第8話 予想と所長

 俺もさすがにパターンのようなものがわかってきた。だいたい所長という人間がどんなものか予想がついていた。

 頭に浮かぶのは白髪と長い白髭の丸メガネのおじいさんだ。

 俺は期待を胸に廊下を歩いた。

 そして、突然止まる豊美にぶつかりそうになりながら廊下の壁が開くのを待った。

「失礼します」

 豊美が廊下の壁に田野さんが使っていたのと似たようなカードを当てると壁は横にスライドした。

 中は図書室のような本の多い部屋だった。外から見ても図書室や図書館以上に本は多そうだ。天井は高く、そして、暗かった。

 部屋の内装に少し驚いたが、俺は動じた様子を出さないようにして中へ入った。

 本の山の中、立ち机としても使えそうな机に器用に突っ伏して眠っていたのはやはり予想通りの見た目の男だった。いや、予想よりも背が低く、遠目から見ても舞香よりも背が低そうに見えた。そのため立ち机も俺が使うなら座らないと使えないような高さに見えた。

 しかし、所長というお偉いさんの部屋に入ったというのにも関わらず豊美たちは田野さんが来た時よりも砕けた感じでそこにいた。

 俺はどうしたらいいのかと手持ち無沙汰に悩んでいると救いの声がかけられた。

「やあ、来たね。あと32秒遅かったら、寝てたとこじゃよ」

 声はゆったりとしたしゃがれた声に聞こえたが、少し、なんというか違和感だろうか。なにかが変な気がする。どうも見た目と合わないというか。

「間に合ってよかったです。紹介します。所長。こちらが鳥川薫です」

「よ、よろしくおねがいします」

 突然豊美に紹介され、なんとか反射的に頭を下げた。

 なるほど。俺の紹介のためだったのか。急な出来事にどきりとしたが、納得して俺はここにいる理由を見いだせて少し安心した。

「ほう彼が、なるほど。たしかに見た目が似てないなぁ。でも、どことなく似てる気もするんだけどなぁ。ま、特例でもしっかり組織の他の人とは違って自由変形ロボを身につけることはできたみたいじゃし、よかったのぉ」

「え、本当にベルトって着けられなかったんですか?」

「あんた私の話し信じてなかったの?」

「いやそういうんじゃないけど、一応確認しとこうと思って」

「そうじゃよ。そうでなきゃ素性の知れない男なんかに大切な自由変形ロボを渡すわけないじゃろ」

 よく考えなくても気づくべきだった。いや、そんなこと考える間もなくここまで来たのか。

 しかし、所長は相変わらず机に突っ伏した状態で脳天を見せたままでこちらを見ようとしている様子もしなかった。

 相変わらず謎だらけの自由変形ロボとやらがなんなのかも具体的には気になるが、

「所長さん。聞いてもいいですか? 見てもないのにどうして俺の見た目が……」

「あ、ちょっと待ってそれは……」

 俺の疑問を遮った豊美の言葉も遮って所長は語り出した。

「聞いちゃう? 聞いちゃう? いやー気になっちゃうよねぇ。ワシもそろそろ話したいんじゃよ。そこには深ーいわけがあるわけだけども君はとうとうその話を聞いてくれてしまうのじゃね?」

「いえ、聞きません所長」

「なんだよ。せっかく理由があって話してくれるって言ってるのにそんな態度はないだろ。仮にも話してるのは所長なんだろ?」

「そうよ。そうだけど、今は違うというかそんなことどうでもいいというか」

「そうは言っても榎並よ。君、それは鳥川くんに失礼なのでは? なあ鳥川くんだって榎並に監督されてばかりでは気に食わないだろう?」

「はい」

「そうだそうだー」

「舞香まで?」

「そう思うじゃろ? 直山」

「え、私ですか?」

 突然話しかけられ驚くような沙也加。

「お主は少し自分の意思を押し殺す節がある。思うことがあるなら言った方がよかろう」

「そうだー」

「では」

 おホンと咳払いすると視線は沙也加に集中した。

「私は所長の話は聞きたくありません。なのでさっさと出てきてください」

「えー、そこはもうちょっと多数の方に流されてもいいんじゃないの? まあ意見を言えと言ったのはワシじゃけども」

「え、出てきてないの?」

「そうなのだ。賢治ー」

「仙名に呼ばれちゃ仕方ない」

 のそのそと動き出したのは机で寝ているおじいさんの方ではなく、その周囲に積み上がる本の山だった。

「うわ」

 俺は本能的に声を漏らしながらその光景を見ていた。

 本はやがて人の形になると、それは賢治という俺のイメージとは似つかわしくない、豊美や舞香、沙也加とも違う見た目の雰囲気の少女だった。

「その名は一応は通り名じゃが、まあよい。そっちのが知れておるし、ワシは剣崎賢治と名乗っている者。よろしくな、鳥川くん。見えていたのはまっすぐ見ていたからじゃ」

 大人びた幼女のような見た目の少女は言った。

「そうなんですね」

「そうじゃ」

「ちなみにあのおじいさんは?」

「見てみるか?」

 手招きされて近寄って見てみるとおじいさんはおじいさんで寝息を立てて寝ていた。作り物というわけではないらしい。

「生きてるんですか?」

「当たり前じゃ。こっちが本当の剣崎賢治で、本当の所長じゃ。ワシはまあ、その世話係兼秘書兼所長代理みたいな、うーん。なんでも屋じゃな。この時間に来たならきっとこっちと話したかったんじゃろうけど、タイミングが悪かったな」

