第21話 眠気続きの戦闘前

「ふわあ」

 今日も朝から眠い。

 どうも体の疲れが取れていない気がする。

 歳とったのかとか思いたくなるがあいにくそんな歳ではないため気疲れかと思う。

「今日は私のせいじゃないからね!」

「お。やっぱり昨日までの寝不足は豊美のせいって認めるんだな」

「違うから! それも違うから!」

「へっ。俺は聞いたからな。なあ2人とも」

 うんうんとうなずく2人。

 それにより掴みかかってくる豊美の相手をしながら少し騒がしい朝にも慣れたなと思う俺がいた。

 よく言えば飽きないが悪く言えば落ち着きがない。だが少し気に入ってきている自分がいる。

 今日も今日とて学校だ。学生はそれはそれは登校をしている。

 周りも月曜日ほど俺たちの騒がしさを気にする様子もなくこのままだとやばいやつらで定着してしまうかもしれない。

 だが、こっそり抜け出すのがこの3人相手には難しいことを俺はよく知っている。

 自分の行動の責任も自覚し俺はばれないように少しづつおとなしくしていく。

「元気ないの?」

 不安げな表情を浮かべ聞いてくる舞香。

 昨日とは逆で俺が心配される立場らしい。

 ぐっ。豊美と違ってなんて優しい。小さな変化も見過ごさないなんて。

「昨日は睡眠の邪魔されなかったからしっかり眠れて元気だよ。健康のなんとかをしっかり満たせたからね」

「あら、それは私への腹いせかしら」

 俺は豊美が話している間に2人に目配せした。

「よかったー」

「そうかしら? 薫が元気だとなにができるの?」

「なんだか、顔色もよさそうですし今日こそはサンドバッグにも勝てるかもしれませんね。それに私たちに一撃入れられるかもしれないですよ」

「そんなことないわ。私だって鍛えてるのよ。素人に負けるわけないじゃない」

「ああ、いつまでも負けっぱなしじゃかっこ悪いしな。少しだが対処できるようになってきた気はするんだ」

「それはあれでしょ。舞香の手助けがあるからでしょ? ねえ、悪かったから、認めるから。無視しないで!」

 俺たちの協力プレイにより豊美は少しは意見を曲げるということを覚えたらしいがせっかくなのだスルーを続けてみた。

 しかしさすがにいつもは見せない弱々しさを前面に出したので逆に謝ると、つけ上がったためやはりスルーを再開した。

「お頭。おはようっす」

「おはよう。裕也。今日は時計は大丈夫だったか?」

「はい。いやー。本当に全部ずれてたんでびっくりしたっすよ」

「昨日は昨日で災難だったな。それはそれとして学級委員との戦いはどうだった?」

「気づいたらお頭がいなくなってて驚きましたけど楽勝でした」

「それはよかった。でも、疲れてるようだな」

「はい。いつまでも『まだだ。次が最後。本当の最後だから』って泣いてすがりついてくるんで。見回りの先生に叱られるまで相手してたんすよ」

「災難だったな」

 あのあとも戦い続けたのか。

 俺は昨日のことを思い出した。

 突然変身した学級委員。

 戦うことになった俺。

 容赦なく学校にあるすべてのバスケットボールを飛ばしてくる学級委員。

 俺はその学級委員に対しサンドバッグと豊美に殴られ続けて鍛え上げた精神力により飛んでくるバスケットボールをすべてすれすれで回避し、じりじりと距離を詰めた。

 その様子に学級委員は恐れをなしたのか一歩また一歩と後ろへ下がり、最後は背を見せ逃げ出したが俺はそのスキを見逃さずに学級委員の肩を掴み最低限の力でメガネの形に光るマスクを砕いたのだった。

 顔に異常は見られなかったが豊美の説得に失敗した俺はかなり可哀想な目に合わせてしまったと思っていた。だが、さすがの趣味と意志力で舞香の洗脳に対しても豊美好きの記憶を保持し、そして元に戻すために律儀に裕也と戦ったわけだ。

