第2話 怒りと驚き
俺は男の言葉に苛立って家を目指して歩いていた。
「事実なんですから気を悪くすることもないでしょうに」
「……もっとあるだろ。火を出したり、重力を操ったり、時を止めたり。なんだよ。超身体能力ってアスリートかよ」
「でも体感したでしょう? さっきの身のこなしを」
俺がふてくされていったことにも男は律儀に言葉を返してくる。
どうにか説得しようとしているのか男はしつこく俺の後ろについてきていた。
事実、スーツを身にまとった時の痛みの軽減はすごかった。動きだって生身の俺じゃ不可能なものだった。だからといって納得できない。町まるごと直すような力を見せられて規模感が違いすぎるってもんだ。
「体感はしましたよ。しかし、なんでこんなに町を壊し、壊されながら体感しなきゃならないのかはわかりません。俺の家だって瓦礫の山になってるんですよ」
「家の方はご心配なく、同じように直してあります。体感していただく理由の一つは先程戦ってもらったあの黒の男を倒すためですよ」
何度も繰り返された言葉に俺はその場で立ち止まり振り返った。
「俺はただの中学生です。そんなことより勉強が大事だって他の大人なら言うと思いますよ」
「……知ってますよ。あなたは私たちを前から知っていたでしょう」
途端に話題を転換してきた男に俺はもう一度歩き始める。とうとう知っている人物に出会えたのか。しかし、俺はなにを探していたのだったか。
「周囲に話していたそうですね。変身して戦うヒーローがいると」
「……」
薄れていた記憶が少しずつ鮮明になってきているのだがどうもまだ実感がわかない。俺が探し求めていたのは今の状況なのか。
「周りにはおかしい子として扱われても信じ続け、話し続けていたそうですね。他にだれかも見たんじゃないかと」
「……」
とても気になる言葉だが今はそれどころではない。黒の男に投げ飛ばされたせいでどうやら相当遠くに来てしまったらしい。あれだけ飛ばされたのに家が鮮明に見えたのはスーツの力か。
「そして真似事のように周囲の問題に立ち向かっていたのは事実とうかがいました」
「……」
今の俺は飛ばされたのもどこからだかわからない。一度学校の裏山へ行き、家を目指した方が速そうだった。
「私たちとしては新しい戦力の発見として受け入れたかったのですが準備に時間がかかってしまいました。申し訳ありません」
「……」
黙っていても言葉を続ける男。
だがしかし、どれも事実で学校の周辺の人物なら少し思い出せばあのことねと納得できるレベルのことで今更隠したって仕方がない。
なるほど、だいたいわかってきた。俺は小さい頃にスーツの男の戦いを見ていた。憧れて話を共有しようとして失敗に終わってからは問題の解決を目指してきた。記憶は薄れていたが心には残っていたらしい。
男には見えないように笑うと俺は表情を消して向き合った。
「わかりました。話を聞きましょう。その代わりに俺を家まで案内してください。それと話は家までの間に話しきるようにまとめてください」
「注文が多いですけどわかりました」
俺は立ち位置を入れ替え男に先を歩かせて家を目指した。
「あなたが見ていたのは事実です」
男はまずそう言った。
「そうでしょうね。だんだんと思い出してきました。さっきの見た目は戦っていた2人の見た目に似ているどころかむしろ本物でした。じゃ、どうして俺しか知らないんですか」
「それは簡単です。さっきも見たでしょう。空にかかる虹と同時に直る町を。あれが答えです。では続きを……」
「ちょっと待ってください。全然わからないです。それがどうして俺しか知らないことになるんですか」
「能力です。あなたの場合は超身体能力ですが人の記憶に干渉したり、町を直したりしているのです。これは先程もいいましたね」
「ということは能力を使って事実を隠蔽しているってことですか」
「そうとも言えます」
「なにが起きてるとも知らずに人々を危険に晒してるんですか」
「わかります。その気持は。しかし、言ってどうにかなりますか?」
男は少しだけ悲しそうにうつむきながら言った。まるで話したあとの世界を見てきたかのように。もしかしたら記憶に干渉できるなら話してどうなるか試したのかもしれない。
「話を戻しましょう。私たちは先程の黒の男のような人物と日々能力を使い戦い続けています。今も世界中で反対勢力に対抗するためにたくさんの仲間たちが鍛え、実戦に当たっています。ですが、おそらくあなたが見たと思われる方は死にました」
「死んだって、どっちが?」
「虹色の方です。歴代の海東の者でした」
「じゃあ、もう1人は?」
「まだ生きています。そして、今の敵の総大将です」
