第1話 再会と呆れ
「嘘だろ!?」
「はは、なんだそれ。そんなことあるかよ。ベルトがちぎれるってなんだよ」
友の雄太が笑いながら言ってきた。
「知らないよ。壊れたもんは壊れたってだけだろ?」
「そうだけど、普通そんな壊れ方するか? あれだろ。ベルトを武器にして振り回したりしてたろ」
普段俺がなにをしていると思っているのか、そんないわれのないことを言ってきた。
「してないわ。なんでそんなことしなきゃいけないんだよ」
「そりゃあ、いつも喧嘩してるからだよ。その時にブンブンと振り回してると想像できる」
「しないから。ベルトは武器にならないだろ。しかも喧嘩はしたくてしてるんじゃないから。裕也のせいだよ」
俺としては裕也の喧嘩を持ち込んでくるくせは本当にどうにかしてほしい。
「そうなの? まあ武器にはなるよ。そこそこ長いし。おもうこんなとこか。じゃな。月曜日までにはどうにか新しいのを見つけてくるんだな。あ、そうだ、俺のは?」
「そしたらお前のなくなるだろ」
「そっか、じゃあ得意の喧嘩で……」
「だから。そんなことのためにやってないから」
「ははは、そうだったな。じゃあな」
「じゃあな。でも、気をつけろよ」
「おーう」
雄太は手を振り帰っていった。俺も見えなくなるまで手を振り返した。
しかし、1人で冷静に見てみるとベルトの切れ方は自然に切れた切れ方じゃない。刃物で切られたようにキレイに真っ直ぐ切断されているのだ。
だが、困っているのも事実。壊れたことは運が悪いが今日は木曜の放課後で明日は開校記念日だ。急いで金土日と探せばどうにかなるだろう。ベルトなんてそんなに珍しいものじゃないし。それに俺には心当たりもある。
俺も少し急いで家に向かった。
ない。
ベルトがない。
予備があったはずだがどこにもない。
なにかあった時のためとして制服一式を予備として持っていたはずなのだが丸々どこにもなかった。勘違いでもしていたのだろうか。
「弱ったな」
変な汗が出て心臓の辺りが冷やされる感じがする。自分でも焦っているのがわかる。
しかし、焦っても仕方ない。しかも時間はまだたっぷりとあるのだ。最悪買いに行けばいいだろう。そう思って改めてまだ見ていないところを探していった。
晴れ渡る青空。光る太陽。夏の暑い日に俺は家でベルトを探していた。
家にはクーラーがあり日が暮れても暑い今の時期ではなかったら直ぐに汗で体がベタついていたことだろう。
何事もなければズボンが落ちることもないのだが、なんとなく支えとして存在していたものがなくなると不安になる。これは違和感だろう。
ピンポーン。
真剣に探していると集中を奪うように家のチャイムが鳴った。
どうしようかと思ったが思い返せば家の中にはだれもいない。
俺は作業を中断しインターフォンのカメラに映る人物を確認して応答する。
「はい」
「どうも、こんにちはー」
いたのは見知らぬおじさんで風貌からして配達に来たらしいことがわかった。手にダンボールも持っている。
「今、出ます」
俺は一言返事をして小走りで玄関まで行った。
サンダルを履きドアノブに手をかけると力を込めてドアを押し開ける。
「こんにちは、お間違えなければサインお願いします」
「はい」
住所も名前も間違いはなく俺宛の物だった。
「こちら賞品でございます」
「賞品ですか?」
「ええ。標語コンクールの」
「ああ」
学校で毎年参加させられるあれかと納得した。そういえば受賞していたような気もする。
送り主の欄に書いてあることから配達員の人も知っているのだろう。
「良ければこの場で中身のご確認をしていただいてもよろしいですか?」
「え!?」
「一応中身まで確認していただくのが今回の仕事でして」
申し訳なさそうにして言う少し歳のとった見た目の配達員。
「なるほど。そういうことなら確認します。どうぞ中へ入ってください」
「では、失礼します」
あくまで玄関で終えるだけだがこのまま暑い空気で家中を暑くされても困る。
俺は配達員を中へ入れる傍らでダンボールを手でちぎって開けた。
配達員が驚くように目を開けたがどうせ俺の物だ。丁寧にして時間をかけるよりいい。
「これはベルトですか?」
「ええ。学校指定の物と同じかと」
たしかに、ダンボールの中に入っていたベルトはさっきまで俺が身に着けて使っていたベルトと瓜二つだった。今の俺としては渡りに船だが賞品と言ってもこんなものか。
がっかりしているのが顔に出ていたのかさらに申し訳なさそうな顔にして配達員の人が言ってきた。
