第12話 覚醒と休息

「ふっ」

「はぅ」

「てぇい」

 上から女子3人の声が聞こえて俺は意識が元に戻ったことを感じた。気絶していたのか今の今までなにをしていたのか曖昧にしか思い出せない。

 相変わらず体は自由には動かせないがうつ伏せから仰向けになることはできた。

「大丈夫ー?」

 舞香が聞いてきた。

 うなずいて答える。

 3人は上から覗き込んできていた。

「どうやら逃げられたらしいわね」

「それより爆弾なんていつ仕込んだんでしょうか?」

 俺爆発してたのか?

 腰の痛みはそのせいか?

「さっきじゃないー?」

「おそらくはね。でもわからないわ。まだ証拠が少なすぎるし」

「そうなんですよね」

「でも、被害は少なかったよー」

「それは不幸中の幸いね」

 いったいなんなのか、なにが起こったのか。全身に痛みが広がる前のピキッというかピシッといったなにかが割れるような音が気のせいではないのなら俺のもらったベルトは壊れてしまったのではないか。

 不安と焦りが募る中でも俺は身動きを取れずにいた。

「よいしょ。さ、黙ってるみたいだし、帰るわよ」

 俺はいつも通りのスポーティーな格好に戻った豊美に背負われた。抵抗という抵抗もできずになすすべなく背負われた。

「私たちが能力を使ったとはいえ爆発して意識を保ててることは感心するわ」

「そうですよ。すごいです」

「よくやったぞー」

 何故か舞香に頭をなでられながら俺はどこかへと連れて行かれた。

 背負われている間。微かに残る嗅覚からいい匂いがした。


 自分の体の状態も確かめることは叶わない中で俺は自分の家の天井を見ながら横になっていた。

「それは、そっちじゃない?」

「え、そうなんですか?」

「そうよ。舞香。遊んでないで手伝ってよ」

「遊んでないよーしっかり薫を見てますー」

 騒がしくリビングを動き回る豊美と沙也加。そして俺のことをにらみつけるように見つめてくる舞香。

 俺は家に帰ってきてリビングのソファに横にさせられてからも変わらず動けずにいた。

「本当に喋れないの?」

 忙しそうに俺が普段やっている家事を肩代わりしてくれている豊美と沙也加をよそに舞香はそれを気にもとめずにのんきに俺に話しかけてくる。

 舞香の質問に答えるために俺はうなずいた。

 こうしてYES、NOで答えられる問には答え、他は首をかしげてやりすごしているが、いったいこれがいつまで続くのか不安になる。

 俺はというと声を発することも体を起こすこともできず少しだけ動かせる首を動かしているだけだ。自力で仰向けになったと思ったがどうやら転がされていたらしい。

 初日からこうして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたら部屋の一つくらいは快く開け渡しただろうと思ったが、今は大変な状況で、それをなんとかしようとしてくれているということで水に流してやろうと思った。

「でもさーこれはなにを果たすんだろうねー?」

 俺は首をかしげた。

 舞香が言っているのは現場に残されていた果たし状のことだった。

「ま、体は無事で何よりだねー」

 俺はうなずいた。

 俺の体は豊美の能力で治してもらい傷は一つも残っていないという。それでも起き上がれないのは豊美によると体力の少なさが原因らしい。

 そして敵の能力のほとんどは舞香が相殺してくれていたために助かったらしい。

 俺の能力も超身体能力は精神面でも発揮されたのか紫の女の能力に対して無事だった。それだけでなく他人にもその状態をわけることもできたのだ。

 それが全滅を防いだことを示しているが素直に認めたのは豊美以外の2人だけだった。

 舞香は俺の白いスーツがほんのり色づいていたとか言っていたが、そのことについてはよくわからない。本当かも知れないし見間違いかもしれない。

 なににしても果たし状を残し襲撃してきた紫の女という敵がいたわけだ。

 俺はあの紫の女は内部の者なんじゃないかと個人的に思っている。

 どうやら3人も目星はついているらしい。

 それが一致していることを望むが細かいことは俺にはわからない。なにせまだひよっこの下っ端だからだ。ただ、体型を強調するような格好をしていたのは一つのヒントだと思う。

