第13話 回復と買い物

 夜が明けた。

 運動という運動をしていなかったが戦闘や緊張など色々あって疲労は十分だったのかスッキリ眠ることができた。主に気疲れだったように感じるが、まあ家が無事だっただけよしとしようじゃないか。

 俺は体の調子を確かめるため、その場でジャンプや屈伸、スクワットをしてみた。

「よし」

 体も問題なく動く。

 ベルトも見てみるが特にヒビが入っていたりということもなく切れていたりということもなく無事なように俺には見えた。

 いつもならまだ起きるには早い時間だが目が覚めてしまった。

 昨日なら豊美が玄関でコソコソとしていたのだろうが一応今日は用事はないが果たし状の件があったからと玄関を確認するがだれもいなかった。

「さて、腹減った」

 別に今からトレーニングに行こうというのではない。

 昨日はまともにご飯を味わうことができなかった。

 あんなにも苦しい食事は人生初めてだった。人に食べさせられるのが屈辱だったのではない。単純にあごがまともに動かず、ちょうどいい大きさで飲み込めなかったことが想像以上に苦しかったのだ。

 もう少しおかゆ的なものを準備して欲しかったと今更ながらに思った。まあ要求できなかったから仕方ない面もあるのだが。

 きっと豊美が張り切らずに沙也加に役を譲っていればこんなことにはならずに済んだはずだ。まったくどうしてこうも豊美は出しゃばりなのか。

 今日は食べたいものを食べようと俺は冷蔵庫を開けた。

「空? 嘘だろ? 空?」

 なにかの間違いだと言い聞かせドアを閉め、再度開けると、中には豪華食材が入っている。というようなことはなかった。

 俺の記憶が間違いではなければ、だれも大量に食べていなかったと思うのだが。

 どこか異空間にでも繋げられてしまったのだろうか。

「おはようございます」

「おはよー」

「おはよう。じゃない。どういうことだよこれ、なにもないんだけど?」

 驚いた顔の舞香、目を合わせない沙也加。

 まさか、

「おい。これ、全部食べちゃったのか?」

「食べちゃったー」

 そんな自慢にならないことで舞香は胸をはった。

「食べちゃいました」

 沙也加まで開き直ったようにえっへんと胸をはって真っ直ぐこちらを見つめている。

 俺は困惑顔で2人を見比べていた。

 ない胸の舞香とある胸の沙也加。

 沙也加は見られてる場所に気づいたのか両腕で体を抱くようにしている。

 舞香はなんだかわからないと言った様子できょとんとした表情を浮かべている。

 俺は別にエロガキじゃないが目がいってしまうのは仕方ないだろう。仕方ないはずだ。前に出ていたのだから仕方ない。不可抗力だ。

 自己弁護の言葉を頭の中に並べるも俺は一応誤っておいた。

 それから思考を仕切り直し俺は現状を考えた。

 いったいなにをどうすれば、冷蔵庫にあるもの丸々食べられるのか、どこにそんなに入ると言うのか。

「絶対に4人で食べ切れるような量じゃなかったはずなんだが?」

「でも、一緒に食べましたし、食べてるところは見てましたよね?」

「う……」

 そういえば、自分の分を食べることで精一杯だったが、パクパクパクパクパクパクパクパクとなにやらずっと食べていたような。

 よく見えなかったとはいえ冷蔵庫の中身を空にするほど大量に食べていたと言うのか。

 沙也加は家事もこなせて料理もでき、そのうえしっかり者かと思ったら食べ物を食べ尽くすと言うとんでもない爆弾を抱えてやがったのか。

「じゃ、あれか忙しそうにしてたのは買い物に行ってたからか?」

「買い物? なにそれ楽しそう!」

 目を輝かせながら言う舞香。

「いったことないのか?」

「うん!」

「私たちは基本予定があるので今みたいに余裕があることは少ないんですよ」

「ま、そんなに楽しいものでもないけどな」

「そーなの? でも行ってみたいー」

「どうせ行かなきゃだから、あとで連れてってやるよ」

「やったー。買い物買い物ー」

「でだ。この感じだと本当に食べただけでなにもしてないのか」

「……はい」

 しょんぼりした様子でうつむく沙也加。

 元はと言えば俺の許可もなしに家にある食材を食べ尽くした沙也加が悪いのだが、この状況だと俺がいじめているめているみたいで気分が悪い。

「ま、食べちゃったなら仕方ないさ。また、買えばいいだけだから」

「ありがとうございます。一応。朝一番で買い物に行こうと思って準備はしてたんです」

 たしかに着替えを済ませているようだった。それは舞香も同じで荷物持ちをさせるつもりだったのだろうか。

「でも知ってるのか? この辺で今からやってるとこ」

 ぎく、とした表情で固まったまま動かなくなった沙也加。

「まさか考えてなかったのか?」

「はい」

 照れたようにしてまたうつむいてしまった沙也加。

