第16話 能力と翌日
「雷牙はね。ああ見えて小心者だから自分では明かさなかったけど雷と炎を操るよ」
「え、二つ?」
「そう。珍しいの」
訓練場に入る前にいつになく真剣な表情で舞香が言ってきたのだ。
今まで1人一つとばかりに思っていたが、そんなこともなかったらしい。
そしてばれている可能性があって、相手の能力がわかっているなら俺は得意の戦闘法を使うことにした。
雷や炎がどのように出るかはわからないが雷牙の意思と関係なく放たれると言うことはないだろう。
溶けた視界がぱっと止まり、写真のように鮮明に雷牙の顔を捕らえた。
あとは拳を突き出すだけだ。
少しずつ進んでいく俺の拳。
しかし何故だろうか。雷牙は笑っている。
「甘いんだよぉ!」
見えていたというのか?
俺は先の戦いでかわされた光景を思い出していた。
手から口から黄色い閃光と赤い熱が放たれたと気づいた時には俺は自分の負けに気づいた。
どうやら俺の予想は外れたらしい。
ためが必要とか打つまでに予備動作があるとかそんなことはなかった。
俺はまんまと誘い込まれて能力を使われたということだ。
俺が拳を突き出すよりも早く光は俺を包み込みそのまま大きく後方へ吹き飛ばされた。
まったく学習していなかった。
俺は地面に背中から打ち付けられた。体の痛みはほとんどなかったが胸が苦しかった。俺は明らかな負けを初めて味わっていた。
体が動かない。
「勝者。雷牙!」
機械的な声が俺の敗北を宣言した。
「言ったろ。あんまりでかい口叩くなって。だから裏切り者も仕留めそこねて俺にも負けるんだ。ったくなんでこんなやつが海東さんの自由変形ロボを……」
変身が解けた雷牙はズボンのポケットに手を突っ込むと猫背になって部屋を出ていった。
「ごめん。もう少し細かく教えてれば……」
「いいよ。仕方ない。俺の実力が足りなかっただけだ。黒の男は吹っ飛ばして、紫の女を撃退して、紺のやつは倒せたからな。単純な戦闘方法に頼るようになっちゃってたんだ。実力不足だよ」
その中でも紺には攻撃をかわされていたことをすっかり忘れていた。
身体能力が向上したとはいえ瞬間移動ができるようになったわけではないのだ。
攻撃を見切られることもあれば俺の速さ以上に素早いことだってあり得る。雷牙の能力みたいに。
「でも……」
「そうです。今回は情報量や能力の差はあったかもしれませんけど、それ以上に経験の差が大きかったように見えました」
「でもぉー」
「俺は次は負けない」
「うん。うん」
今の俺では涙を流す舞香の涙を拭うことすら叶わなかった。
そんなしみったれた雰囲気をものともしない様子で可愛い可愛いと言われて照れていたり、急に雷牙に喧嘩ふっかけたりと気にするところのイマイチわからない豊美が頭をひねって突っ立っていた。
「どうしたんだよ。あれか、お前もなにか文句があるのか」
「そうね。どうも不思議なのよね」
俺にはお前の反応が不思議なのだが。豊美は俺の視線も気にすることなく、
「私の能力は治癒。回復だけでなく、能力か本人の肉体を強化するような面もあるんだけど、あんたの場合はどうもどっちも変わってなさそうなのよね」
「そうですね。雷牙さんとの実力差以上に疑問ですね」
そうして沙也加まで首をかしげ、それを見た舞香は涙を拭くと同じようにしていた。
「本当か?」
「なんでこんな状況で嘘つかなきゃいけないのよ。本当よ。ただ……」
「ただ?」
「こんなことは一度もなかったから困惑してるわ」
豊美の表情はたしかに晴れない。俺だってわけのわからない状況に巻き込まれて連日混乱しっぱなしなのだ。豊美の気持ちもわからないでもない。
「……あれだけの怪我をしてたら雷牙くらいはどうってことないと思うんだけど……」
豊美はなにやら重要そうなことをぼそっと言うが、俺は聞き返すこともできず身動きがとれないのでせっせと背負う沙也加にお礼を言ってラボをあとにした。
「ほんとにだれのせいなんだろ。雷牙? 私? それとも逃した黒の男や紫の女? それとも……」
ぶつぶつといいながら向かってくる視線に。
「俺じゃないからな!」
と叫んだことは記憶に残っている。
