第6話 空想的な現実とラボ
「……さいよ」
「ん?」
「起きなさいよ」
「なに?」
「おはよう」
「おはよう。って早いわ。今何時だと……」
「5時よ。別に早くないでしょ」
俺の言葉を遮って、さも当たり前のことのように言ってくる豊美。
「1時間は早いわ。なんだよ。用件は」
朝早くから女の子に起こされるのは俺は別にされたいことではないのだなと悟った。もしくは状況が悪いか、相手が悪いのかもしれない。
一夜にして人の印象がここまで変わったのは初めてだ。
学校では地味で三編みで丸メガネの目立たない存在だった豊美が、まさか俺の過去の記憶の中の憧れの変身ヒーローであり、そして、人の家に泊まることをどうとも思わず、さらには、家主を部屋から追い出すこともいとわないようなやつだとは想像もつかなかった。
そんな俺の思考を知ってか知らずか、あんまりにも起きない俺に腕を振り上げ脅してきたため俺はおとなしく従うことにした。昨日部屋から追い出されたことといい思っていたよりも力が強いらしい。
そして、今日連れ出されたのは説明を受けるためらしい。なんでも俺のベルトのコピー品を作っている施設があるから案内したいという。そんな施設があるならできればそこでしっかり説明を受けてからベルトを受け取るか判断したかった。と、しても仕方ない後悔をしている。
「それなら別に朝早くなくてもいいだろ」
「よくないわよ。それに困るのはあんただからね」
「はぁ?」
よくわからないまま着替えだけ済ませて俺は昨日出会ったばかりの女子たちに連れられて存在の怪しい施設を目指して家を出た。
途中ベルトと腰の間に少しだけ空間があることからどうにかズボンを挟み込んでおくことに手間取ったが指摘される前になんとかなった。
外に出て少ししてから俺はキョロキョロと辺りを見回す沙也加と舞香を見ていた。
「あれはなんですか?」
「あれはコンビニ。さっきも見ただろ?」
「でも、見た目が違うよー」
「そうだな。経営してる会社が違うんだよ。でも、コンビニはコンビニだから」
「あのね。いいかげん遊びに行くんじゃないのよ」
何故か俺が叱られたみたいになっているが、どうやらこの女子たち世間知らずらしい。
ハンバーガー食べたいと言ったらそれはなにかと聞かれ、まるで博識にでもなったかのようにその辺のものがどんなものか答えてやっていたのだ。
「俺は質問に答えてただけだ。相手してほしいなら素直にそう言え……痛っ。おいやめろよ。そうやって暴力に訴えるの。痛いんだよ本当に」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。あんたたちもあんたたちよ。こんな男がホントのこと教えるわけないでしょ」
「お前らほんとにコンビニも知らないのか?」
「情報としてしか知らないわよ。悪い?」
「豊美ちゃんやめましょうよ喧嘩は一方的になっちゃいますから」
優しいなあとか思ったが最後の言葉はどういうことだろうか。
「そうね。冗談として聞いてる分には面白いし、着くまでの楽しみとして喋らせといてあげる」
「ったく、素直じゃないなー」
「ないなー」
「そうですよ」
「違うから! 別に聞きたいわけじゃないから!」
否定しているも先頭を歩く豊美は後ろに目でもあるかのように一定の距離を保って歩いていた。
その間も目に映るもの。見てきたけれども実態を知らないというものを俺の知るかぎり片端から説明し、時々聞き入り歩速が遅くなる豊美をからかいながら着いたのは山の中の事務所のような小さなボロい建物だった。
「だまされた」
「だましてないわよ」
「くそう。こんなことならもっと真剣に話しておくべきだった……」
俺が真剣に悩んだ風を装い言葉漏らすと豊美がきっ、と鋭い目で睨みつけてくる。
「もしかしてふざけてたんですか?」
沙也加までも心配そうにそんなことを聞いてきた。
「ですかー?」
舞香は繰り返すばかりだ。
「冗談だよ。でも、ここがそんな大層な施設なのか?」
「驚かないことね」
目の前のドアが開けられるとそこはエレベーター室。俺はその光景に対して既視感を抱いた。
「おお、すげえ」
そして思わず声が漏れた。
「驚かないことねって言ったわよね」
「そうだな。でも、ここまでフィクションのような物が見られるなんてちょっと感動だよ」
「フィクションって作り物語のこと? そんなものにもこれがあるの?」
「あるさ、俺が好きな話にも地下につながるエレベーターで秘密基地に行けるような話は山ほどあるよ」
「そ、そうなのね。ま、無駄話をしている場合じゃないわ。行きましょ」
そうして少しがっかりした様子の3人とともにエレベーターに乗って地下に降りた。
着いた先にあったのは近未来的な機械がずらりと並びその画面の明かりによって怪しく光る部屋だった。
照明はそこまで明るい印象はないもののモニターの薄明かりで十分すぎるほどの明かりが保たれていた。
「おお。やっぱ感激だわ。俳優でもないのにこんなのが現実でも見られるなんて思ってもみなかったわ」
「やっぱり他の人とは反応が違うのよね。なんなの?」
何故か不機嫌そうな豊美に言われた。
「なんなのって聞かれても、知らないから」
「どうして驚かないのー?」
「別に驚いてないわけじゃないさ」
「でも」
「でも?」
「……うわあぁ! みたいな反応してませんよね」
俺は突然の沙也加の叫びにのけぞった。
沙也加の驚きの演技の方がよっぽど驚いた顔をしていたのか3人がクスクスと笑っているが、そんなに驚かないことが珍しいのか。
