第23話 憂鬱と悪戯

 今日は少し憂鬱だった。

 さすがに連続はこたえると思った。

 そんな様子は周囲にも伝わっていたようで、

「また寝不足? 相変わらずなにしてるの?」

「なにもしてないわ。夜リビングで寝るのは慣れてないんだよ。家にいながら旅行でもしている気分だ」

「ならよかったじゃない。旅行なんてそうそう行けなかったでしょうに」

「そうだな。どうもありがとうございます! 違う。眠いのは別の理由だよ」

「あれでしょ?私と沙也加のファンがどうとかっていう戯言でしょ?」

「事実だけどな。もうそのことはいいよ」

 俺は未だに豊美と沙也加のファンによる襲撃を信じる気持ちのない豊美を説得することは諦めた。

「でも、災難ですよね。ごめんなさい」

「いやいいんだよ。沙也加は悪くない」

「そうよ。どうせこいつのことだし嘘ついてるに決まってるじゃない。都合が悪くなると私たちの名前を出しておけばひるんで許してくれるんじゃないかっていう魂胆なのよ」

「そうなんですか?」

「違うから。なんなら本人を……」

 呼んでくるから。そう最後まで俺に言わせることなく、

「その必要はないわ」

 そういって少し歩みを速める豊美。

「おい。待てって」

 そんな俺たちの騒ぎも周りは四日目にして受容する道を選んだようだ。

 今では俺たちの騒がしさがなりをひそめたものと思いたいものだが豊美からは一切自重するつもりが見受けられない。

 なんというわがまま。

 しかし、心なしか声のボリュームは抑えられている気はする。

 箱入りなだけに少し周囲の目線が気になったのかもしれない。

 俺は置いて行こうとする豊美を好きにし歩速を緩めると疑問そうに首をかしげる2人に向けて言った

「先行きたかったら行っていいぞ」

「私はこのままでいいです」

「舞香もー」

「そうか? やっぱ豊美は勝手だな」

「きっと恥ずかしかっただけですよ。あれでいつも薫は大丈夫か。大丈夫かって言ってますから」

「そうそう。そうなのだー。私のお兄なのに」

「豊美は昨日の態度といい素直じゃないんだな」

「私もそう思います」

「舞香もー」

 冗談めかして言う2人に俺は笑いかけた。

 俺も付き合いに慣れてきたかと思ったがなんとも面倒なやつらだったことを忘れていた。

 1人の時間を得るために先に行かせようとしたが失敗だった。

 行きたがらない人間に先を強要するのもおかしな話だ。がこれはこれでありかもしれない。

 俺は少し静かになったからかニコニコしている2人をよそに思案した。

 そう。周りは俺たちはうるさいが我慢しているのではなく、俺たちがうるさくないから気にする必要がないのではないかと。

 少し先ではキョロキョロしたあとに振り向き、俺たちを見たまま立ち尽くす豊美の姿が見えた。

 追いついてくることを期待してたなら置いて行くなよ。と思い笑いながら予想通りの面白いものを見て満足し俺はさらに思考を続ける。

 そうだ。そうだよ。俺たちは別に人に気にされるようなことはしていない。

 俺は勘違いしていた。

 家と学校の間は静かに過ごすものだと思い込んでいた。

 俺は静かな時間が好きだった。

 両親に友だちのことで心配をかけるほどには好きだった。が俺は後ろを歩く2人と俺が笑ったことが不機嫌そうに眉を寄せる豊美を見て再び笑う。

「……俺は今が好きらしい……」

「え、なんですか?」

 独り言に対して沙也加は真面目に聞こうと聞いてきた。

「なんでもないよ。いい子の豊美が頑張ったんだ。少し急ごうぜ」

 俺たちは豊美に追いつくために少し駆けた。


 と、朝は少しいい気分で仲間たちを見直していたからか机や椅子が昨日よりもキレイに見え、戦う気持ちの準備はできていたが今日はだれも来なかった。

 舞香は一年だからまだ名が知れていなくてファンクラブのような怪しげな組織ができていないからだろうか。

 しかし、今はそんなことはどうでもいい。

「おい。豊美。今日は一緒に行けるからちょっと話を聞いてもらおうか」

 豊美は俺の言葉になんの後ろめたさもなければしないようなピクリと背中を震わせる様子を見せると珍しく少し怯えた様子でコクコクと首を縦に振った。

 逃げ出してぬけぬけと嘘をつき沙也加や舞香を味方につけようとするか、武力行使をしてくるかと思っていたがどうやらそうではなかった。