 知っているものだと思っていたが、どうやら知らないらしい。

「ま、仕方ないさ。俺は早くからやってるお店を知ってるから行こうぜ。急がないと朝食が遅れるしな」

「ありがとうございます!」

「やったー」

 俺は玄関までドタバタと足音を立てて走って行く舞香を大人しくさせて必要なものを持って家を出た。


「しかし豊美は今日は遅いな。不摂生か?」

「いえ、昨日は早かったので今日は仕方ないんじゃないですか?」

「そうか?」

「豊美はねー。ずっと薫のこと見てたんだよー。薫が寝てからも沙也加が代わるって言ってもずっとだったよー」

「そうなのか?」

「舞香ちゃんそれは……」

 慌てた様子の沙也加。

「あ、内緒なんだ。言っちゃ駄目だよ。秘密だよー」

 思い出したように舞香は言った。

「隠すのは薫くんにですよ」

「あ……」

 あんぐりと口を開けて固まった舞香。

「ははは。まあ聞かなかったことにしとくよ。しっかし、あの豊美がねぇ」

「本当ですからね?」

「いいのかよ。そんなこと言って」

「いやでも」

「疑ってるんじゃないよ。隠してるんだろ?」

「そうですね。内緒ですよ?」

 そうして唇に人差し指を当てて言ってくる沙也加。

 俺は笑顔でうなずいた。

 なんだよ。豊美にも可愛いところあるじゃないか。

 そんな日常会話に混じりながら少し恒例行事と化してきた町中の説明も楽しみながら俺たちはコンビニに来ていた。

 中にはまあ色々な物が揃っているが、こいつらに気づかれたあかつきには一日が終わることが簡単に予想できるため、俺は必死になって最短経路を歩いて必要な物の売り場を訪れていた。

「ひどいじゃないですか。コンビニなら紹介してくれましたよ」

「まあ二十四時間だからずっと開いてるからノーカンかなと思ってな。悪い悪い」

「そうですか。まあいいです。それにしてもコンビニってこんなに広いんですね」

「そうか?」

 ラボの一部屋基準ならそこよりも少し狭いくらいだと思うのだが。

「訓練場みたーい」

 俺が首をかしげていると舞香が言った。

「訓練場?」

「ええ。能力の向上や戦闘訓練などのための部屋がラボには備えられているんですよ。そこは室内から青空の下までいろいろな状況が用意できるんですけど、その中の選べる状況と似てると感じたんだと思います」

「へー。え? このスペースがあれば戦えるの?」

「戦えますよ?」

 なにを驚くことがあるといった様子で言ってくる沙也加。

 マジか。自由変形ロボの変身者をなめていたかもしれない。

「ま、まあ人がいる中でも戦わなきゃいけないだろうしな。そう言えば田野さんもなにか言ってたな。それって俺でも使えるのか?」

「使えると思いますよ。もうすでに関係者ですし」

「今度案内してあげるー」

「おう。ありがとな」

 頭突きでもしてくるように頭を突き出してくる舞香。

 俺はどうしたものかと困ったが沙也加がエアーで頭を撫でる動作をすることから俺は舞香の頭をなでた。

「えへへー」

「こうしていると雷牙さんみたいですね」

「あんなやつと薫は違うよ」

「だれ?」

「いいの。別に」

「でも、雷牙さんは」

「いい!」

「?」

 俺にはなにが気に障ったのかわからないが普段穏やかな舞香が語気を荒げて拒絶するような人物なのだろうか。

 まあ、出会ったら気をつけておこう。

「あ、やべえ。財布忘れた」

「あ、お金なら出しますよ」

「いいのか? でもそれってどこからの?」

「ラボからですよ。泊まらせてもらってる恩を返す。生活費はここから工面してもらって大丈夫ですよ」

 そう言って無造作に俺に財布を手渡してきた。

 俺はそれを反射的に受け取りそうになり腕を引っ込めた。

「危ねえ。なにか怪しげな取引に身を投じそうになった」

「別に大丈夫ですよ。気にする必要はありません」

「いや、それだけポッと出せるお金があるなら知らない男の家に泊まらないでホテルに泊まった方がいいと思うよ。俺だってお金は親から預かってるのがあるからさ」

「知ってますよ?」

 沙也加はいつもと違う冷ややかな笑みで俺を見て言った。

「え?」

「私たち3人はだれよりも薫くんのことを知ってますよ。さ、買う物は買いましたし帰りましょうか」

「え? おう。いつの間に」

 突然変わった沙也加の態度のせいか、それとも雷牙の名前を出したあとの拗ねた舞香のせいか、はたまた俺の勘違いか。気づくと会計は済まされていた。

 変な空気の中で俺はさすがに空腹が耐えられなくなりすべてを意識から外し気にせず歩くことに集中していた。

 2人も朝食を抜くことが今までなかったのか、それとも朝が早かったからか少しフラフラとした足取りで家へと向かっていた。

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