「サイズの確認もしていただけますか?」
「はあ、本当に賞品ですか?」
「ええ。もちろんですとも。この日のために用意した物だそうです。お気に召しませんでしたか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
俺はここにきてさすがに怪しいと思ったが、ちょうど探していた物が目の前にあり、つけてもいいということで俺は反射的にベルトを腰に巻いていた。見た目だけでなくサイズも同じものだったのか傷以外はまさしく同じベルトだった。
「大丈夫そうですね。では、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
配達員は満足したような笑顔をすると頭を下げて帰っていった。
俺はダンボールを片付けるとそのまま自室に戻りベッドの上で横になった。何故かどっと疲れた気がして目をつぶる。
ダラダラしている場合じゃない。俺は目を見開くと立ち上がり机に向かい宿題を取り出す。
まだ学校で出された宿題が終わっていない。今日はまだ木曜日だがだからこそいつもより少し多い。急いでやっておいて損はなさそうな量だった。
しかし、俺のそんな決意をあざ笑うように腰の辺りが突然光りだした。白くまばゆい光に思わず目をつぶると体を覆うようになにかがまとわりつく感覚があった。それは腰から広がりそして全身を包んでいった。
「なんだこれ」
覆われたはずの体は以前より椅子に座っている感覚や足で床を踏んでいる感覚、そして、肌が空気と触れる感覚が鮮明に感じ取れた。エアコンの風が右から左へと流れるその冷たさはまるで真冬のように感じられた。
変化はそれだけでなく視界も窓から見える外の景色の輪郭、色味がくっきりとしていた。頭も覆われた感覚はあったのだが視界が奪われず呼吸も妨げられていない。
そこで俺は自分の体を確認した。自分の体は白い特殊なスーツのようで服の上から着ているはずだがピッタリと体に密着しているように見えた。それに俺はこの服装をどこかで見たような気がする。
自分の体を観察していると家が揺れ窓ガラスが粉々になった。
なにが起きているのかわからず動けないでいると俺は割れた窓の外から伸びてくる黒い手に家の外へ投げ出された。反応できないほどの速さだった。
「痛っ!」
反射的に叫んでいたが地面に打ち付けられた痛みはそれほど強くは感じられず、単に壁に体をぶつけた程度だった。十分痛いが瞬時に想像したものと比べればどうということはない。
このスーツは衝撃も吸収できるのか?
投げられた方を見ると、俺の家の屋根に黒色の俺と似たような黒いスーツに身を包んだ人物が立っていた。性別はおそらくは男だろうと思った。体に密着しているため男性的なシルエットからそう判断した。
人物は屋根瓦を後方へ蹴飛ばしながら俺の方へと飛んできた。反応できず今度は鈍痛が腹をついた。
二撃目も反応も視認もできなかった。気づいたら目の前にいたような速さ。これは現実なのか。
地面にめり込むように叩きつけられながらそれでも普段の喧嘩の時ほどの痛みがないことに気づいた。速いが戦えるか。
「お前、何者だ」
マスクによってくぐもる声で黒いスーツの人物に聞くがピタリと動きを止めたかと思うと大きく後ろに下がり構え直しただけだった。
「答える気はないのね」
その言葉にも返事はなかった。
今の俺の見た目といい、目の前にいる黒いスーツの人物の見た目といい、なにが起こっているのかはさっぱりだ。だがしかし、なにかが起こっているのはたしからしい。そして俺は目の前の男に襲われる理由があるらしい。
それに加えてさっきからなにか大切なことを思い出そうとしている気がする。子どもの頃の記憶のようななにか。
「避難完了しました」
突然の後ろからの呼びかけの声に一瞬振り返りそうになってから視線を男からそらさずに聞く。
「その声さっきの配達員。なにがだよ。あんたはなにか知ってるのか?」
「はい」
「これはなんだ? 今はどんな状況なんだ?」
「説明したいのはやまやまなのですが、私がだらだら説明していればおそらくやられてしまうので端的に、あの黒の男のひときわ強く光っている拳。あれを破壊していただければこの場はなんとかなります」
「何故?」
「それはこの戦いが無事に終わったらじっくりお話いたしますので」
全力で走り去っていく足音。やられるとか物騒なことを言ってた。それに、無事に済んだらってどういうことだ。無事にすまない可能性もあるのか?
