていた。
「もういいんじゃないですか? 今日は豊美ちゃんも戦意喪失してますし」
「いいや、昨日は舞香に勝てたんだ。この調子で進んでようやく豊美にだって追いつけるはずだ」
「そうですか? ならやりますか」
今日もうすでに数戦を終えたにも関わらず俺と違い豊美の能力の補助なしで戦い続けている沙也加。
俺が見た限りでは3人の中で二番目に強いと思われる沙也加に一撃を入れ豊美や雷牙を撃ち倒し勢いに乗って土曜日を迎えたい。
俺の中でもラクな姿勢がわかってきて少し体の力も抜けてきた。
俺とほとんど変わらない身長の沙也加の一撃を食らえば戦闘続行は厳しくなる。
2人の準備完了を認識しゴングが鳴る。
俺は高く飛んだ。
大きく目を見開く沙也加。
一撃目はどうせ当たらないなら意表をつく方がいい。
俺は少し距離を置いて着地するとスキを狙った。
ひらりとかわされ攻撃が当たった感触はない。
「ふっ」
すかさずカウンターが飛んでくるのを俺もギリギリで回避。
撃ち合いをしていては体力的に勝ち目がないことは昨日まででわかった。
俺はヒットアンドアウェイの戦法をとりスキを狙うことに決めた。
「ちょこまかとしてて男の子として恥ずかしくないんですか?」
「男の子としては女の子に負ける方が恥ずかしいな」
そんな俺の動揺を誘うような沙也加の言葉もかわしつつ一撃を入れるスキを待った。
右拳を出しても左拳を出しても当たりそうで当たらない。
どれだけ動きを予測してもよくて当たりそうなだけだった。
それでも俺は辛抱強くギリギリを攻めた。
「うっ」
沙也加がよろめいた。
俺の攻撃で軸がぶれ沙也加が体勢を崩した。
スキを逃せば反撃を狙ってくる。
チャンスは今だ。
体制を崩しながらも正確に飛んでくる右足をかわした。
俺はスキのできた沙也加の胴に拳を突き出そうとしてやめた。
「あの、一撃入れないと決着つかないんですけど、昨日の舞香ちゃんの時といいルールわかってます?」
「わかってるけど気が引けて……ふんっ」
俺はよろめいている状態の沙也加にカチューシャの位置を外して全力の突きを出した。
「勝者。薫!」
「これでいいか?」
「はい」
満足そうに笑う沙也加。俺も初めて自分の名前が勝者として呼ばれて笑みがこぼれた。
俺は手を差し伸べて沙也加を立たせた。
「相手が女の子だったらそんな優しさにつけ込まれて負けちゃいますよ?」
「そうだよな。訓練から実戦の気持ちでやらなきゃ駄目だよな」
「そうですよ。優しさは別のところで表してくれればいいですから」
「わかった」
俺は沙也加に勝ってから豊美に挑んだ。
舞香の説得に失敗したフラストレーションをぶつけられる形でいつも以上にひどい目に合った。
「勝てなかった」
「お疲れだにゃん。でも気になるのにゃん」
「なにが?」
「あんたの怪我の治りが日に日に早くなってることだにゃん」
「そうか?」
「そうだにゃん。ぶつけた感触と怪我の具合が違うんだにゃん」
「それはあれじゃないか? 俺の受け身が上手くなってるとか」
「そうは見えないにゃん」
ぐさりとくる言葉だ。
俺としてはそもそも受け身を取れるような投げられ方じゃないと思い始めている。
なにより問題は受け身よりも豊美に勝てないことだ。
もしかしたら微力なりとも能力が変わっているかもと豊美は言っていたが俺としてはなにも変化を感じられず、ただ回復しているだけだった。
こうなったら専門家に見てもらいたいが真木さんの無断欠勤が続いていることと支部の襲撃が重なり俺のロボを見てもらえるのは当分先になるとのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます