第4話 記憶と事実
それはある日の帰り道。
「おい。お前! 金もないのに俺に突っかかってきたのかよ。いい度胸してるなぁ」
「……別に、そんなつもりじゃ……」
「うるせぇ! 痛かったんだよ。どうにかしてくれるよなぁ」
うちの生徒たちが喧嘩している現場に遭遇した。
片方は俺のクラスメイト。名前は裕也だったと思う。もう片方は見ない顔だった。学年かクラスが違ったんだと思う。
「なに見てんだよ!」
俺は知らない方に見ていることを気づかれてしまった。
「……」
とっさにはなにも答えなかった。ただ黙って目線を返していた。
俺に見つかった罪悪感からなのか絡んでいの方は声を少し小さくしつつも俺を睨みつけ、絡まれていた裕也はすがるような目をこちらへ向けてきていた。
うちの高校は平和だって聞いてたんだが今どきヤンキーがいたのか。しかも、こんなに近くに。そう思いながら俺は口を開いた。
「弱いものいじめはよくないと思うよ」
俺は仕方なく絡んでいた知らない男に詰め寄った。別に正義感が強いわけではないが絡まれているのがクラスメイトだったから見なかったふりをしてあとで面倒なことになるのが嫌なだけだ。
スキを見つけた裕也をは逃げ出していた。俺はやることは済んだと思い男に背を向けて帰路につこうとした。
「おぉい! なにもしないで終わりになると思うなよ!」
大声に振り返ると、男はその辺に転がっていた鉄パイプのようなものを持ち上げ、こちらを睨んでいた。今にも俺に向かって走り出してきそうな雰囲気に俺は驚きのあまり声も出せず逃げるためだけに走り出していた。
実力行使に出てくるにしても素手かなにかと思っていたのは俺が平和ボケしているからか。
「待てやこらぁ!」
感情的になっているからか町の中なのに周りの目など気にすることなく叫びながら追ってくる男。
当たり前だが待ってやる義理はない。
それに振り返っている余裕はない。振り返るまでもなく全速力で俺の後ろを走っているのはわかっている。
目指すのは一番近くの交番だ。
いくつかの曲がり角を曲がり、追いつかれることなく、信号を避ける最短経路を脳内に描く。
もっと大通りに出ていたらそれはそれで諦めていたかもしれないが、人通りが多少はある近い道と人通りが多いだけの道ならどちらが安全かは暴力を振られそうなのだから言うまでもないだろう。
全速力のかいあって俺は物理攻撃をくらわずに交番につくことができた。
持ち物の差からか男の様子をうかがうと、距離を開けて着くことができたようだった。
「どうしたんだい!?」
息を切らせた俺を見て中にいた警察の人が驚いた様子で椅子から立ち上がって聞いてきた。
「すいません。鉄パイプを持った男が」
「へへ、そんなとこに入っても逃げられねぇ、ぜ。げ」
やっと状況に気づいた男はパイプを捨てて一目散に逃げていった。
「待ちなさい!」
警察の内1人が男を追いかけると俺はやっと息を吐きだし落ち着くことができた。安心して全身から脱力してしまいその場にへたり込んでいた。
「ありがとうございました」
「いや、私はなにも。君も災難だな」
「いや。ははは」
俺はもうその場で力なく笑う気力しか残されていなかった。
もう1人は追いかけることもなく俺とその場で笑いあうことをで今回の件は済んだ。のだったと思う。当日のことは疲れすぎて覚えていないがまあ安心して終わった。
はずだった。
「お頭。おはよう御座います」
「お前……」
絡まれていた男こと裕也は翌日登校すると校門の前で待っていた。
そのうえ急に俺をお頭と呼び始めた。
「なんだよ。なんなんだよ。新手の嫌がらせか? 昨日の対応が嫌だったのか?」
「そんなわけないじゃないですか。おカバンお持ちします」
「そこはお荷物じゃ。って違う」
「お荷物お持ちします」
「違う。突っ込むところを間違えた。持ってもらわなくていいから」
俺はどうにかカバンを死守すると疑問を口にした。
「そんなんじゃなかっただろ。なんなんだよ。なにがあったんだよ」
裕也は済んだこととでもいうように俺の疑問には答えず、抵抗する俺からカバンをふんだくると律儀に俺の席まで運んでから自らの席に着いた。
どんな心境の変化があったのかはわからないがそれからというもの、お頭、お頭と俺の周りをウロウロするようになった。
「わかった、実は裕也は3人で1人なんだな。そういう能力か」
「「「違う」」」
全否定の3人。
ということは。
またある日の下校中、
「おうおうおう! なにしてんだてめぇ」
俺は別に喧嘩が強いわけではないのだが絡んでくるやつや怪しそうなやつがいると何故か喧嘩腰で対応する裕也にどうしたらいいかと悩みだした頃。
「いや、あの、その、別になにってわけじゃあ……」
「なにしてんだてめぇ」
「お、お頭!? 先行ってたはずじゃ……いや、ちげぇんです。こいつはお頭をずっと追っかけ回してて迷惑かなと思いやして」
お頭と呼び始めてから喋り方までどんどんおかしな方向に進んでる裕也を前に俺はさすがに苦笑いしか浮かべられなくなっていた。
他人の行動が迷惑かなと思えるなら自分の行動を省みろと言いたいが、というかこれまで散々言ってきたが、変わった様子はない。
