第17話 学校で体育

 1人を除いて教室へと来る間に散り散りになった監視役たち。豊美は同じクラスだから堂々と俺にくっついて来た。しかし教室に入ると自分の席に向かった。

 思えば木曜日に特に親しくもないのにやたら目配せしてきていたのはそういうことだったのかと思う。あの時点で俺がベルトを受け取ることは決まっていたのだ。

 と考えると三つ編み眼鏡の真木さんみたいな見た目だった豊美はそのことを知っていたのだろう。

 その豊美はというと、

「榎並さん。イメチェン?」

「ええ。そんなところ」

「彼は?」

「私が世話してるの」

「えーっ!」

 一緒に教室に入ってきたからか質問責めにあっていた。

 色々と誤解を招きそうなことを話してるのが嫌でも聞こえてくる。そして、時々視線を送ってくるのがうざったい。

 大体世話をしていると言うが住んでいるのは我が家なのだが。

 こんなんならきっと他のところでも冷静になって顔を真っ赤にした沙也加が黙って席に座っていたり、兄だなんだとうそぶいている舞香がいるに違いない。

「お頭。幻滅っすよ」

 危機感を抱きながら呆然としていると裕也が話しかけてきた。

 なんとか俺の言葉を信じてもらい少しは前の信頼を取り戻せたと信じている。

「だから違うって言ってるだろ。あれは不可抗力だ。勝手に掴みかかってきただけだ」

「それにしたってお頭言ったじゃないですか。女、子どもに手を出さないって」

「ああ、それは別に触れるなってことじゃないから」

「そーなんすね! いやーやっぱお頭は違うな。嘘ついてなかったんすね。よかったー」

 なにをどう考えていたのかさっぱりだが1人でうんうんうなずいている裕也をよそに待ちに待った人間が姿を表した。

「おはよう。薫。今日は教室が騒がしいね。いや学校中が騒がしいけど、どうしたの?」

 若干気づいているのか引きつった顔で俺を見る目がすでにクズを見る目に変わっている雄太だ。

 だが見た目がおかしかった。

「おはよう。俺はそんなことを話したいわけじゃあない。お前その手どうした?」

 俺は話をそらされていると思われても構わないほど気になってしまっていた。

 本当に話したいことは別にあるのだが、それはいずれ話せれば問題ない。

 怪訝そうな表情を浮かべてから雄太は笑顔に戻って言った。

「ああ。これ? これは、盛大にこけてね。学校来てもノートも取れないけど、僕には心配してくれる優しくて優秀な友だちがいるから」

「おう」

 俺は雄太の笑顔からそれが俺を指しているのだと思い途端にどうしたらいいのかわからなくなったが、任せとけと胸を叩いておいた。

 にっこりと笑いかけてくる雄太は満足そうにうなずくと不便そうにしながら椅子をどうにか動かそうとしていた。

 俺は早速指摘された優しさを使って椅子を引き雄太を席に座らせた。

「ありがとう」

「いえいえ」

 俺は一安心しながら席に戻ったが少し冷静になるとそれでも心配だった。

 雄太は両手を包帯でぐるぐる巻きにされていた。

 たしかにこれではノートを取ることなどできないだろう。

 学校に来ても話を聞いて人と話して終わることになりそうだ。

 俺の心配が表情に出ていたのか雄太は気丈に笑顔を浮かべると、

「俺は這ってでも学校に来るつもりだから。なんかあったみたいだけどお前も来いよ」

 やはり知っていた雄太に俺は苦笑いを浮かべながら、

「当たり前だろ。俺もそのなんかあっても来たんだから。相当なことがない限りはもう恥ずかしくもなんともないよ」

「言ったな。俺だってこんな手でも来たんだ。生半可な覚悟じゃないぜ」

 そうしてちょっかいをかけあっていると担任が来た。

 俺は話したかったことをふと思い出したが今日だけでもチャンスはまだあるだろうと考え今言うことは避けた。

「席につけー」

 俺はおとなしく座り直し号令とともに挨拶をし、出欠確認を終えた。

 なんだかんだ宿題が終わっていて安心していた。


「よく見ると可愛いっすね」

「だれが」

「あの女の子っすよ」

 そういう裕也の目線の先には豊美の姿があった。

 今は体育の授業中。

 三つ編み眼鏡でない豊美が学校の体育で全力で運動している姿はここ数日の姿と一致するが、それ以前と比較すると別人とも思えるものだった。

 おどおどした態度はキレのいい動きに変わり、喋りまでもがはきはきとして聞き取りやすく、見た目はまあ髪型が変わりメガネを外しただけでわかりやすく変わっている。

「そうかぁ?」

 俺としてはあのズケズケとものを言い。我が家に泊まることをほぼ強制的に納得させてきたあいつを可愛いとは思わない。思わないだろう。きっと。

