第15話 喧嘩と兄
「そういえば、雷牙ってだれなんだ?」
「あ、えーと……」
周囲をうかがうようにして沙也加はキョロキョロしだした。
家なのだしそんなに警戒しても聞かれてる時は聞かれていると思うのだがそれでも俺は沙也加が安心して話し出すのを待った。
「舞香ちゃんには私が話したということ内緒ですよ?」
上目遣いでそう言ってくる。
身長としては大差ないのにわざわざ俺を見上げるようにして言ってきた。
ラボではこういうことも教わるのだろうか。
思春期真っ只中の俺は、
「わかった」
できる限り即答した。
そんなこと言われなくてもきっと言わないだろうとは思ったが意識はより強くなった。
「雷牙さんは。舞香ちゃんのお兄さんです」
「え」
「しっ」
驚きそうな俺に人差し指を立てて沙也加は言った。
「静かにしてください。お兄さんなんです。さっきの様子からもなんとなくわかるでしょうけど兄妹仲は最悪なんです。ただ、雷牙さんは……」
そう。沙也加の目から見ても極度のシスコン。そして、さっき見たように誰彼構わず自分の理論を振りかざす自信過剰に加えて実力もあるらしい。
静かにしていれば尊敬もされるのだろうが今の様子じゃただの厄介なやつなように感じてしまう。
「なあ、なにか返事してくれよ舞香ー。お兄ちゃんの方が寂しくなっちゃうよー」
未だ一言も返事をもらえない雷牙は舞香を中腰で追いかけていた。
そして舞香が俺の後ろに隠れると雷牙の表情が途端に険しくなった。
「おい。男。俺の妹に触ってんじゃねぇよ」
「いや。触ってきてるの舞香の方だし」
「そうだー」
舞香の言葉に一歩後ずさりつつも雷牙は言葉を続けた。
「おう。俺の妹のことを俺の許可なく呼び捨てたぁいい度胸じゃねぇか。ああん? お前見ない顔だな。ああ。お前あれだろ? 海東さんの自由変形ロボをかっさらったっていう新入りだろ?」
「雷牙くん。違うわ。彼に預けたのは……」
田野さんの説明も聞かずに雷牙はさらに一歩前へ出てきた。
「うるせぇ。あいつが持ってるのが事実だ。どんなふうに渡されたかなんて関係ない」
どうやら本当に人の話を聞きもしないやつらしい。
「口答えのうえに内部のことに新入りのくせに意見するとは本当にお前は何様のつもりだ?」
「いや、別にそんなつもりは……」
内部って舞香のことだろうか。
「いいか。俺はずっとここで鍛えてきたんだ。お前とは能力者として年季が違う。そんな俺様にたてついて、そのうえ妹まで呼び捨てにされたってんじゃ兄として黙ってられねぇな。そうだよ。妹を! 呼び捨てに! されたんじゃな!」
雷牙としてはたてついたことよりも舞香を呼び捨てにした方が重要らしい。
「いやだから……」
「しかも、あの京樹の能無し馬鹿で女どもにまでロボの獲得権を先取りされた挙げ句未完成品を盗むようなやつのことをどう言おうが勝手だろうがよ!」
「おい。それは聞き捨てならないぞ」
「……なんだよ」
俺の雰囲気に一瞬気圧されたように一歩後ろに下がったが、それを隠すように雷牙はさらに前へ出てきた。
俺はその態度に屈しないよう胸をはった。
「京樹がだれだか知らないが、共に切磋琢磨してきた仲間なんだろ? 理由は知らない。経緯も知らない。だがな。言っていいことと悪いことがあるだろ」
「そんなことかよ。なら力比べで認めさせてみろよ」
「ええ。そうさせてもらうわ」
「……え、いや。え?」
俺は驚きながら振り向いた。
険しい顔をした豊美がズカズカと前に出てきていた。
俺の少し前で止まると、
「いい? 人のこととやかく言う前にあんたは自分の素行を直した方がいいわよ。お兄ちゃん悲しい。とか言ってるけど当の妹に避けられて、そのうえ別の男の後ろに隠れられてるんじゃどっちが兄かわかったもんじゃないわよ。ねぇ?」
「……ねぇって言われても」
勝手にあらぬ方向へ話を進めようとする豊美を止めようと肩を掴むが構わないといった感じでびくともしない。おい。体幹を披露する場じゃないんだが。俺は別に喧嘩をしにきたわけじゃないんだが。
助けを求めようと俺は腰辺りをつかんで怯えた様子の舞香を見た。舞香はちょうど口を開こうとしていた。
