第22話 戦闘!初勝利へ向けて
男は最初から柔道着を着ていて、奇襲でも仕掛けるつもりかと思っていたが俺が制服から体操着に着替える時間くらいは与えてくれた。
うちの学校の制服は運動には向いていない。
それに相手は自由変形ロボの使い手でないのだから変身することだってできない。
ならば体操着がベストだ。
と思ったのだが、
「おい。その中途半端な格好はなんだ」
俺は今の自分の状態を忘れていた。正確には今までなんとかタイミングがよくごまかせていたことが突然の出来事に少し困ってしまった。
「これにはわけが……」
「そんな姿で言い訳を作るつもりか」
「いや、違うんですよ。正々堂々戦いたいけれど、これには深い事情があるんですよ」
焦りのせいかうまくズボンを着替えることができず上だけ体操着に着替えた。
「そうか。聞かんでおこう」
柔道部部長はそういって微妙な雰囲気のまま柔道の構えなのか姿勢を変えた。
体育の授業で名前を聞いたような気がするが忘れてしまった。
どうも雰囲気が変わった気がする。
俺だって工夫して体育の授業を乗り越えてきたんだ。
「準備できました」
「さあ、始めようか」
「汗かいてどうしたの? またなにかしてたの? 言い訳作るのも無理しなくていいのに」
「だから本当なんだって。今日に限ってどうして先に行ってるんだよ。もういいよ」
結果は俺の圧勝だった。
俺は豊美への説明も面倒になり、なにをしていたのか状況を話さなかった。
不思議そうな顔をする2人には悪いが、こうなると明日もまた同じ目に合いそうだと思った。
柔道部部長よりも豊美や沙也加、舞香の方がよっぽど強かった。それもそうだ。鍛え方が違う。
そのうえにこの間の学級委員の言葉を信じるなら変身していなくても俺の身体能力は自由変形ロボにより補われているはずだ。
実際に変身をしていない俺でも力の入れ方を間違って柔道部部長を投げ飛ばしてしまった。
実力差を理解した柔道部部長が早々にまいっだと言ってくれて助かった。
悪いことをしたとは思ったが気にするなと言ってくれたのがなによりも救いだ。
身体能力が向上するのは変身前でもなのだろうか。でなければここ数日の訓練だけで人を投げ飛ばせないか。柔道部部長は受け身も達人なようで本当に助かった。
そして今日も今日とて訓練なのだが、まあ、それはそれは、
「ぎゃああああああああああ」
「うるさい」
「うわああああああああああ」
「うるさいです」
「ぐはああああああああああ」
「うるさいー」
俺が投げられる番だった。一般人に危害を加えたようなものの俺に対する因果応報というように以前にも増して吹っ飛ばされた。
そのうえ叫び声まで非難された。
「くそう。どうして勝てないんだ」
「進歩のスピードが違うのよ」
「でも豊美ちゃん。相手がいいからか、最近は力の伸び……」
「わああああああああああ」
顔を真赤にして沙也加の言っていたことを遮る豊美。
「おい。はしたないぞ。人の叫びをうるさいとか言いながら今別に叫ぶところでもないだろ聞こえなかったじゃないか。相手がなんだって?」
「だから、相手が……」
「わあああああああああああああああ。あんたには関係ないでしょ。こっちの、そう女の子の話だから。男は入ってこないで」
「なんだよ。同じ家で暮らしておいて、そりゃないだろ。な、舞香」
「うん。隠し事はよくないよー豊美が言わないなら私が……」
「わあああああああああああああああ。舞香も少し静かにしようか」
「まずお前が静かにしろよ」
いつにもましてテンションの高い豊美だからか訓練のはずなのに一撃一撃が必殺のように重く、強く、そして痛かった。
訓練場につけられた傷は即座に沙也加が戻してくれる。地形を変え天候を変え、状況を変え、万一の奇襲にも備えるためにどの方向から来るかを知らずに戦いもした。
攻撃をかわすことには少しずつ成功してきたがいかんせん当たらない。
最年少の舞香に対してもそれは同じだった。
この中で一番近接戦闘が苦手という舞香は、それでも昨日ボコボコにやられたサンドバッグに引けを取らない戦闘を見せていた。
正直なところそれだけで規格外な印象なのだが今では舞香が一番目で追いやすいことから言っていることはわかる。
「おし。よろしくお願いしやす」
「どんとこいなのだー」
俺としても不思議なことに紫の女だけでなく舞香の洗脳能力に対しても耐性があった。
そのことでどちらもほぼ生身の戦闘と変わらない状況だった。
俺は猪突猛進をやめ一撃にすべてを込めないスタイルに変えた。
軽やかで速い舞香の一撃一撃をかわし受け流してスキを待つ。
「ふふふ」
舞香が笑った気がした。
楽しげな声。
拳をかわす中でも余裕の見えるその態度は俺の感情を昂らせるでなく少し胸を高鳴らせた。
少しの間ダンスのように空振り合った拳の祭りも終わりの時が来た。
舞香の弱点なのか体力勝負に持ち込むと少しずつ動きのキレがなくなっていく。
表情からも真剣味が増してきていた。
「ふっ」
そして決まる俺の足払い。
一撃。
体勢を崩した舞香に俺は渾身の拳を振り下ろさずに舞香の下へと滑り込んだ。
「ぐっ」
思わず声が漏れる。