「なに当たり前のこと言ってんすかお頭は」
とか笑ってるだけで、できてないと伝えても一度も聞き入れなかったことだしもう諦めている。
そんな男と男に絡まれている女子を前にして俺はどうするか悩んだ。制服からしてまたもうちの学校の生徒3人らしいが、やけに青いシュシュ、緑のカチューシャ、オレンジ色の玉のついたヘアゴムが目につく。どこかで見たのか? と思ったが気にしても仕方ないと思考の外へ追い出す。
「実害がなければだれが俺を追っかけ回してても別にいいよ。さ、女、子どもに手を出さない。リピートアフターミー」
「女、子どもに手を出さない」
「よし、じゃあ、行くぞ」
「いいんすか?」
「いいんだよ。だいたい人様に迷惑かけといてその態度はないだろ」
「あ、すいやせんした」
「いえ、あの、大丈夫です」
「本当に裕也が迷惑かけました。ごめんなさい。さ、とっとと去るぞ」
「へい」
この日俺としては平和的に解決できて満足していた。
ファンかもしれない人間に敵意を向けるのはよくない。ありえないだろうけど、可能性の話だ。なんて気楽に思っていた。
しかし、それからも裕也は後ろを気にしていたため俺を尾行していたことはわかっていたのだが、ただ単に物好きだなと思っていた。
ファンだ。なんて考えていたが、目の前に実物が来てわかった。俺は自由変形ロボについて知っているからずっとつけられていたのだ。裕也はおそらく違うが、裕也が見つけ出してきた女子3人が今、目の前にいることからも明らかだ。
青いシュシュ。緑のカチューシャ。オレンジの玉のついたヘアゴム。持ち物もしっかりと合致している。
「ああ。なるほど、裕也に絡まれてた方ね」
「そうです。そうです」
「そうなのだー」
「それでいいの2人とも?」
「事実だろ?」
「「はい」」
「うそぉ。そんなその辺の2人にやられる2人じゃないはず」
疑わしい目で2人をジロジロ見ている豊美。
「豊美もいただろうよ」
豊美はとぼけているのか本当に覚えていないのか隠すように目をそらした。
「あったわねーそんなこと。ていうかさ、薫がいなければ私たちだって尾行なんて面倒なことする必要はなかったんだからね」
あれだけ知っている人を求めて探し回ったのが嘘のように本当だったと言われるのはどこか釈然としない。
「なんだろう。ものすごくもやもやするこの感じは、さっきまでの雰囲気と違うじゃないか」
「そうね」
「というか俺もなめられたもんだな」
「それは担当が男だと防衛のために薫と戦ったら薫がやられちゃうからよ」
「は? なにぶっそうなこと言ってんの?」
「まあ、気を使うよりは自由でいてくれた方が薫にとってもいいでしょ。ほら、さっさと行くよ」
「いや、勝手に決めるなよ。どういうことだよさっきの。そして、どこに行くんだよ。リビングにいるんじゃないのか? 俺を自分の部屋に行かせるためにズケズケとした物言いだったんじゃなかったのか? 帰るのか?」
人の家にやってきておとなしくならず、むしろ態度を大きくしているのはそういうことではないのか。
「え? 違うよ。薫の部屋は私たちが使うから、薫はここで寝るのよ?」
「ベッドは一つしかないぞ」
「そんなの別に大丈夫よ」
「心配してくれてるのー?」
「そういうわけじゃない」
「私たちは野宿にもなれてますから心配には及びません」
くそう、優しさなんて見せるんじゃなかった。
もう好き勝手にやるなら俺だって好き勝手にやってやる。
「なら余計リビングでも大丈夫だろ。俺は自分の部屋で寝るからな」
俺が進もうとするも体は前に進まない。緑のカチューシャの女の子が俺の手を掴んで離さない。
結構踏ん張って進もうとしているのだがびくともしないのはどういうことだろう。
「嫌ですよ。個室は欲しいです」
「わがままな」
「なにが悪いの? わがままで」
「悪いよ。ここは俺の家だよ」
「それで?」
「それでって」
「状況的に数的有利はこちらにあるのよ?」
「お前。ずるいぞ」
「お前呼びはひどいな。あんたが自分の有利を振りかざしてきたんでしょ。それに男のくせに腕ほどけてないじゃない」
「わかったよ。部屋のことはいいよ」
俺が抵抗をやめると緑のカチューシャの女の子は腕を離してくれた。
「というかそれよりそろそろ紹介してくれない? 2人はだれなんだよ」
「仙名舞香だよー」
オレンジが舞香、
「直山沙也加です」
緑が沙也加。
2人ともうちの学校の制服を着ていたことから同じ学校のはずだが、裕也に絡まれていた以外ではっきり見た覚えがないし学年が違うのか。
「よし、だいたいわかったから。俺はそろそろ風呂入って寝るな」
「薫の名は?」
「知ってんだろ? クラスメイトだし、ってそうか。2人は知らないか。俺は鳥川薫だ」
「薫。よろしくー」
「薫くん。よろしくおねがいします」
「改めてよろしくね」
「おう、よろしく」
挨拶を済ませると俺は風呂へと向かった。
「……怪しくなかったね」
「……まあ、調査済みですから」
「……なにかあってもあってもちょちょいだけどね」
こそこそと話しているが、俺は構わず風呂に入っていった。
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