振り返りたい衝動に駆られながらも俺は必死に黒の男を睨み続ける。
配達員の言う通り右拳がひときわ強く光っている。光を反射していると言うにはあまりに不自然に拳が発光しているように明るい。あれを破壊するとなにが起きるのか。俺の体にも光っている部分があるのか?
「考えても仕方ない。行くぜ!」
俺は自分に言い聞かせるように叫んだ。
もうすでに先手は取られているが構わず全速力で黒の男の右拳だけを狙った。
体が妙に軽く視界がぐにゃりと歪んだかと思うと目前に黒く輝く拳が現れ、俺の拳は吸い寄せられるように繰り出されていた。
想像以上に動きやすく、そして、思ったように動く体に興奮を覚える余裕もあった。
横からなにかが挟まれることを気にもとめずに俺は拳を打ち出した。
ピキ、とひび割れる音。その少しあとに黒の男の体は学校の裏山まで飛んでいった。
「終わったのか」
腰部が光り俺の見た目が元の状態である制服姿に戻ると俺は配達員の姿を探した。
「逃げたのか」
「ここですよ」
「うお」
どこから飛び出してきたのか目の前に突然飛び出してきた配達員の男。
「攻撃されればやられるかもしれないとはいえ説明もなしに逃げ出すほどのろくでなしではありません」
言ってきたのは老年の男。深くかぶっていた帽子は飛ばされてしまったのかシワの多い顔を隠す物がなくなっていた。
「あなたが?」
「ああ、帽子を目深にかぶってましたからね。でも声でわかりません?」
落ち着いて聞いてみるとたしかに配達員の男らしい。先程とっさに声を判断できていたのは見た目が変わって感覚が鋭くなっていたからか。
「同じような気もします」
「では」
おホンと咳払いすると、男は俺に向き直り姿勢を正した。
「まだ終わっていません」
「でも、俺は元に戻りましたよ。それに壊れたような音も聞こえました」
「証明するために、失礼」
そう言って男は俺のベルトに手をかけ、
「ちょ、ちょっと、なにやってるんですか」
俺は勢いよく飛び退いて男の手を逃れた。
「なんなんですか。どういうことですか」
「そうですね。私がやらなくてもいいですね。あの、すみませんがベルトを外してもらえますか?」
「嫌ですよ。なんでこんな町中で外さなきゃいけないんですか」
「外せないことがわかればいいのです。そのベルトはあなたの身を守る自由変形ロボの一つの姿です。そのため戦闘が終了するまではなにがあろうと外れません」
「……本当だ」
ベルトに抵抗されているのか接着剤で固定されているようにどこも動かすことができない。ほとんど腰にそのままくっついているような状態になっている。
「なんなんですか。これ、自由変形ロボってなんですか」
「……」
男は俺の質問に答えることなく黙って空を見上げた。
つられるように見上げると、空に虹がかかった。と同時に瓦礫の山になっていた町は元の状態よりもキレイなのではと思うほど傷一つない新品のような建物や道路へと戻っていった。
俺はこれと似た現象をどこかで見たような気がする。
「これは?」
「あなたの身を包んだ自由変形ロボの力の一つ」
「ということは俺がこの町を直したのか」
感慨とともに辺りを見回す。
「それは違います。この町を直したのは別の方の能力です」
「それなら、俺の能力はなんですか?」
俺は期待して男に聞いた。
「さしずめ超身体能力もしくは身体能力向上といったところでしょう。そして、自由変形ロボの名前は能力によって決まります。あなたのは単純な力の強化型だからパワーって感じですね」
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