 周りを見ると相当月曜日のことがこたえたのか裕也はまたもすでに帰っていた。

 雄太もいなかった。いまだ治っていないため手のことで病院に行っているのだろう。

 俺は意を決して豊美の背中を押して教室を出た。

 廊下へ出ると少し縮こまった様子の豊美を見て初めて俺が優位に立っていることを自覚し、そのまま口を開いた。

「なにを話すかわかってるな」

 またコクコクとうなずく豊美。

 そう。俺は忘れていた。本人を連れてくる必要などないのだ。

 俺はたしかに、

「先に行っていろ」

 言っていた。

 そう。豊美は俺が学級委員や柔道部部長が話をし、用ができる瞬間を見ていたのだ。にも関わらず、今の態度からも明らかなように、知らんぷりをして、あたかも俺がなにもないのに遅れてきた言い訳をしているように演出していたのだ。

「まずは、言い訳を聞こうか」

「……なにも言えません」

 豊美は少し震えた声で言った。

 いつもと違う雰囲気に俺としてはいじめている気分になって気が引けてくるが、そんな甘いこと言っている場合ではない。

「あの、この質問はいつまで続くのですか?」

「では、役割を与え、それを実行したら許そう」

「あの、なにをすれば?」

 豊美がこわごわ俺の顔を見ると俺はできる限りの優しい微笑みを浮かべて豊美に伝えた。


 俺はなにも鬼ではない。

 無理を強いるようなことをするつもりは微塵もない。

 だから、今回はあくまで豊美の責任である。

「薫くんが遅れた理由を知っていた私は悪い子です。許してにゃん」

「どうしたんですか!? え、どうしてそんなしゃべり方なんですか?」

 肩を震わせ赤い顔をした今にも泣き出しそうな豊美を沙也加は心配したように肩を掴んで揺すっていた。

「まあ、この通りだ」

「薫くんがやったんですか? あの強気でありながら可愛いもの好きの豊美ちゃんになにをしたらこんなになるんですか?」

 少し興味がわいているのか目を大きく開いて沙也加は俺に聞いてきた。

「それは本人に聞いた方が早いよ」

「ねえ、豊美ちゃん? どういうことなの?」

「……」

「どういうことなの?」

 だまり続ける豊美は強く揺さぶり続ける沙也加に根負けしたのか口を開いた。

「これは私が嘘をついたことが原因だにゃん。なのであまり聞かないでほしいにゃん」

 にゃんと言うたびに律儀に手を猫の手にする豊美がさすがに可哀想になったきたのか沙也加は今度は俺の前に来て正確に首に両手をのばしてきた。

「や、やめろ。あっぶな。突然なにすんだ。沙也加ってそんなやつだったか? たしかに調子に乗りすぎたとは思ったけど、本気でやられたら俺弱いんだから死んじゃうだろ」

「あ、ごめんなさい。反射的に動いてました。でも友だちが急にこんなになったら……」

「俺は友だちじゃないの? 無言で殺しにかかるような相手に成り下がったつもりはないんだけど」

 舞香は黙ったまま俺から少し距離をとる。

 これはいかんと思った。

 このままでは正確な理由が伝わらず悪い者扱いされて終わりかねない。

 俺は説明するために一歩前に出た。

「いいか。人は学習しないんだ。だから代償がないと駄目なんだよ。俺の受けてきた被害を考えてみろ。俺は言い訳する男として扱われたんだ。しかもそれは豊美が役割を果たさずに俺が遅れた理由を知っていながら伝えなかったからだ。それに、俺は強要してない。俺の頼みが嫌なら断ることだってできたんだ」

 その言葉に豊美は顔を見られないようにうつむくとまた少し赤くなった。

 そうだ。俺の言うことを拒否できない理由はない。ということは俺をだしにやりたいことをやっていたのか? いや、今はそんなことどうでもいい。

 続きを話そうと俺は沙也加に視線を戻そうとして口を開けた。

「だから、うっ」

 喋れない。

「ちょっと落ち着きましょうか。薫くん。興奮し過ぎですよ。目的地に急ぎましょう」

 周囲の注目を浴びたからか沙也加がそんなことを言ってきた。

 周りを見ると豊美は動かず、舞香は俺を見る目がいつもよりも怪しげに光っている気がした。

 その間も俺は苦しいことを伝えるため沙也加の手を叩いていたがいつまで経ってもなにを示しているのか気づいていない様子で手を動かそうとしない。

 まずい。視界が暗くなっていく。

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