第9話 脱出、ストーカー

 翌日。

 俺はだれの目にもつかないように家を抜け出そうとしている。

 やってきたやつらの1人にでも目をつけられればまた自由に行動もできないだろう。

 まあ、俺の家に来たのは役割的に監視が主な目的だと言っていたしこれだけ俺を自由にさせてくれるのは今後ないかもしれない。

 俺はできるだけゆっくりと音を立てないように玄関のドアを押し開け、

「うお」

「うお、じゃないわよ。なに勝手なことしてんのよ。わかってないとでも……」

 俺はだまってドアを閉め何事もなかったようにリビングへと、

「なにしてんのよ。あのねえ、暑かったのよ。ばれないようにこうして外で待ってるの。他の2人は今日は当番じゃないとか言って取り合ってくれないし」

「お前意外と真面目なんだな。それとも俺が好きなの?」

「そんなわけないでむー!」

 俺は慌てて豊美の口に手を押し付けた。

「しー」

「……なにすんのよ」

 少し声を落として豊美は言った。

 状況は理解していない様だが意図は悟った様だ。

「今、何時だと思ってんだよ。常識はないと思ってたけど、どうなってんだよ」

「それは、ごめん」

「……!」

 素直に謝った豊美に俺は素直に驚いた。

「なによ」

 俺の態度が気になったのか豊美はじっとりと俺を見てくる。

「いや、もっと意固地だと思ってたから」

「私だって人なんだから学習もするわよ。意固地かもしれないけど、駄目なものは駄目でしょ」

「そうか。まあ、なんだ。悪かったな」

「そうよ。あんたがなにかこそこそとしてるのが元はと言えば悪かったんだからね」

 いつの間にか立場が逆転して責められる側になっているが、

「ま、その話は向かいながらでいいか?」


 一通りの連絡を済ませたのか少し豊美を待ってから俺たちはラボへと向かっていた。

「で、なんでラボなのよ」

「なんか、あれだって、まだ調整するとこがあるんだって」

「そうなの? 終わったんじゃないの?」

「知らないわ。俺だってまだ、こんなの身につけて3日目だし、メカニックにしかわからんこともあるんじゃないの?」

「そうかもね」

 俺は豊美の顔を改めて見た。

 こうして黙っている分には確実に悪くないのだ。

 初日に泣いている俺を世話してくれたのもまたグッときたのだが、なにかが違う。しかし、

「なによ。ニヤニヤして」

「いや、デートみたいだなって思って」

「デート! って。馬鹿言ってんじゃないわよ」

「……馬鹿。うるさいだろ。今、早朝だよ。さっき言ったこと全然わかってないじゃないか」

「そっか……馬鹿」

「いや、小さく言えってんじゃないわ」

「じゃあ、どう言えばいいのよ」

「言わないという選択肢はないのか」

「ないわ」

 はっきり。

「言葉は知ってんだな。世間知らずなのに」

「あのねえ、世間知らずって言うけど、そんなに詳しいわけじゃないだけだから。物珍しいだけだから」

「ふーん、それを世間知らずって言うんじゃ……」

「うるさいわよ」

 こんなのがリーダーみたいになってんじゃあの2人も大変だな。

 俺は豊美の小言を聞き流しながらラボへの道を急いだ。


「うお」

 なんの前触れもなく俺の視界は一時的に暗転して気付くと感覚が鋭くなっていた。この感じは変身したのだろうか。

「その反応ダサいわよ」

「びっくりしてるのにダサいもなにもないだろ。なによこれ、どう言うことよ」

「きっと戦闘ね。来るわよ」

 豊美の言葉通り、道の先に暗めの全身スーツの人影があった。

「あれが?」

 俺は思わず豊美に聞いていた。色は似ているが微妙に黒の男とは違っていた。ここで倒せたらよかったのだがどうやら偽物は世に出回ってしまっているらしい。

 豊美を見ると子どもの頃に見たピンクの女性とは違う雰囲気の格好で全体的に豊美の着けているシュシュと同じ淡い青色を基調とした格好になっていた。

 普段のパンツスタイルとは打って変わってフリルの多いスカートを身につけた女の子っぽい見た目だった。学校での雰囲気とも合わない派手さがそこにはあった。

「なにそれ」

「いいから」

 豊美は両手で俺の顔を前へ向けて背中を押した。

 マスクがついていないため見えた顔を赤くしていたような気がするが実際はわからない。

 なんだかよくわからないが俺は相変わらず白いスーツ姿で黒っぽい人影めがけて地面を蹴った。

 人影はゆらゆらとしていてまるでその場に根でもはっているのように動いていない。

「は、これなら楽勝だぜ」

 俺は振りかぶった拳を光る左腕めがけて突き出した。

 瞬間。

 わずかな動きで横へ動くと人影は俺の拳をかわした。

 当たりどころを失い俺は体勢を崩しよろめいた。が、相手は攻撃をしてくる気配がない。

 振り返るとかわした時と同じようにしてゆらゆらと動いているだけで俺の方を見もしていなかった。