確信はない。
俺の意識はそこで途切れていた。
結局のところ田野さんも所長までも、検討がつかないらしく、可能性としては雷牙と同じように能力が二つあるとか言われたが使い方がわからない能力がどれだけ強化されても仕方がない。
俺はそんな落胆した気持ちで夜も眠れずというかずっと気を失っていて落胆もなにもないのだが気がつけば太陽が登っていた。
勝手とはいえ歴代の重要道具をと組織内の違反者を倒すという役割を押し付けられたとはいえ、力になれなければ落ち込みもする。どちらも気づけばやらなければいけないことになっていて後者は俺の人生を左右しかねないことなのだが。
しかし、
「くっつきすぎじゃないか」
「そんなことないわ。だれがどこのだれかわかっても変装してるかもしれないもないでしょ」
「だとしてもそんな簡単にやられないだろ。もう少し距離をとってくれよ。それに今までこんなじゃなかっただろ。絶対にふざけてるだろ」
「ふざけてないですよ。それに油断しちゃ駄目ですよ。薫くんになにかあったら責任を取るのは私たちなんですから」
「はあ? なあ、舞香からも……」
なにか言ってやってくれ。と言おうとして俺は後悔した。
「あたしが守る」
舞香もまた俺のことを真剣に見ながら腰を掴んでいた。
だれも彼もが俺の体にどこかしらをくっつけて今は登校中。
学校だと言うのにこんなに面倒なことになったら俺だって嫌になる。
いったいどうしてこんなことになったのか。俺は今朝の出来事を思い出していた。
「私たちは薫の監視役兼、防衛役兼、世話役なんだからそろそろしっかり仕事をするべきだと思うの」
5日目にして突然朝からなにやら妙なことを言い出した豊美。
俺は怪訝な表情を浮かべながらも話だけでも聞いてやろうと思った。
「急になんだよ」
「だから仕事よ。今日はロボを渡してから初めての学校への登校なんだから念には念を入れないとね」
「なんでだよ。今までそんなんじゃなかっただろ。それにこのままだと黒の男が見つからなくって俺だけじゃなくてお前や沙也加に舞香だってどうにかなっちゃうんだろ?」
「それは調査班に任せておけばいいのよ。雷牙みたいなのでも戦闘要員だってもうあんただけじゃないんだし」
「調査班?」
「そうよ。私たちの能力じゃ何日あっても見つからないわよ」
「じゃ、あれか果たし状も無視していいのか?」
「それは別の話よ。ただ忘れてたのよ。少し与えられたものを重要視しすぎていたみたい。昨日だって雷牙に負けて動けなくなってたじゃない?」
話をそらすように言う豊美。
しかし負けたことは事実。実力不足だ。だから今日から鍛える必要がある。
「だから……」
「だからね?」
俺の言葉を遮るようにして始まった豊美の説明。
そうして俺は過保護すぎる状態で登校している。
「お頭ー。金曜日はいつの間に帰ったんすか。びっくりしましたよ。おは……」
挨拶してくる裕也の目が冷たい。
とても痛い。
それは、
「UFOだ」
などと言って騙して帰ったからと言うよりも周りの女子たちのせいだった。
「おはよう。こいつらは……」
気にしないでと言う前に、
「そいつらどうしたんすか。あれ、こいつら見たことがある。お頭のストーカーじゃないっすか。根負けっすか」
「違う」
「違わないわ。私たちはこうして薫を守ってるの」
「お頭ぁ」
軽蔑の色が混じったような目を向けてくる裕也。
「違うからな」
「違いません。私たちがいないと薫くんは駄目なんです」
「……」
さらに駄目人間を見るような目に変わる裕也。
「騙されるな。ほとんど知らない人間の話を信じるな。そうだ。こいつらはストーカーだ。勝手にやってるだけだ」
「私がお兄を守るの」
無言で背を向け裕也は校舎へと向かう。
その背中には俺と決別する意志を感じられた。
そう。俺はしつこかったあいつとおさらばできる。これでいいのだ。これで、これで。
「いいわけあるかぁあああああ!」
俺は全力で離れまいと掴んでいる3人を引きずり裕也を追いかけて教室へと向かった。
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