 だが、話せない限りは意思の疎通は難しく慣れたらまた違うのかもしれないが慣れるほど長くこの状態でいるつもりはない。

 そんなわけで俺は果たし状を受けるつもりだが伝わっていなかった。先程止められたばかりだ。

「次の次の土曜の早朝、学校の裏山で待つ。黒。紫。だってさー」

 どこの学校の裏山か、学校の裏山のどこか、そして土曜のいつか、具体的には書かれていないが、俺たちは予想していた。

 この辺で学校の裏山と言えば、一つしかない。俺の学校の裏山だ。名前までは把握していないがそこで間違いないだろう。

 時間に関しては自由ということだろうか。こっちについてはさっぱりだった。

 だが、わざわざ黒の男と紫の女からのものだと書いたのは何故だろうか。なにか意味があるのか、そのままの意味なのか。

「でもさー」

「それは、罠よ。さ、交代交代」

「ちぇー」

 豊美が舞香とハイタッチすると俺の前に座った。

 頬を膨らましてふてくされながらも舞香は沙也加のもとに駆けて行った。

 そんなに何度も交代してこなすほどの雑務がうちにあったとは思えないが、それは俺が慣れているからかも知れない。

 俺は豊美を見て首を横に振った。

「罠じゃな言ってんじゃないわよね。そうね。行くしかないって感じかしら」

 俺は縦に首を振った。

「まったく入ったばかりの新入りのくせに頑張っちゃってて先が思いやられるわ。まあでも体の丈夫さは認めてあげるわ」

 偉そうだし、そんなこと認められるといったいなにになるのかわからないが俺が果たし状を受けることを止めるのは豊美だ。

 豊美が止めてこようがどうってことないが問題は動けないことにあるからそういうわけにはいかない。

 そのくせ俺の体は丈夫だと言うので俺は豊美の言う丈夫を疑っている。

 なににしても治癒能力ならもっとしっかりと元気にしてほしいものだ。

 そんな気持ちが伝わってか豊美はふんと鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。

「どうせ、あんたは止めても行くんでしょうけど」

 俺は静かにうなずいた。

 朝に玄関前で待っていたことといい俺のことも多少はわかってきたじゃないか。

「だけど、その体じゃ行くもなにもないけどね」

 俺はうなずいた。

 まったくその通りである。

 今も痛みに関しては舞香が能力でごまかしてくれているらしい。

 そして当時、徐々に痛みが引いていたのは舞香が俺の体の痛みに対する感度を下げてくれていたかららしい。

 正直なところ俺はなにをされたのかもわからず、ただ体が痛いことしか認識できていなかったのに、やたらと冷静な周りに少し恐怖を抱いている。

「ま、頭だけでもとりあえず動かせるならよかったですよ」

 いつの間にか豊美と交代し目の前に座っていた沙也加が笑いながら言ってきた。

 俺も同意の意味でうなずく。

 沙也加は3人の中で一番女性らしい気がする。

 雰囲気だけでなく見た目とか、喋り方とか。他にはドタバタと騒がしく家事をこなす2人とは違って落ち着いた様子で進めていたし慣れているのかもしれない。もしかしたら俺よりうまいそうだし1人でやらせた方が速いかもしれない。

 そんな俺の妄想を知ってか知らずか沙也加を見つめ続けていたら困ったように首をかしげて微笑んできた。

 ほんわかした雰囲気だがしっかり者で一番仕事をしていたように見えた。それだけに沙也加が仕事を休む時間があることは一抹の不安がある。

「今日一日はおとなしくしていてくださいね」

 俺はまたうなずく。

 まあ動きたくても動けないから無理をしようにもできないのだがな。

 バターン。

 盛大にだれかがこけたことで地面に激突した音が聞こえた。

「大丈夫ですか!」

 沙也加が叫びながら音の方へ駆け寄って行く。

 ああ。俺じゃなくてこの家が大丈夫だろうか。

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