第19話 疲労と命令

「ふわーあ」

 あくびが出る。眠い。

 早朝。というわけではない。

 今はもう登校時刻。昨日とは少し違い。くっついて腕を絡めてきたりということはなく3人は俺から距離を保って歩いていた。

 こんな平和が一番だ。

 いや、周りの目は相変わらず痛いが。

「しっかりしなさいよ。睡眠は健康の前提でしょ? だらしないわね」

「だれのせいだと思ってんだよ」

「あら? だれのせいかしら?」

「お前だよ。当たり前だろ」

「言ってくれるじゃないの」

「そりゃそうだろ。昨日はこっぴどくやられたせいで体中痛くてまともに眠れなかったからな。だれかさんの能力は発揮されてないんじゃないか?」

「それはあんたが弱っちいだけでしょ? 人のせいにしないでほしいわ」

「まあまあ、2人とも落ち着いてください」

 両手でなだめるようにして沙也加は言った。

「やっぱりさすが沙也加だよな。お前ももう少し沙也加を見習っておとなしくしたらどうだ」

「それはあんたも同じでしょ」

「だから落ち着いてくださいって、舞香ちゃんもなにか言ってくださいよ」

「元気が一番!」

 そういって舞香が笑顔を向けてきたことで俺たちは少し冷静になり、恥ずかしさを今更ながら認識した。

「ちょっと済まなかったな。言い過ぎたよ」

「私こそ」

 謝りあった理由がよくわかっていない様子の舞香は口をぽかんと開けて首をかしげていた。

「やっぱ、豊美は優しいな」

「今日も覚悟してなさい」

「ええ!? どういうことだよ」

「それは自分の胸に手を当ててみなさい」

 何故か闘争心をむき出しにしてきた豊美に驚きながら俺たちは学校を目指した。


 学校につくと今日は裕也は校門前にいなかった。

 俺はだれもしつこくついてくることもなくすんなり教室に入った。

 しかし教室にも裕也の姿はなく珍しく遅いらしかった。

「おはよ。雄太」

「おはよ。あれ、今日は裕也と一緒じゃないんだ」

「いなかったんだよ。校門前に」

「珍しいね」

 あいつは馬鹿に見えては成績がよく、そのくせ優等生という評価を受けているのに喧嘩っ早いよくわからないやつだが朝はだれよりも早かった。帰りは別に普通だったのだが、

「あ、お頭。今日は早いっすね」

 うわさをすれば裕也が登校してきた。

「いや、いつも通りだよ」

「そうっすか。じゃ、俺の寝坊っすか」

「珍しいな」

「いや、俺だってこういうことはありますよ」

「そうか?」

 疑問に思ったが俺はそのまま気にしていなかった。


「ふわあ、いって」

 なにかが額に当たった。

 机に落ちたものを見るとそれは白い新品のチョーク。

「ぼけっとしとるんじゃない。授業に集中しなさい。あんまりにも聞いてないと立たせるぞ」

「はい。すいません」

 ちょっと時代遅れの感のある先生に驚きながら、俺は授業に意識を戻した。授業中に立たせるのは今はどうなのだろう。立って授業を受ければ眠ることもなさそうだが。

 クスクスと声が聞こえ、その方向を見ると豊美が笑っていた。

 あの野郎。だれのせいでこんなことになってると思ってるんだ。

 そんなちょっとしたイライラがあり俺は朝のことを忘れていた。


「鳥川くん呼び出しに応じてくれてありがとう」

 この胡散臭そうなのに呼び出されるまでは、

「そりゃそうだろ。お前が不法侵入までして裕也の家のすべての時計の時刻を10分遅くしていたそうじゃないか。しかもすべて」

「そうだ。手間がかかったよ。でもねぇ、必要なことだったんだよ。いや、違う。断じてそんなことはしていない」

「今認めたばかりなのになにを言ってるんだ?」

「俺は……まあいい」

 そう言って不敵に笑う眼鏡の男。こいつは普段はメガネをかけていないクラスの学級委員のはずだがどうしてメガネ?