「じゃあ、その喋り方と声はいったい?」

「ああ」

 剣崎はなにやらいじると、

「これでどうじゃ」

 声は見た目としっくり合う。幼い少女のものへと変わった。

「変声機ですか?」

「そんなとこじゃ、この喋りは寝ているとばれないようにと所長と話して所長から学んだものじゃ。もう今となっては自分が昔どんな喋りをしていたのだったか思い出せん」

「そうね。たしかにもう長くその喋り方かも」

「だねー」

「ま、直山の殻も破ったみたいだし、挨拶はこの辺にして帰ったらどうじゃ? 用は済んだんじゃろう?」

「はい。ありがとうございました。所長。私ももう少し話してみます」

「うむ、頑張れよ」

「はい」

 俺たちはこうしてラボをあとにした。


 帰り道もまた見るものの説明をして帰った。印象の問題だが行きよりも沙也加が積極的に質問してきたように感じた。また、こうして改めて人に聞かれると自分が当たり前だと思っていたことがあまり理解できていなかったことに気づけて面白くもあり、また悔しくもあった。

 しかし、そのたびに、

「あれ、もしかして知らない?」

 と豊美に言われるのが腹立たしい。

 最初に出会った時は配達員の姿で物腰柔らかだった。正体を明かしてからも今よりもう少し愛嬌があった気がするのだが今ではさっぱりだ。

 まあ、これもまた豊美なりの処世術であり世渡りなのかもしれない。

 そして、優しくしてあげてと言われたけれども、俺はどうもからかってやらないと気がすまない。

「なら豊美はわかるのか?」

「わかるわけないじゃない。興味ないもの」

 俺のいたずら心も最近ではなりをひそめていて、煙に巻かれてしまえば追求もできずに、ただ、自分の常識のなさを悔やむばかりだった。

 俺も丸くなったな、なんて爺さんみたいなことを思っていたが、さすがに、日常的なことばかりで飽きてきたのか、俺の知識に悔しくなったのか、

「そろそろ続きを聞きたいんじゃない?」

 と豊美は言ってきた。

「なんの?」

「あんたのベルトの元の持ち主について」

「そんなのこの辺で話していいのか?」

「駄目に決まってますよ」

「そうだー」

「ほら、沙也加に舞香だって言ってるぞ。知識の差が悔しいならそう言えよ。もっと素直になれよ」

「そ、そんなんじゃないから」

 豊美は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。

 これでよかったのかわからないが公共の場で無闇に話してはいけないことを防げたことはよしとしよう。

 強がっているがやはり俺に対抗心を抱いたのだろう豊美を前に今度なにか話を聞いてやろうと思った。ロボに関しては確実に俺の方が詳しくない。ロボについて詳しく聞きたいし、場所が大丈夫なら田野さんの話続きや子供の頃に見た戦いの時の海東さんについても知りたい。

 俺は物思いにふけっていたのか危うく目の前の人とぶつかりそうになってしまった。

「すみません」

「いえ、こちらこそ。ちょっと君のベルトに意識が向いていまして。いいベルトですね」

「はあ。ありがとうございます」

「うーん。おや、やっぱり君のベルト……」

「はい? まだなにか? このベルトそんなにおかしいですか?」

 相変わらずいつの間にかベルトはズボンに巻かれていて俺としてはまたちぎらないといけないのかと少し落ち込んでいたのだが。

 知らない男性は声をかけてきたあとも身を引いて俺のベルトを観察している。

 俺としては男性の全身を見てみても見覚えはない。

 制服は近所の別の中学校のものだった気もするが、どうだろうか。これから、部活なのか。

「そのベルトを使ってるならきっと顔見知りの前では使わない方がいいですよ。なにか悪い事が起こるかもしれません」

「はあ。それってどういう……」

「え? 違う? あ、そうなんですね。すみません。人違いだったみたいです」

 俺が聞き終わるよりも早く男性言った。

「それじゃ」

「あ、はい」

「待ってくださいよー」

 男性がその場をあとにする俺と同い年くらいの男性を同じくらいの年の少女が追いかけていった。

 少女は俺たちの前を通る時に律儀に一礼すると再び男性を追いかけるために駆け出した。

「なんだったんだ? 豊美たちの知り合い? ラボの関係者とか?」

「見ない顔ね。新入りかしら。やけに詳しい感じだったけど」

「知りません」

「知らなーい」

 3人に順々に顔を向けたがみな、頭を横に振るばかりでどうも本当に知らないらしい。男性も途中から独り言がすごかったし、俺の周りの世界は見ていなかっただけで変わり者が多かったのかもしれない。

「でも、別に顔見知りの前で変身しても問題ないはずだし……」

 豊美は豊美で独り言がすごい。

「電話でもしてたのかな?」

「そうだと思うわ」

 俺はそう思うことにしてその日は残り時間で宿題を進めた。

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