第14話 家、飯、出発
「「「ただいまー」」」
返事はなかった。どうやら豊美はまだ眠っているらしい。
仕方ない。俺が迷惑をかけてそれでも頑張ってくれたんだ。眠れるギリギリまで寝かせといてやることにしよう。
「さて、さすがにご迷惑おかけしたので私が作っちゃいますね」
「いいのか?」
「はい」
「舞香もやるー」
「じゃ、手伝ってくれる?」
「うん!」
すっかり機嫌を直した舞香を見て頬をほころばせながら俺は料理を見ていた。
目の前に並ぶ料理の数々。
俺は豊美の時のように警戒していた。
まさか今回こそ見た目だけが美しいパターンだろうかと。
手を伸ばし買ってきた食材で作られた野菜炒めを口に運ぶ。
「おお」
思わず声が漏れた。
「うまい。豊美の料理もうまかったけど沙也加も上手なんだな」
朝から野菜炒めかと内心ではとんでもないものを出されてしまったように思っていたが油っぽすぎなくて朝からでも全然食べられる。
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「なにを?」
俺は魚の身をほぐしながら聞いた。
「豊美ちゃんには私が料理を教えたんですよ?」
またも胸をはりながら今度は自慢できる内容を言う沙也加に俺は苦笑いしてしまった。
「笑うことないじゃないですか」
俺は咎められたことを謝りながら聞き返した。
「すまんすまん。でも、そうなの?」
ほぐした身を口に運び思わず目をつぶってしまった。これもうまい。手際もよくて味もいい。俺もまだまだだなと思いつつも料理の技量に羨ましさを感じてしまう。
「そうなのだー」
「私が豊美ちゃんにどうして料理なんてするのかって聞かれて、ラボには料理の能力を持った人もいるんですけど、必ずしも食べられるわけじゃないんです。毎日居座ってもらうわけにもいきませんし能力が生きるのは料理の味だけではないですからね。だから豊美ちゃんは優秀なので食べる番が回って来やすかったんですけど私はそうじゃなかったので、結果的に他の人の料理を食べるより自分でできた方が都合が良かったんです」
「目的は豊美と同じなんだな」
「そうですね」
「舞香もできるぞー」
「そうね。上達してきてるわ」
「俺も負けてられないな」
自然と笑いが漏れた。
緊張が続いていた数日の中で久しぶりに心の底から笑った。
ひとしきり笑いあったあと。
「そうだ。なあ、訓練場ってなにができるんだ?」
「そんなに気になるなら行きます?」
「ああ、だが俺が使えても俺の思ってることができなかったら意味ないだろ?」
「そうですね。なにがしたいんですか?」
「サンドバッグってあるか?」
「ありますよ」
「動くんだよね。こうシュッシュってー」
舞香はシャドウの要領で空中に拳を突き出していた。
「マジで?」
箸を持ったまま拳を突き出したことで舞香は沙也加に注意されていた。
俺の言葉に気づいたのか沙也加は俺に向き直った。
「はい。そういうのありませんか?」
「いや、俺は動かないのしか知らない」
「そうですか。珍しくないと思うんですけどね。どこの支部にもありますし」
「そんなもん知らないよ。いやそんな怪しむ目で見るなよ。さっきはコンビニに行くってすぐ言わなかったのは悪かったけど、本当だって」
俺の言葉に半信半疑な表情で食事に戻る沙也加。
まあ動くのがあるなら動かないのもあるだろうと俺はトレーニングができそうなことに胸を躍らせていた。せっかくの能力を試さない手はない。
そんなやり取りをしながら俺は味噌汁をすすろうと皿を持ち上げた時、足音が聞こえてきた。
「おはよう。あれ、いい匂い」
豊美は可愛らしい猫の柄の寝間着姿で髪をボサボサの状態のまま出てきた。
「おはようございます。ご飯できてますよ」
「ありがと」
豊美はいつものことのようにためらうことなく俺の隣の席に座った。
こうするのももう3日目か。
「なによ。ニヤニヤして」
「別になんでもないよ」
豊美はそれでもなにかあるんじゃないかと言いたげな表情で俺の顔を覗き込んできた。
「あ、この格好ね。やっぱり似合ってるとか言っておきながら私の可愛い格好を馬鹿にしてるんじゃない」
「いや、違う。そんなことじゃ」
「じゃあなんだって言うのよ」
「いや、それは、だから、なんでもないよ」
「昨日まではなんでもなくて私の顔見て笑ってなかったじゃない」
ずんずんと椅子に座ったままにじり寄ってくる豊美。さすがにこれ以上は体をそらせられなくなったところで俺は肩を掴んで押し戻した。
「なんでもないから」
「本当に?」
「本当に」
「そう? ならいいけど」
食事に戻ろうとしたところでふうと息を吐いたことに気づかれたのか豊美の鋭い視線が俺を突き刺した。
「やっぱり、なにかあるのね」
