第3話 飯と図々しさ

 俺が落ち着くと豊美は料理へと戻っていった。

 一通り泣いたからかだんだんと現実が理解できてきて一層不安になる。俺の勝手の予想だがきっと俺の方が豊美よりも料理はうまいとみた。彼女は食べる専門でかっこつけようとしているが出てくる料理はきっと黒こげだろう。

 豊美は盛り付けの終えた皿を持ってきた。

「じゃじゃーん」

 見た目良し、

「どおうどう?」

 対面に座り覗き込むように顔を見てきた。

 俺は身を引いてうなずいた。

「うん」

 味よし、

「あれぇ?」

「美味しくなかった?」

 不安そうな表情に少しいたずらしたくなったが、感情的に助けてもらった恩人だ。俺は素直に言った。

「いや、おいしい」

「よかった。さてはあれだね? みんな言うけど私は食べる専門だと思ったね?」

「ああ」

 出てきたのは家にあった食材の余りから作ったパラパラのチャーハン。べちょべちょでもパサパサでもなくほどよい口触りとしょっぱすぎない味が俺の好みだった。本当にどうしてこれが家で。

「できれば毎日食べたいくらいだ」

 思わず口に出していた。

 よっぽど俺よりも料理上手だった。

「本当!? いやね、私は薫くんの思うように食べるのが好きなんだけどね。やっぱりおいしいものを食べるにはお金がかかるから自分で作れるようにって思って練習したんだよ。でも、人に食べてもらうのは違うね。薫くんが良ければ毎日作るよ」

「マジで! ひゃっふー」

 俺は先程までの雰囲気を壊すためにテンションを高めた。

 でも、毎日?

「毎日って……」

「そうかいそうかい。そこまでかい」

 豊美は俺の言葉にかぶせるように言ってきた。

「いや、侮って悪かったけど、毎日って……」

「いいってことよ。さて、私はすでにご飯も提供し、これまでの経緯も話し、そして、薫くんの気になることも答えた。さ、そろそろなにかあってもいいんじゃないかね?」

 さらにかぶせるように言ってきた。

「毎日って……」

「それはそれとして、他に」

 なにかやましいことでもあるのか毎日作るというとこをやたらと聞かせてくれない豊美。さすがにらちが明かないので話題を変えることにした。

「いや、でもどうして豊美……榎並さんが?」

「そこか! まあ私にも薫くんと同じくらい色々あるのさ」

 悲しい過去でも思い出したように突如下を向いてしまった。俺は豊美にどうしたらいいのかわからず、たじろぎながらもなにかあるのではと思い次の言葉を待った。

「……過去のことはくよくよしても仕方ないよね」

「え?」

 少しの間があって豊美は顔を上げ、立ち上がると言った。

「私の名前は榎並豊美。よろしく」

 手を差し伸べてくるので握手を返す。その手はさっきまでの汗が嘘のようにすべすべとしていた。俺の緊張による汗が明らかになるほど。

 手を拭いてからにすればよかったと後悔しつつ、俺は聞いた。

「榎並さんも俺と同じように過去に記憶を共有できなかったの?」

「ううん。そうじゃない。いずれ話すよ……あと私のことは豊美でいいよ。私も薫って呼ぶから。長い付き合いになりそうだし、同い年でしょ」

「わかったよ。豊美。え、長い付き合いって……」

「なんだか照れくさいね」

 またかぶせるように言いつつもはにかんでいる豊美に俺は顔が熱くなり、疑問が少しどうでもよくなっていることを感じながらごまかすように言った。

「じゃあ、夜も暗いから……」

 今は夏、下校からそこまで長くベルトを探していた記憶はないが、黒の男との戦闘があり料理も済ましたためもうすでに日は沈み、外には夜の帳が下りていた。

「でしょう?」

 突然豊美は食い気味に言ってきた。

「うん」

「なにかないかな?」

「なにかってなにさ。俺はどうせ戦わなきゃいけないんだろう?」

「よくわかってるじゃない。そうよ。戦いは避けられない。でも、そういうことじゃなくて、もっとこう、すぐに払うべき恩義みたいなものよ」

 そういってなにかを期待するような目をこちらへ向けてきていた。

「家にはそんな大層なものを差し出せるような豊かさはないんだけど」

「そんな高いものを望んでるんじゃないのよ。もっと庶民に対して、スペースだけでも提供してくれてもいいんじゃないかと」

「え、泊まるの?」

「そうそう!」

 食い入るように言ってくる豊美。大丈夫なのか?

「知らない人の家に泊まっていいの? というか俺が泊めていいの?」

「いいのいいの。親には許可をとっきてるから。ご両親は出張でしょ?」

「なんで知ってんの……」

「薫がいいかどうかを聞いてるのよ」

「じゃ、いいんじゃない?」

 俺としては問題ではないし、両親も出かける前に今の状況を知っていたように人を家に入れていいと言っていたことを思い出した。

「だって、どうぞー……よかったこれで監視の手間も省ける」

「ん? なんか言ったか?」

 豊美の声に応じて入ってきたのは2人の少女。その瞬間俺は安易に許可したことを後悔した。

「おじゃましまーす」

「お邪魔します」

 子どもっぽい印象のやけに目につくオレンジの玉のついたヘアゴムで、髪を二つに短く束ねた俺よりも小さい幼女と呼ぶのがふさわしそうな女の子と、大人びた雰囲気の3人の中で一番体型にメリハリがあり、明らかに年上に見える緑のカチューシャが印象的な肩より長いキレイなストレートヘアの女の子。

 この2人もどこかで見たような気がする。

 それよりも。

「いや、聞いてないから。なんでだよ。おかしいだろ!」

「そうそう、そんな感じでいいのよ。話し方は、くだけた感じで」

「いや、絶対おかしい。話し方の問題じゃないだろ」

「まあまあ、大丈夫ですよ。私たちも記憶を共有してますから」

「知らないよ。なんの記憶だよ」

「「「え」」」」

 固まる3人。俺はこの3人となにかしたことがあったか? 見覚えはある気がするが記憶にない。過去の自由変形ロボの記憶のように霧がかかった感覚もない。

「……ちょっとどういうことよ。気づかれたから私たちに押し付けられたんじゃないの?」

「……そうだと思ったんですけど」

「……セーフだったのー?」

「……まだわからないわ」

 こそこそと俺に聞こえない声でわざとらしくなにやら話す3人。

「その、自由変形ロボのこと?」

「それもそうだけど、本当に覚えてない?」

「いや、知らないよ。だれだよ。でも、はっきり思い出せないけどどこかで見たような気もするんだよ」

「薫の周りをウロウロしてたよ?」

 ウロウロしてた?

 俺の周りをウロウロしている人間には心当たりがあった。

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