上を見ると俺の背中に乗っかった状態で舞香は膨れっ面をしていた。
「お兄。真剣にやってよー」
「いや。悪い悪い。でも痛いかなと思って」
「むぅー痛いのはやだけどー」
「でも俺の勝ちでいいだろ?」
「うん!」
元気に返事をすると破顔してよくやったとばかりに俺の頭をなでてくる舞香。
まずは一撃。一勝。
俺は少し才能がないという思考を横へ退けておこうと考えた。
舞香に勝ったことで調子づいた俺は続けて沙也加にも挑んだが俺の体力切れか食事でエネルギー補給済みの沙也加の体力の多さからかスキを見せた俺が投げ飛ばされた。
そして目の前には今日最後の一対一での戦闘をするために立っている豊美。
「そろそろこの戦いでは一撃入れてほしいんだけど」
「それは俺のことをなんだかんだ心配してくれてるってことか?」
「ち、違うから。そんなんじゃないから!」
慌てた様子で否定する豊美。
わかりやすい。こっそり看病してくれたり、こうして率先して相手をしてくれたり、さすがの俺だってこんなに手厚くサポートされたら恩の一つも返してやりたくなる。
「絶対に違うから、私はただ、ひよっこでへっぽこな後輩を持って、どう接していいかわからなくて、それで、とりあえずできる限りのことをやればいいやって思ってやってるだけだから。殺されちゃったら気分が悪いし、なんか目を話したスキにやられちゃいそうだし」
そんな保護対象として見られているとは、なんとなくわかったいた。わかってはいたが同い年なだけに多少のショックに抑えられない。
俺は両手で頬を叩いた。
「それを心配してるって言うんだろ? まあ、なにより豊美より先にこの中で二番目の沙也加に一撃入れないとだけどな。さあ、始めようぜ」
俺はまた構えた。今日何度目かの戦闘を開始するために。
ゴングのようなカンっという音が鳴る。
聞き慣れたその音を聞くとともに反射的に俺は地面を蹴った。
今までのようにただ突っ込んで一撃必殺を狙うのではなく舞香の時のようにチャンスを狙う。
俺はまず豊美の後ろを狙うために横へ動いた。豊美は動きが洗練されていて舞香のようにスキをつくことは難しい。接近されればかわし続けることが困難だ。体力の限界が訪れるのは俺が先だろう。
それに、これまでの経験から豊美たちが一撃、特に初撃をかわすことに長けている。かわせなくても一撃目を返せる技を持っている。
つまり、突っ込むのはいくらスピードが速くとも得策ではないことに今やっと気づいたのだ。
しかし、そんな戦闘スタイルの変化はもう既にばれている。
豊美は同じ方向に少し遅れてついてきている。このままではいずれ距離をとることはできても向き直られ背後を取ることは厳しいだろう。
戦闘に関しては特に能力を使えないはずの豊美ですら、これだけ戦えるのだ。俺がこのままではいけない。
ブレーキをかけ、反対へ駆け出す。少し意表をつかれたように動きを鈍らせた豊美だったが俺はそのまま突っ込むことはしなかった。
「ただ走ってるだけじゃ勝てないわよ」
余裕があるのか豊海は言ってきた。
俺の体力もほとんど減らない。疲れるが動けなくなるわけじゃない。これも俺がここ数日の訓練で得たものだった。
そして俺はまた、方向を変えた。
俺は豊美が勢いのまま右へ行くよう強く祈った。偶然なら続かないはずのことが最近は続く、特に人の行動についてだ。
俺の祈りはいつの間にか強いものになっていたらしい。
もしかしたらは洗脳耐性ではなくこの祈りこそが俺の二つ目の能力なのだろうか。それとも三つ目?
俺は神は超越的存在で絶対に見ることは叶わないものだと思っているが、祈る対象は神でなくてもいいのかもしれない。
「えっ」
驚く豊美の声。
それは自分の行動に驚いたのか、それとも俺の行動に驚いたのか。豊美の体は俺の方向転換についてくることなく右へ走り続けていた。
これだけの距離があれば、俺は自分に与えられた身体能力向上の力を信じ、さらに足を踏み込み小回りで豊美の背後に回った。
死角に入った。
そこで俺は思い切り地面を蹴った。
真っ直ぐ視界が溶け、それが形を取り戻す。と寸前に豊美の淡く青いフリルの戦闘服姿。俺は迷うことなく拳を豊美の後ろ髪にある強く輝くシュシュに突き出そうとした。
瞬間。腹部に打撃を受けた。
一度、くの字に体が曲がると今度はあごの辺りに痛みが走った。そのまま視界は宙を向きなすすべなく地面に打ち付けられ仰向けで倒れ込むと馬乗りの状態の豊美が見えた。
俺は両手を上げ、
「降参」
そうつぶやいた。
また駄目だった。
そして、また豊美は舞香に食ってかかっていた。だれもが釈然としない表情を浮かべたままやりとりは続いている。
これで何度目だろうか。
俺の祈りが実現するのは俺の力ではなく、都合よく舞香が力を貸してくれているだけなのだろうか。
沙也加が何度も言うには少なくとも舞香ではないらしい。
しかし俺の力は身体能力向上のはず。となるといったいだれが訓練に水を差すような真似を?
今日もまた疑問は晴れないままだった。
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