「いや、それは……」
「あれじゃないー? 今朝のことじゃ、もごもご」
「なによ。舞香はなにか知ってるの?」
「なんでもないのよ豊美ちゃん」
沙也加の言葉とは裏腹にコクコクとうなずく舞香。
ああ、まずい。これはまずい。俺は状況を察知し諦めてこっそりと食事を済ませる準備を進める。
「言って?」
「いや、でもね。知らなくていいこともあると思うのよ」
「言って」
渋々と言った様子で沙也加は舞香の口から手を離した。
「ぷは。さっき豊美が薫に付きっきりだったってことを内緒だって伝えたのだー」
全然理解していなかった舞香の言葉と同時に俺は皿を持って流しへ駆けた。
しかし、予想していた反応はなく俺は無事に皿洗いの業務へ。
俺は流しから食卓の様子を確認すると豊美は何故か顔を覆ってうつむいていた。
あれ。俺としてはてっきりすぐさま殴りかかってくるものかと。
俺は豊美の暴力性を勘違いしていたらしい。
俺はこれを好機と捉え追求の仕返しを決めた。
「豊美は可愛いよなぁ?」
「もちろんです」
「可愛いー」
「いいから!」
豊美は俺たちの言葉に照れたようにまた小さくなってしまった。
「そんな様子も可愛いなぁ」
それから俺は一通り皿を洗い終えると席に戻っても豊美を見続けていた。
「いいから。どこ行くか知らないけど出かけるなら遅れるわよ」
「そうだな。でも豊美のが遅いだろ」
「馬鹿にしな、あっ」
「えっ」
勢いが付きすぎたのか豊美は支えをなくして俺の方へと倒れてきた。
肩を掴んで押し返そうとするがもう遅い。重力に従ってあとは倒れるだけだった。
「「痛い!」」
俺は豊美に上からのしかかられた。
「だー危な。椅子が椅子が。あっぶな」
「あんたがあんまりしつこいからだからね」
「わかった。わかったから」
「なによ。やけに素直ね」
「近いからな」
「……」
興奮していて気づいていなかったのか豊美の顔面は俺の目の前にあった。指摘してから黙って立ち上がり俺に淡く青く光る手を当てると椅子を戻して黙って食べ始めた。
俺も支度しよう。
家を出てからどれくらい時間が経っただろう。
俺は豊美と言葉を交わしていない。
どうも気まずい雰囲気で声をかけづらいだけでなく感心していたのだ。
「……あのさ、そう言えば木曜日に渡してきたのは開校記念日合わせて三連休で状況を飲み込むのに時間を与えてくれたってことなのか?」
俺は昨日までならズケズケと豊美に聞いていたであろうことをヒソヒソと沙也加に聞いていた。
「え、ええ。そう言う意図もあったと思いますよ」
「……そうか。ならありがたいわ。ただベルトはそっくりだけどこれで大丈夫かな?」
今まで忘れていたが俺はベルトを探していたのだと。時間があるからと油断していればもう明日は登校日だ。
「大丈夫だと思いますし駄目なら舞香ちゃんがどうにかしてくれますよ。ですがどうして小声なんですか?」
「……いや、なんか気まずくて」
「そうですか。まあ、仕方ないですよね。でも結果的には薫くんも悪いですよ」
「……そうだよなぁ」
「内緒話はよくないんだよー」
「おう。そうだな」
俺は舞香に諭されて内緒話はやめたもののそれ以上話すことはなく気づけば目的地へ着いていた。
目的地はラボ。果たし状の件に備えての特訓と言っては力ずくでも止められていただろうから。奇襲を警戒しての特訓だと3人には言ってついてきてもらっていた。
エレベーターを降りるとなにやら見ない顔の男が田野さんに絡んでいるようだった。
その男は黄色と赤の目立つ鉢巻きをした舞香と同じような髪色の俺と同じか少し年上ぐらいの見た目の目つきの悪い少年だった。
「俺はもうメンテは済んだ。狩りに行く。あいつはそういう覚悟ができてるから盗んだんだろ?」
「しかし、1人では」
「うるせぇ。ばばぁ! 今は変身できないあんただからそんなこと言うんだよ。俺はお前とは違う。しっかりと活躍して帰ってきたんだ。潰しに行ったっていいだろ?」
「ばばあ!? いや、たしかに変身はできないけど、でも……」
「ごちゃごちゃ言ってないでどけってんだよ。情報はもらった。あとは狩りに行くだけだ」
男は田野さんを押しのけてズカズカと俺たちの方へ進んで来た。
俺たちのことなど目に入っていないように進んできて素通りするのかと思ったが男は俺たちの前で立ち止まった。
視線を1人1人に向け最後の舞香を見ると突然表情がゆるんだ。
「舞香じゃないかー。元気にしてたかー? お兄ちゃんがいなくって寂しくなかったかー?」
なんだこいつ。
まさか本当にこんなやつがいたとは。
俺はスキを見て沙也加に聞いたことを思い出していた。
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