俺は衝撃に息を呑んでいた。俺の記憶では虹色の男は年をとっているようには思えなかった。しかし、それは能力によるものだったのかもしれない。そうでなければ優勢だったはずの虹色の男が漆黒の男にとどめをさしそこねるということは考えられない。
「だからなのですよ。あなたにその力を渡したのは。それは彼らと同じ物。本来所有者の死と同時に役目を終える自由変形ロボが歴戦の彼らの物だけ受け継がれてきた。それがいまあなたの手に渡ったのです」
「いや、だから、どうして俺なんですか。受け継がれてきた物を渡す理由がないじゃないですか」
「血が途絶え、今まで1人もいなかった天然のベルトへの耐性をもった者が現れた。それ以上に理由は必要ですか?」
当たり前のことのように言う男。
しかし、俺は納得できないでいた。
「わからない。わからない。なんでそれが俺じゃなきゃいけない理由になるって言うんだ!」
「ええ。今はそれでいいのです」
「俺がよくない。それに俺はただの中学生です。こんなことと関わったってどうにかできるわけがない。それに、あんたはいったいだれで、どうして体が少しずつ崩れてるんですか」
「もう少しであなたの家です。答えはそこについてからでも遅くはないでしょう」
外では話したくないことなのか俺と男はそこからは家まで無言で歩いた。
「ではお邪魔します」
「なに勝手に入ることになってるんですか」
俺はドアノブに手をかけようとする男の前に立ちふさがった。
「中でないと困るので。初対面では家に入れてくれたじゃないですか」
「それは配達だったからで……」
「配達員なら入れるんですか? 私は配達員だった者ですが」
「あーもう。わかりましたから入ってください」
俺は面倒くさくなりドアを開けた。
男は中へ入り、俺がドアを閉めたことを確認すると突然ビリビリと音を立てながら体を裂き始めた。
「ちょっと、なにしてるんですか」
「ああ、これ? もう駄目かなーってやっぱり暑いね」
男の中から出てきたのは汗をかいた同い年くらいの見た目の少女。
肩より少し長い髪を印象的な青いシュシュによってポニーテールにまとめている。
話し方も普段の通りになったのか先程までのかしこまった雰囲気も失われていた。
両手でパタパタと仰ぐ火照った顔にはどこかで見覚えがある。
「どういうことだよ」
「これが私の能力。治癒の応用した使い方よ」
「いや、そっちじゃなくて、お前……」
「お前呼びはひどいな。その感じだとわかってるね。私がだれか。そう。薫くんのクラスメイトの榎並豊美よ。さ、ご両親は出張でいないんでしょ? 私が夕飯を作ってあげるからちょっと待ってるといいわ」
「待て、待てって。なんでそんなこと知ってんだよ」
俺の言葉を聞き入れず遠慮もなしに豊美は家の中へと入っていった。そりゃ家に入れたのは俺だがもう少し配慮みたいなものはないものか。仮にも同級生の異性の家だというのに、そう思って意識してるのは俺だけなのか。
しかし、顔も声も同じはずだが俺の豊美の印象としては三つ編み眼鏡でいつもおどおどしていて自信なさげな気がしていたのだが、今のところそんな雰囲気は微塵も見せず快活そうな印象だ。
急に止めに入るスキも見当たらず俺は不安になりながら仕方なくリビングの椅子に座った。
改めて見てみても顔の輪郭や見た目も同じなのだがどうも雰囲気が似ていない。俺が動揺していて違うように見えているだけだろうか。
男の中から女が出てきたり、家から急に投げ出されたり、町が一瞬にして元に戻ったり、過去のあこがれは本当だったとわかったり、正直なにがなんだかまだ飲み込めていないが俺は頭の中で考えながら豊美の料理を見ていた。
じっと見ていると視線に気づいたのか笑顔を向けられる。
「どうしたの?」
豊美は心配した様子で俺に話しかけてきた。
「なにが?」
「泣いてるから」
「え」
頬を拭うと気づいていなかったが、たしかに涙が流れていた。
「あれ? 止まらないな」
先程までと変わった様子はなかったのに何故か頬を流れる涙は止まらなかった。いくら拭おうともその状況は変わらなかった。
俺の様子に豊美は料理の手を止めると、涙を拭っている俺のもとに駆け寄ってきた。
「大丈夫。大丈夫だよ」
突然腕が背中に回され、豊美の温かさが体を包んだ。俺は身構えるよりも安心体を預けていた。
「そりゃそうだよ。無理を強いているのはわかる。否定されてきたことが真実だと告げられ安全な場所に来て安心したのもわかる。辛いかもしれないけど、これは現実なんだよ」
優しげに声をかけてくれる豊美に俺は嗚咽を漏らすことしかできなかった。
これもまた豊美の能力なのだろうか。
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