 近づいてみるとよくわかったがやはり黒の男とは色味も若干明るい紺色のように見えた。

「なんだ。やる気あるのか?」

「……」

 返事はない。元から期待はしていなかった。黒の男の時もまともに返事がなかった。しかし、なんの反応もないっていうのはそれはそれで少し悲しい。

 豊美はというと元いた場所で動かずにじっとしている。治癒の能力と言っていたからおそらくは戦うわけではないのだろう。

 それにたしか戦える変身者は俺だけとか。

 本当か嘘か、確かめる術は今はない。

 俺は思考を振り払いゆっくりと紺の男に近づき動けないように腕を掴んでから光る左腕を右拳で殴りつけた。

 会心の手応え。

 ぱきぱきと割れるような音とともに男のスーツは粒になって消滅した。

 戦いが終わったからか俺のスーツもベルトへと戻ったがやはりどうやっても外せなかった。

「よかった。やっぱり調整は済んでそうね」

 駆け寄りながら豊美が言ってきた。

「そうなのか? まあ、済んでるならそれでもいいけどな。でも、なにこれ。マネキン?」

「ええ。どうも。自由変形ロボの変身者は人間である必要はないみたいなの。最近のやつらはどうもマネキンが多いわ」

「え!? そんなに雑に使ってるのか?」

「そうよ。別に使えればいいんだもの。安全に配慮しないならどうしたって敵が作る方が早くなるわよ」

「安全か。マネキンなら問題ないだろうしな」

「ただ、さっきみたいに動きは単調になるんだけどね」

「じゃあ、動き的にも黒の男の中は人間なのか」

「それは確実よ。今回は敵組織の物じゃなくて私たちの組織の未完成品が盗まれたんだもの」

「は? なにやってんだよ」

 俺は組織の管理体制に拍子抜けした。

「おい。初代といい今回といいどうしてそんなに簡単に盗まれてるんだよ」

「初代のことはわからないけど、今回は生身でもすでに人力を超えた力で突然暴れ出したみたいだから敵組織のだれかに利用されているというのが今の見解よ」

「なるほど。で、一応聞いとくけど、黒の男はこいつだったのか? 黒かったけど」

「違うわ。雰囲気がまるで違ったし」

「やっぱりか。え、また雰囲気?」

「ええ。あんたもいずれ気づくようになるわよ。さ、あんまりボーッとしてないで行くわよ」

「おい。これはどうすんだよ」

「回収班には連絡を済ませたからなにかある前に回収されると思う。だから心配しなくていいわよ。なにかあっても大抵のことは解決できるし」

「そうなのか」

 俺としては人に迷惑をかけていなければ問題ないというか、記憶に残さなければ大丈夫的な認識はどうも納得がいかないが、まあ俺個人でどうこうできる問題でもないと頭を振った。

 返事を聞く前に豊美はラボに向かって先程までよりも早足で歩き出した。

「おい。待てよ。これはもともと俺の用事だったのにどうしてそんなにやる気になってんだよ」

「別に、いいでしょ」

「さてはあれか、さっきの変身した時の格好を気にしてんのか」

「……別に」

 豊美は明らかに不機嫌そうに言うとさらにスピードが上がった。

「戦闘には不向きそうな見た目だけど、豊美の能力じゃ前に出るわけじゃないから問題もないだろ。ただ、たしかに今の格好とは雰囲気が違うよな」

「違うって言ってるでしょ。馬鹿にしないでよ」

 そう。記憶の中だと体に密着するようなスーツなのは女性も同じで陸上競技のユニフォームのように動きやすさを追求してデザインされていそうだったが今は違うらしい。

 てっきり同じものだと思っていたが改良されていたみたいだ。

 そう女性用のものは可愛らしい雰囲気なのだ。スポーティな雰囲気の今の豊美とはかけ離れた雰囲気だった。

 そして、俺のスーツと違ってマスクがなく顔が隠れていない。これでは正体がばれてしまうと思うのだが。その辺は問題ないのだろうか。

 だから、おじさんの皮を被って隠していたのか。今は持っていないようだが。

 しかし、馬鹿にしてるとはひどい。

「馬鹿にしてないだろ。逆だよ。褒めてるんだ。似合ってたって」

「そうやってからかってるんでしょ。ちょっとの間だけどあんたのことは少しづつわかってきたんだからね」

「いや、可愛かったよ」

 やっと俺の顔を真正面から見た豊美。さも当たり前のように俺が言うと豊美は少し目を見開いたようにしただけでまたラボの方を向くとつかつかと歩き出してしまった。

「おい。気に入らなかったならさすがにあやまるよ」

「いいわよ。別に、ちょっと驚いてるだけだから」

「そうか?」

 やはり怒らせてしまったのだろうか。

 しかし、見た目はいいのだ。俺は似合ってると思うんだが本人がそう思っていないなら仕方ない。

 それからラボまで少しのあいだ無言が続いた。

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