第20話 強者と屈辱

「だは」

 駄目だ。勝てない。

 どうもそもそもの人としてのスペックの差な気がしてきてしまった。悔しいが勝てないのではベルトを渡すのは俺じゃない方がよかったのでは? と思ってしまう。しかし受け継ぐには死ぬだったか。死にたくはないし。

「ウジウジしてないで立ちなさい。そんな時間ないわよ」

 そういって手を差し伸べてくる豊美。

「……豊美」

 俺は思わず顔を上げた。

 とうとう優しさに目覚めたらしい豊美の笑顔に俺は手を伸ばした。そして豊美の手を掴むとぐいっと引き上げられた。しかし俺が重心を安定させるよりも早く手放され俺は尻もちをついた。

「いった。なにしやがる」

「あら、そんなに私に優しくして欲しかったの?」

「ぐぬぬ」

 素直に優しくしてくれてもいいだろうに馬鹿にしてるわけじゃなく素直に可愛いとか優しいとか言ったことを根に持っているのか。

 俺は仕方なく自力で立ち上がる。

「いいか。絶対後悔させてやるからな。俺はお前よりも強くなる」

「当たり前じゃない。そうなってもらわないと困るわ。私たちだってあんたが簡単に負けたらどうなるかわからないし、それにね。そのロボは私たちのものとは全く違うんだからこれくらいで音を上げてもらっちゃ困るのよ」

 強い口調で言う豊美。

 これはきっと彼女なりの鼓舞なのだろう。

 やはり素直じゃないな。

 だが豊美らしい。

 俺は笑い。

「そうだな。へばってられるかってんだ」

 果たし状の日。そして、打倒雷牙を目指して今日もまた特訓を続けた。


「お疲れ様」

「お疲れ様です」

「精が出るわね」

「ありがとうございます」

 俺は遭遇したくない人物に遭遇してしまった。田野さんだ。雷牙の時には圧倒されて忘れていたが紫の女だと俺が勝手に思っている人物だ。

 胸ポケットにあるピンクのペンがやけに目につく田野さんは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「どうしたの?」

「いえ、少し疲れてるだけです」

「そう。無理はしないでね」

「はい」

 俺は睨むように田野さんを見た。

 俺の目線に困ったような表情を浮かべる田野さん。

 俺は口を開いた。

「真木さんは来てませんか?」

「来てないのよね。昨日から。無断欠勤なんて今までなかったのに」

「無断? そうですか。心当たりは?」

「ないわね。どうしてなのかしら」

 しっぽを出さないか。そう簡単な問題じゃないらしい。

 豊美たち3人も苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 どうやら悔しいのは俺だけではないらしい。

 田野さんは紫の女と体型がよく似ているように見える。服装の印象も見ようによっては似ている。

 もちろん確証はないが新入りの俺はだれよりも慎重に警戒して過ごしてもいいだろう。大切な自由変形ロボを預かっている身だ。下手なことはできない。

 俺は帰ろうと田野さんに背を向けた。

「ねえ薫くん。真木になににか用だったの? ベルトのこととか?」

「いえ、別に」

「そう。ならよかった。そうそう、ベルトの爆発は災難だったわね」

「ええ」

 俺は皮肉かと思い少し睨みつけてしまったがなんとか微笑みを向けることができた。そして微笑み返された。

「……ねえ、薫くん今日は少し冷たくない?」

「……あんなもんじゃないですか? 思春期ですし。私に対してもあんなもんですよ」

「……そうかしら」

 エレベーターへと向かう俺の背中ごしにかすかに田野さんと豊美の声が聞こえてきた。


「意外だったわ」

 エレベーターを降りて外に出た途端、驚いた様子で豊美が言った。

「なにが?」

「あんたがさっき田野さんに聞いたことよ」

「ああ」

 本当に驚いた様子で3人は顔を見合わせてうなずきあっていた。

「どうして聞いたんですか?」

「それは、仲間のためってやつだよ」

 下手すれば拉致、監禁なんてこともあるのかもしれない。

 あの能力は危険な気がした。

 舞香と相殺されていたことを考えると洗脳系の能力なのだろうか。

 しかし俺は何故無事だったのか。これも歴代の力かそれとも強化されている可能性のあるもう一つの能力か。

 それにしても二つ目が洗脳耐性とかだと局所的にしか活躍できない気がするのだが。まあはっきりしてから考えればいいだろう。

「それこそ意外ね。自己保身のためとかじゃないの?」

 しかし俺の思考をよそに疑わしそうな目を向けてくる豊美。

「別に、俺だって自分のためだけに動くような人間じゃないわ」

「そう。少し考えを改めないといけないわね」

 そうして結局一勝もできなかった相手に微笑みかけられた。

「……」

 そこで俺は珍しく外に出てから舞香がなにも話していないことに気がついた。

 話さないだけなら気にならなかっただろうが普段はしないような石蹴りをして1人で会話に入らずに遊んでいたのが気になった。

「舞香どうかしたのか?」

「ううん……いや、うん。あの紫の……」

「紫がどうかしたのか?」

 周囲を見回すもそれに該当するような物は見つからなかった。

 俺は再び舞香の顔を見た。

「……この間の」

「ああ」

 落ち込んだ、それでいて真剣な表情でぐるりと顔を見回した舞香。

 舞香もまた紫の女のことを思い出していたらしい。

「悔しい。今まで私だけだったのに!」

「どういうことだ?」

「ああ。言ってなかったわね。舞香の能力は舞香だけのものなの」

「それは基本1人一つなんだし、だれでもそうなんじゃないのか」

「いいえ。そうじゃないんです。類似の能力もないと言うことでユニークなんです」

「へぇー。ってことはやっぱりあの紫のは似てるのか」

「うん。多分ほとんどおんなじ」

「私たちじゃ抗えなかったしね。でも不思議ね」

「そうだな。俺は大丈夫だったんだよ」

 俺の視界にはふらふらと紫に向かう沙也加と豊美。そして火花を散らして一歩たりとも動くことができない舞香の姿がフラッシュバックした。

 そういえばあの時もこの辺で戦ったのか。

 気づけばそこそこ歩いてきており町中まで出てきていた。

 町中で戦っても周囲の人はみていた人も含めて関係者以外はだれも覚えていない。やはり舞香の力は組織にとっては大切。しかし、

「それって今までもいなかったのか?」

「そんなことはないです。それだとこれまで自由変形ロボを秘匿できたわけないじゃないですか。今は舞香ちゃんだけなんです」

「そうだよな」

 まあ珍しいというだけでありえないことではないのだろう。隠すことに完全には同意できないが俺はどうしたらいいのだろう。

 強く拳を握りしめてうつむいたまま歩く舞香。雷牙にも負けられない。黒にも負けられないが、俺はあの紫にも負けられないようだ。

 なによりこの3人に一撃入れられるようになろうと心に誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る