俺は助け舟を期待し前に向き直った。
「薫お兄」
「あっ!」
「……いや、さっきまでそんなこと言ってなかっただろ。話をややこしくするなよ」
突然の舞香のお兄呼びに気が動転したのは俺だけじゃなく雷牙はその場で固まったまま動かなくなっていた。
さらに助けを求めようと俺は後ろを振り向いたが沙也加はオロオロとしてこの場では役に立たなさそうだった。
くそう。どうすれば。
ドスンドスンと大きな音とともに地面が揺れた。雷牙は足音をわざと鳴らしているとしか思えないほどの音を立てながら俺へ距離を詰めてきた。
「いい度胸はそっちの方だわ。あんた私よりもあとに自由変形ロボをもらったくせして、京樹と同じく女どものあとにもらった者として恥ずかしくないの?」
そんな火に油を注ぐような豊美の挑発を無視して雷牙は俺の目の前で止まるとキッと俺の目を睨みつけてきた。
俺はその視線に背筋を正しながら向かった。
俺の態度が気に食わなかったのか雷牙は手を伸ばしてきた。
「ぐっ」
雷牙は俺の襟首を掴みかかってきた。
「いい度胸してんじゃねぇか!」
俺の意向を聞き入れてもらえることはなく豊美が買った喧嘩を俺が受けることになってしまった。
ニヤニヤしている豊美と舞香の隣で申し訳なさそうにしながらも少しソワソワしている沙也加を見ていると雷牙の印象はとことん悪いことがわかる。
俺だってあんなやつは嫌だし、あんな兄は嫌いだ。田野さんに対する態度からしても印象は悪かったが俺たちへの態度は初対面から最悪の印象だった。
しかし、
「たぎるぜぇ。こんなにワクワクするとはなぁ。まさか敵の支部潰したあとにデザートが待ってるとは思ってもなかったぜぇ」
興奮したような目で俺から一時も目を離さない雷牙。変身後の姿は豊美たちと同じということはなかった。スーツは俺と同じだったが、マスクがなく、代わりに変身前につけていたものと同じ鉢巻きが額に巻かれていた。
雷牙はもうスタートの合図とか関係なく襲ってくるんじゃないかという勢いですでに戦闘態勢に入っている。
このまま準備をしないでいて精神的に疲れ切ったところで仕留めたいがそうもいかない。
今俺がいるのは訓練場。奇しくも俺たちが目指していたところは人対人の戦闘訓練にも使われているような場所で正確な広さはわからない。一番わかりやすかったのは舞香のとにかく広いと言う言葉だった。
そんな、どこがコンビニに似ているのかさっぱりわからない真っ白な空間が地下に広がっていた。今まで気づかずに生活していたとはという驚きが俺を包んでいた。
というよりもどうやってこんなものを作ったのかわからないが能力を行使した結果なのだろう。
ここでなら外ではできない自らの意志での変身がだれでもできるため特訓には持ってこいらしいのだ。技術は初代の秘密らしい。
自由変形ロボもすごいが初代っていったいどんな人だったんだろうか。もしかしてまだ生きていたりって、それはないか。
「おい。まだか? 俺はもうお前を倒す準備はできてんだぜ?」
俺は雷牙の声で現実に意識を戻した。
スタートまでカウントはまだ残っている。しかし俺としても変身を済ませ、もう準備することは終わっている。
不意の戦闘から始まることが多いものの基本的な戦闘の作法を学ぶ上ではルールに則った戦いから始めているとは豊美が言っていたことだ。
そして、いつまでも同じ人間が使わないためにいくつかのルールのもと訓練場は運営されている。
今回のルールは能力の使用あり、物理攻撃ありの言ってしまえばほぼ実戦。
死に至らしめる攻撃と判断されれば周囲に配置されたラボの能力者が全力で止めに入るらしい。
「……はぁ」
俺も構えた。体の力を入れすぎず、抜きすぎず真っ直ぐ相手を見つめた。
カン。
とゴングのような金属が打たれた時と似た音とともに俺は地面を蹴った。
俺の能力は身体能力の向上。
雷牙はそれを知っているのかはわからないが少なくとも俺が仕留めそこねたことは知っていた。
ばれていると考えた方がいい。対して俺も雷牙の能力を知っている。
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