「と言うか、他の人たちと反応が違うってどういうことだよ」
「あんたとは経緯は違うけどここにやってくる人たちはいるってことよ」
他にも外から入ってくる人がいるのか。ならどうして今まで俺は放置で済んでいたのだろう。よかったような。どうなんだろう。
それに俺は特別肝が座ってるとは別に言われないが、驚かないことを残念がられると、こんなやつらでも少し申し訳なくなってくる。
「来たわ」
豊美の声で背を伸ばす舞香と沙也加。
なんだと待ち構えていると来たのはYシャツとスカートに白衣を羽織っただけのような軽装の女性と、同じく白衣を羽織り丸メガネと三つ編みが印象的な見た目の雰囲気が正反対の2人の研究員らしき女性だった。
「どなた?」
俺の言葉に一つため息をつくと豊美は言った。
「あんたのベルトの調整をしてくれる方々よ」
「はじめまして薫くん。私は田野清美と言います。そしてこちらはメカニックの」
「……真木片理です」
自身有りげな雰囲気の田野と名乗った女性と、消え入るような声で少しおどおどした態度の真木と名乗った女性。俺には見た目同様に全く正反対な2人に見えた。
「メカニックってことはこのベルトって機械なんですか?」
「はい。そうなんです。不思議ですよね。見た目はそのベルトならどう見ても革かなにかでできているように思えるのにですよ。そして、なにから作られたか、どのように作られたか、どんな意図で作られたのかは未だ定かではありません。ですが、私たちはコンピューターと同じような機械だと考えています。他の方々が使っているのはその模倣品で、そこには大きな溝があるのですが……」
「真木、そのくらいで」
「あ、……はい。すみません……」
話の腰を折られるようになってしまった真木さんは自信が出てきたのかと思ったがまた静かになってしまった。
「説明はしてあるのよね」
「はい」
「え? なんの?」
「あんたが戦う相手や、その道具についてよ」
「ああ。はい、それなら受けたような気もします」
ベルトが戦いが終わるまで外れないとかいうあれだろうか。まったくなんでそんな面倒な機能をつけたんだ開発者は。どこのだれだか知らないがこれだけは聞いてやりたい。
「では、早速、決定力を付けるために調整を行うので薫くんついてきて」
「はい」
あれだけのパンチをくらわせて吹っ飛ばして、それでいて決定力が足りないってどういうことなんだ。それに、まだなにか付け足せるのか、具体的には武器の類いが欲しいがなんか超身体能力とか言っていたしな。
思いを巡らせ、周囲をキョロキョロとしながら女性2人の後ろを歩き続けているがそれにも理由がある。なにもない。どこもかしこも壁壁壁で、ドアのような物がない見渡す限りただの廊下だ。エレベーターを降りた先以外は道だけなのか。それだけじゃない。話題もない。特に話しかけられることもない。
と思っていると突然2人は立ち止まった。
何事か、と思ったが機械的なピッ、という音とともになにもなかった壁が横にスライドして学校の保健室のような部屋が出現した。
おお、まさにSFとか思いながら2人に続いて中へ入っていく。
「さ、まずはベルトなんでしたね。鳥川くんの自由変形ロボは」
「まあそうです。ベルトです。その自由なんとかってやつかは知りませんけど」
「ふふ、もう仲良くなったのね」
「え、いや、そういうんじゃないですよ」
「いいのよごまかさなくても。彼女たちも任務以外で人と接することが少なかったから優しく接してあげてね」
「はあ」
俺のことつけてきていてもコンビニも知らなかったんだもんな。
これからはもうちょっと大目に見てやろうかと思った。
「さて、自由変形ロボの名前のことだったわね。ええ。だれがつけたのかはわからないけど、今では通称となっているわ」
「なるほど」
俺は加えてうなずくにとどめた。なにやらもうすでに作業は始まっているらしかった。
準備なのか部屋の中を慌ただしく動き回る2人。
俺はどうしたものかと呆然と立ち尽くしていた。
キョロキョロしていると田野さんと目が合った。田野さんは首をかしげ笑みを返すと視線が俺のベルトに向いた。
「なるほど、白。ではお願い」
「……はい」
田野さんがパソコンになにやら打ち込んでいる間。俺は手招きされて真木さんの方へ進んだ。
真木さんは白いシーツのベッドの上に腰かけていた。
俺はその横に座った。
「では失礼します」
なんの説明もなく真木さんはベルトをぺたぺたと触り始めた。
「これでなにかわかるんですか?」
「ええ。私もこれでも自由変形ロボによる変身者なんですよ。これがそうです」
と言って見せてきたのは首から下げた銀色のペンダントのようなものだった。
「それなら生活にも困らなさそうですね」
「そうね。私は他の人みたく困ったことは少ないわ。君はどうしてベルトにしたの?」
「え、あの、自由変形ロボって言いますけど。ベルトとスーツだけで自由に変形しないんですけど故障ですか? それにベルトにしたってどういうことですか?」
「えーと」
「鳥川くんは装着後すぐに戦闘に巻き込まれて説明でしか聞いてないのよ。ベルトの形状については学校のコンクールの賞品にしてもおかしくないようにという配慮だと聞いたわ」
「なるほど、そうですね。そうでしたね。今は戦闘中ですし、無事終わればどういうことかわかりますよ」
俺はまったく納得のできない言葉を返され釈然としなかった。
そのまま真木さんはベルトに触る作業へと戻った。
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