 そのあり方は尊敬に値するが、どうしてそんなやつが非正規の自由変形ロボに手を出してしまったのか俺には理解できない。

 しかし組織のあり方には反対だが、こんなことを覚えておくのはたしかに俺たちだけでいいのかもしれない。普段は頑張る学級委員だ。彼の名を無闇に汚す必要などないのだ。

「はい。えーと、おはざす」

 裕也は気を取り直したように豊美たちに向き直ると挨拶をした。

「おはよう」

「おはようー」

「おはようございます」

「……あいさつしてよかったんすよね」

 少しビクビクした様子で聞いてくる裕也。

「当たり前だろ」

 まったく俺はなにと勘違いされているのか。

 俺たちは玄関口で上履きに履き替え、それぞれのクラスへと散っていった。

「……今日はなんともないといいな」

「なんすか?」

「いや、別に」


「おはよう」

「おう。雄太それよくならないのか?」

 相変わらず変わる様子を見せないぐるぐる巻きの腕が心配になり俺は雄太に声をかけた。

「そんなすぐに治るわけないだろ。結構ひどいんだよ」

「それならまだ痛いのか?」

「いや、固定されてるからほとんど痛くはないけど、きっとはずして動かすことになったら痛いんだろうな」

 少し想像し恐ろしくなって俺は黙って席についた。

 豊美や自由変形ロボのおかげで治療の過程をすっぽりとパスさせてもらっている身としてはやはり痛みを少し忘れていることを自覚した。

 動物としての危機装置をどこかへ置いてきているのではないかという恐怖で背筋が凍る。

「席につけー」

 俺は担任が入ってきたことで姿勢を正した。

 目に入ってくる俺の机が少しキレイで新しい印象を受けた。

 俺のだけ変えた? まさかな掃除を頑張ってくれたんだろう。


「またか」

「またってなんだ。俺と会うのは初めてだろう?」

「はじめまして」

「違う。そんなやり取りをしている暇はないんだ。俺は……」

「沙也加か舞香の知り合いでしょう?」

「何故沙也加の知り合いだと……?」

 沙也加の知り合いということは年上か。

「大丈夫ですから。裕也ー……あれ、いない?」

「裕也なら帰ったぞ」

 まだ残っていたクラスメイトに言われた。

 なに。

 まさか今日も俺に戦いを強制されると思い先に帰ったのか珍しい。

 普段なら、お頭。お頭と騒いで一緒に帰ることをねだってくるのに、仕方ない。

 もう一度教室内を見回す。

 駄目だ、雄太もいない。というか両手骨折の男に頼ることじゃないか。

 他のクラスメイトも俺が視線を送るたびに不自然に目をそらし関わり合いになりたくなさそうなオーラを放っていた。

「お前、嫌われてるのか?」

 同情するように言うだれかのファンの男。

「そのようです」

「どうしてお前なんかと直山が一緒にいるんだか。まあいい、俺と戦え!」

「仕方がないので勝負に付き合いますよ。ただし本当に一回だけですよ」

「それでこそ男だ」

 俺は豊美に一言言ってから静かに男について行った。


 着いた先は今日も無人の体育館。普段なら部活で使われているはずだが、今日も貸し切りだろうか。

 その疑問に答えたのは目の前の男だった。

「俺はこの学校の柔道部部長の……」

「あーなるほどで貸し切りだというわけですね」

「人の話は最後まで聞けい。俺は……」

「急いでるんです。悪いですが名乗りを聞いてる暇はないんです。今日も沙也加たちと約束があるので」

「なめやがって、勝つこと前提か」

「勝負の内容は?」

 俺が先をうながすと男は怒りをにじませながらもそれをぶつけてくることはなかった。仮にも柔道部部長らしい。

「俺に柔道で勝ってみろ」

「無理でしょう」

「ほう? そんな貧弱な男が直山を守れるわけがなかろう」

「いや、おかしいですよ。有利な勝負を仕掛けている自覚はないんですか? もっとフェアな精神を……」

「お前に言われたくないわ」

 俺のなにを知っているのか男は堂々と言ってのけた。

 ふむ、面倒になってきた。

「わかりました。戦いなら自信はあります。しかし柔道となると俺はルールも把握していません。そこで、人生はそんなルールのもとに動いてくれる生易しいものじゃないでしょう?」

「というと?」

「まいったと言わせたら勝ちの戦いといこうじゃないですか」

 俺がふっかけたのはルール無用の真剣勝負だ。

 以前の俺ならば確実にこの柔道部部長に勝ち目はなかっただろう。しかし今の俺は豊美たちに鍛えられているのだ。その辺の一般人に戦闘で負けていては雷牙と再戦したとしても負けが見えているというもの。ここで一度自分の実力を強さがおかしな3人以外で把握するのは俺の得にもなるはずだ。

 問題は俺がやっているのがなんなのか名前がわからないことだがとりあえず異種格闘技戦と言っておけば大丈夫だろう。

「ほう。貴様は自分が言っていることがどのようなことかわかっているのか?」

「わかっていますよ」

 俺は勝負の準備を始めた。

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