「さて、君はもちろん呼び出された理由はわかっているね」

「さっぱりだ」

 この心優しい少年の鳥川薫が学級委員に放課後に体育館で呼び出される理由など心当たりがあるはずがない。

 呼び出されたせいでまたも豊美たちを待たせているのだ。

 先行ってていいと伝えるように豊美には言っておいたがここには来ていないが俺の監視役だしきっと待っていると思う。

 待っているなら言い訳があるとはいえまたどうせいびられる。

「……そうか。まあいい。理由は単純だ榎並くんを元に戻せ」

「知らん」

「……そうきたか。しかしあれは君のせいだと我々の間では結論が出ているのだ」

「だれだよ我々って、しかもなんだよ。あれって」

「君と登校してきた日から印象がガラッと変わってしまったんだ。君が関わっていないわけがないだろう。この世のいいこと悪いことをささやき、入れ知恵でもしたのだろう」

「してないわ。というかいいこと囁くのはいいことだろ」

「ええい黙れ! 本性を表せこの悪魔め! いいか。僕はね。安全策を提案してあげているんだよ。安全策を。君だって嫌だろう? 痛い目にあうのは」

「まあ」

「だから、取引といこう。我々の言う通りにしたら君には手出ししないと誓おう」

「脅迫じゃないか」

「違う! 断じて違う。そんなものと一緒にしないでもらいたい」

「なにが違うんだよ」

「わからないならそれでいいさ」

「よくないわ。それになんだよ言う通りって」

「だから! 榎並くんを戻せって言ってるだろ」

「無理だよ」

「早いな。わかった。なら、勝負で勝ったら言うことを聞いてもらおう」

「さっきから俺に得がないんだよ」

「いいや、君は痛い目を見ない。我々は榎並くんが戻る。ウィンウィンじゃないか」

「違うわ。俺はボコボコにされる。お前は豊美が戻る。か俺は無事。お前は豊美が戻る。のウィンルーズだろ。言うのか知らないが」

「うるさいな! 戦え!」

「嫌だ! じゃ、裕也!」

「なんです。お頭」

「こいつに勝ったらな」

「「え?」」

 俺はあらかじめ呼んでおいた裕也を置いて面倒な学級委員をあとにした。

「おい。待て! 待てって!」

「戦うなら戦いやしょうよ」

「お前に用はない。ていっ」

「うっ」

 どさりと地面に人が倒れる音がした。

 なんだかんだと仲がいいのかと寸劇に付き合ってる暇のない俺は振り向くことなく歩き続けた。

「くそう。やはり変身していないと能力は使いづらいな。戦いの邪魔をされないために時間を十時間ほどずらしたはずなのだが、ええい。変身!」

 おい。やはり裕也の家の時計をいじったのは学級委員じゃないか。しかもずれてたのは裕也の話だと十分だし。

 突然俺の体を白スーツが包む。

 振り向くと、そこにあったのは黒とは似つかない紺を少し明るくした青っぽい色のスーツの学級委員。

 マスクをかぶったその姿はまさしく変身者のものだった。

「っく。そういうことか。君も変身者か。なるほど敵組織の洗脳能力者とは君のことか。通りで榎並くんの様子が違和感なく変わっていたわけだ」

「違うわ! ってもう話を聞く感じじゃないな」

 俺のすぐ横をバスケットボールが横切った。

「あっと悪い。君たちはルールに則って訓練しているんだったね。じゃ、せめてもの冥土の土産として教えてあげよう。僕の能力は物体のコントロール。ここで倒れている君の友だちの家の時計はこの能力で動かしたのさ」

 本当に身近にたくさんの変身者がいたもんだ。

 堂々と言ってのけた学級委員に向け俺は進み出た。


「遅いじゃないの」

 そう言って不満そうな顔を隠そうともしない豊美とは裏腹に、

「待ってたよー」

 言いながら飛びついてくる舞香はやはりわかりやすく可愛らしい。

 頭をなでてやり、って違う。

「いや、今回もお前のせいで遅れたんだよ」

 俺は豊美に指をさして言った。

「昨日は私は邪魔してないわ。毎度毎度私のせいにされては困るんだけど」

「おい。昨日はってことは今日は邪魔したこと認めるんだな? 事実そうだからそうなんだよ。お前のことをもとに戻せとかなんとか言ってくる変身者が来たんだよ」

「無理ね。少なくともあんたには無理ね」

「だろ? ていうかこのことは沙也加にも話しといたよな?」

「ええ。聞いてましたけど、本当だったんですか?」

「沙也加も疑ってたのかよ。はあ、俺って信用ないな……」

「よしよし」

 今度は俺が舞香に頭をなでられる番だった。

「すまないな」

「いいのだー」

 俺は微笑んで立ち上がった。

「ねえ、変身者がいたの?」

 やっと俺の言葉を飲み込んだ豊美が言った。

「そうだよ。俺たちのクラスの学級委員だよ。雰囲気でわかるお前は気づいてたんだろ?」

「え、ええ。まあね」

「本当か?」

「舞香。校舎に向けて能力使っておいて」

「薫が倒してすぐやったよ?」

「おい。舞香は気づいてるみたいだぞ」

「さ、行きましょうか」

「おい。無視するなよ」

 俺は豊美を指さした。

「今日こそはお前に勝ってやるからな」

 そして豊美を追いかけるようにラボへ向けて走り出した。

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