第5話 失敗と焦り
「おい。ベルト外れないぞ!」
「なによ騒々しい」
俺は風呂場から飛び出していた。
ズボンが脱げずに困ったまま数分格闘して協力を得ることにした。
「当たり前でしょ。その自由変形ロボは対象との戦闘が終了するまで変身者にくっつきっぱなしなのよ」
俺のことを恥じるでもなく直視して言う豊美。
上半身裸の俺を前に沙也加は顔を両手で抑え、舞香は特に興味なさげにしているが、なんなのだ豊美は。
「きゃあ。とかいう反応を期待してたの? じゃあやり直す?」
「いや違う。そんなのはいいからせめてこれを外してくれよ」
「外れないって言ってるでしょ」
「じゃあ、俺はあの黒の男を倒すまで風呂入れないのか?」
「まあ、そういうわけでもないけど」
「じゃあどうすれば……」
「こうするのよ」
豊美は俺の方に近づいてくると何気なくズボンの両端を掴み、そして、勢いよく下におろした。
ズボンは抵抗虚しくブチブチと音を立てて腰にベルトだけ残して下へとおろされた。
小さく悲鳴が聞こえたが先程の反応からして沙也加だろうか。いや違う。そうじゃない。今はそんな現実逃避をしている場合ではない。
「おい。どうしてくれんだよ。え? なんで何事もないように普通にズボン壊してくれてんの?」
「いいじゃない。沙也加が直してくれるから」
「う、うん」
顔を隠したままコクコクとうなずく沙也加。
その顔は隠しているが耳まで赤くなっているのがわかる。
舞香は1人遊びに夢中なのかまったくこちらに興味を示そうとしない。
「さ、これでいいでしょ。ズボンは置いてってね。直すから」
「いや直すってどういうことだよ」
「仕方ない。沙也加あげなさい」
「今じゃなきゃ駄目ですか?」
「駄目よ。早くしないと、こいつずっとこのままよ」
「おい。俺が変態みたいな言い方はやめてくれよ。そしてお前呼びひどいとか言いながらお前のが俺の呼び方ひどくないか?」
「いいのよ。別に」
「おいそれどっちについて……」
「さ、脱いだ脱いだ」
「おう」
豊美は沙也加に俺のズボンを渡すと瞬く間にズボンは元の姿以上の新品同然の姿に変わった。
「すげぇ」
感嘆はしたがこれから毎夜こうしてズボンを壊しては直すのを繰り返すのかと思い、釈然としない気持ちで俺は再び風呂場へ戻った。
「だあー」
俺は風呂上がりの牛乳を取りに行くためリビングを通ると女子たちが1人もいなかった。
そんなことは気にならないぐらい風呂に入ったことで先程までのもやもやはスッキリした。
泊まると言ったはいいものの帰ったのだろうと思い俺は部屋へ戻った。
「ノックぐらいしなさいよ」
俺はドアを閉めた。
なんだろう。なにが見えたのだろう。
俺は言われた通りノックをしてドアを開けた。
「中にいる人の返事を聞いてから開けるもんでしょ」
「いや、違うだろ。絶対に違う」
「私たち、ここで寝泊まりするからってさっき言ったじゃない」
「は? 今日だけじゃないのかよ。人の家に泊まるってそういうことじゃないだろ。なんで俺の部屋が模様替えまでされてんだよ」
「当たり前でしょ。あんたの状況からして説明役は必須だし、そんな物騒な物その辺の一般人に持たせといてほっとけるわけ痛っ! 危ないでしょ喋ってる最中に、舌噛んだらどうするつもりよ」
豊美に突然白い物体が当たった。喋っていた豊美は怒りの矛先を変え白い物体を投げたと思われる舞香のもとへ向かった。
決定事項みたいになってるしここは切り替えてしまった方がいいよな気がしてきた。
「おい。せめて、夜なんだから静かにしろよ」
「だから、痛っ! やめて舞香、今説明中」
「スキを見せるからだよー」
「私が相手しますから」
「ほんとにー?」
「ええ」
まったく先が思いやられる。
舞香の相手が豊美から沙也加へ移ると豊美は落ち着いた様子で息を吐いた
「私たちはあんたの監視役が主な役割なの。そりゃあんたにとっては迷惑かもだけどね」
「そうだな。だいぶ迷惑をこうむってるよ」
「一応。申し訳ないとは思ってるの。でも、私たちじゃあんたがあっさりつけた自由変形ロボを誰一人身につけられなかったの」
「ふーん」
「ふーんって」
「いや、よくわかんないんだよ。今はそれよりも今夜どこで寝るかのが大事なんだよ。お前ら野宿の経験もあるならこの家のどこでもいいだろ」
「嫌よ」
「好みかよ。どこでも泊まれるんだろ」
「それはできるとやりたいの違いよ。別に食べられるからって食べたいわけじゃないでしょ」
「まあな」
「そういうことよ」
「いや、それとこれとは……」
「おやすみなさい」
背中を押され部屋から出されると強制的にドアを閉められた。
「お、おい」
『夜なんだから静かにしなさいよ』
くそう。あの女め。
だが、たしかに今は夜で静かにするべきなのは事実。それに今のはさっき俺が言った言葉じゃないか。
ここで馬鹿騒ぎをしていては示しがつかないと考え、俺は仕方なくリビングで寝ることにした。
「……せめて先に3人いるとか、部屋を明け渡せとか言えよ」
『じゃ、ついでに、その自由変形ロボの連続使用時間は薫くんくらいなら次の土曜日の終わりくらいまでは大丈夫だと思うんだけど、それ以降は自我を奪われちゃうかも。ってことを伝えておくね。おやすみー』
『おやすみなさい』
『おやすみー!』
口々に俺の部屋から声が聞こえてくる。
「は、おい。今のどういうことだよ! 開けて、開けてください。開けろー!」
我を忘れ一時にしても馬鹿騒ぎしてから、結局それ以上の説明はなく俺はミッションだけでなくタイムリミットまで背負わされてしまったあげく本当にリビングで寝た。
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