 と思ったが、俺はふと昨日のことを思い出してしまい。静かにしておくことにした。

 これ以上喋るとボロが出そうだ。

「俺、ああいう子がタイプなんすよ。女、子どもに暴力は振るわなくても付き合うならいいんでしょう?」

「そうだが、あいつはやめといた方がいい」

「なんでっすか、やっぱり付き合ってんすか」

「そうじゃない。そうじゃないが……」

 説明しようにも難しく言葉を脳内で選んでいると、

「おい。それくらいにしておけよ。先生が気づいたらどうするんだよ」

 両手包帯の雄太が言ってきた。

「そうだな。それよりお前はどうしてその手で体育の授業受けてるんだよ」

「いいだろ。今日は別に見学と手伝いだけだよ」

 そう言って先生に呼ばれ器用に足で道具を移動する。

 やるものはサッカー。運んだものはボール。試合は手をついたら危険だからと出ることはできないがパスを出すくらいならという許可が出たらしい。

 なぜかやる気満々の様子の雄太を前に俺はヒヤヒヤしていた。


「おかしいだろ。なあ」

「別にそんなことないだろ。手を怪我してるだけなんだから」

「怪我ってったってその見た目じゃ骨折だろ? 安静にしとけよ」

「大丈夫だよ。ばれなきゃ」

「そういう問題じゃないだろ。と言うかばれてるだろ」

 今日の試合の結果は10対0で負けだった。

 俺たちのチームはパスだけだったはずの雄太が大活躍したせいで10点の失点をしたあげく、1点もとることはかなわなかった。

 着替えながら俺は雄太に毒づいていた。

「本当に折れてんのか?」

「折れてるよ」

 その割にはさっきの椅子に座ることに対して不器用にしていたのとは反対で器用に着替えている。

 疑わしいが、かと言って包帯をとって確かめて色々と面倒なことになっては仕方がない。

 それに豊美に頼んで治すのも外部の者に戦闘でもないのに勝手に治すわけにはいかないと言われて断られてしまった。

「ま、いいか」

「俺のことよりお前のことだよ」

「そうっすよ」

 突然割り込んで来るように裕也がやってきた。

「そのベルトっすよ。なんすかその白いの。体育の間もつけてましたし」

 初日に家でやったのと同じ容量で制服を壊しながら脱いだが、やはりベルトははずれなかった。

「そうだよ。大丈夫なのか?」

「それについては許可はもらってるよ」

 事後だが。

 完全に登校してから許可をもらったがもらったものはもらったのだ。

 一瞬ぎょっとした顔をしていたがベルトの色くらいはということを許してくれた。

 ベルトの色を指定してくる校則は担任の反応と関係なく残念ながらなかったらしい。

 俺は話すことも済んだという思いで安心して残りの時間を過ごした。


「今日こそはついていきやすよ。お頭」

 今からの下校に備えて裕也は俺の前に来ていた。

 俺の体はトレーニングに備えているのか心拍が少しづつ上がってきている感覚があった。

「それはできない」

「なんでっすか。手招きしてますし、やっぱり付き合って……」

「違うから。しつこいから」

 俺は裕也の言葉を遮った。

「すいやせん。でも……」

「わかった。現実として俺はこれからあそこにいる3人と同じ場所へ行く。だからデートみたいなもんだ」

「やっぱり、付き合ってんじゃないすか。しかも3人も」

 すねるように唇をすぼめる裕也。

 お前がやっても可愛くない。

「お前にとって付き合ってるってことならそれでいい。また用がなくなったら帰ってやるから」

「ほんとっすね!」

 ぱあっと顔を輝かせ顔を寄せてくる裕也から身を引きながら返事をした。

「ああ」

 そのままルンルンとした足取りで時々回転しながら、お頭をよろしくっす。と3人に言って帰っていった。

 雄太はまたなと言っただけで帰っていった。

「これでよし」

 俺は教室の中で俺を睨むようにしていた豊美の所へ行った。

「遅いのよ。もう何分待ったと思ってるの?」

「まだほんの数分だろ?」

「1分1秒無駄にできないのよ。弱いあんたのために待っててあげたんだからね?」

「なんだよ。やっぱり待っててくれたのかそれは豊美が優しいからだろ」

「ちが、そういうんじゃないから!」

「素直じゃないなぁ」

「違うから。早くしないと置いてくわよ」

 俺がからかっていると気分をそこねたのか豊美はズカズカと歩幅広めで廊下の2人の方へ行ってしまった。

 まったく気分屋だな。

 俺も置いていかれたタイミングで紫の女の襲撃でもされたらたまったもんじゃないと思ったので走って追いかけた。

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