学校の賞品としてもらったベルトは自由変形ロボでした
川野マグロ(マグローK)
プロローグ 興奮と諦め
家の上に二つの人影があった。
2人の間を飛び交う火花。夏の夜でもないのに輝く閃光に俺は心を奪われた。
片方の色は漆黒でもう片方はこの世のすべての色を集めたような虹色。
「おい。薫。おい!」
町中の家の屋根の上で戦闘用の特殊なスーツのようなものを身に纏った二つの影。
テレビで見るような臨場感と興奮が俺の胸を高鳴らせた。
「おい、おい! いい加減気づけよ」
突然、友が言葉とともに俺の肩を強く揺さぶってきたことで俺は我にかえった。
「なんだよ。今いいところだろ。あれを見ろよ。本物だぜ。こんなのもう人生の中で二度と見ることは叶わないんじゃないか?」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。周りをよく見てみろよ。みんな逃げてる。そうだよ。薫の言うようにこれは現実なんだ」
俺が言った本物とは現実という意味じゃないのだが、友の言葉を疑い俺は周りを見た。だが、友の言う通り、子どもだけでなく大人までもが泣き叫びながら町中を逃げ惑っていた。
どこへ逃げるといった意思を持った様子もなく、ただただわめいて走っていた。
「これもまた撮影だろ? あ、あれだよ。やっぱりあくまで作り物なんだよ」
「そんなわけないだろ。……危ない!」
俺は大きな声とともに友に揺さぶられていた肩をいきなり強く押されて尻もちをついた。
激しい痛みに顔を歪めるまでもなく俺の顔は自分でも引きつっているのがよくわかった。
その理由は俺がついさっきいたところを瓦礫が通ったからだった。
辺りを見回し安全を確認してから瓦礫の素材を確かめるとかえってくる感触は固く、発泡スチロールではないことがわかった。
「おい。どうなってんだよ。なんだよこれすげーよ。やっぱりもっと近づいてみようぜ!」
「絶対にお前はおかしいからな。なんかよくわかんないけど、あそこの2人が戦っててけがした人もいるって話してるのを聞いた。だから俺たちも馬鹿なこと言ってないで逃げるぞ」
さすがの俺の友も状況が状況だからか普段の威勢の良さはどこへやら半泣きになりながら俺に言ってきた。
「ばっかじゃねぇの? こんなところで逃げたら男じゃないぜ」
「馬鹿はお前だよ。なに言ってんだよ。強がるなよ。手は冷たいし、全身で震えてるし、まともに立ててないし、顔は青ざめてるじゃんか。全然説得力がないんだよ」
俺としては逆に自分の胸の高鳴りを抑えることができずもっと近くで見るためにどうしたらいいか、友の言うことを言葉半分に聞いていたのだが外から見ればそうでもないらしい。
たしかに俺としたことが友に押されてからずっと地べたに座り込んだままだった。
俺は地面に手をついて立ち上がった。
「ほら、立てただろ? な、行こうぜ」
「俺は嫌だ。どうなっても知らないからな」
俺の言葉に友は捨て台詞を残し、走って人混みの中へと消えていった。
「つってもどうすっかな」
近づくとは言ったものの特に決め事があるわけではなかった。
俺は普段のいたずらで培ってきた隠れ身の術と身のこなしで人波を縫って二つの影が戦っていた場所に少しずつ近づいていった。
戦場が高い場所にある以上、足元だとよく見えない。高層ビルを見上げる時と同じだと自分に言い聞かせて、遠すぎず近すぎない距離を目指した。
「ここだ」
家の間を何軒通ったかわからなくなったが、戦っている2人が視界に収められる距離まで来た。人の流れも逃げるのが終わったのかほとんどない場所だ。
「本当にこんな場所にガキがいるとはね。ほら帰った帰った。ここは危ないぞ。ま、見りゃわかるか」
「だれだよおっさん」
俺はくぐもった声に反射的に返していた。
振り返って見てみると、俺に話しかけてきたのは全身ピンクの体に密着しているスーツみたいな服装で頭にはヘルメットのようなものをかぶっている人物。俺としては同じ格好でその辺を歩くのは嫌だなぁと思った。
「おっさ、あのねぇ。顔が見えなくて声がこもってるからって初対面の人間におっさんは駄目だと思うな」
目の前の人物の言葉に改めてよく見てみるとかぶり物によって声は低く聞こえたが女性のような体型をしているのは明らかだった。加えて戦っている2人と同じような格好だとわかった。
「たしかにおっさんは悪かったけど、あんただって初対面なのにガキって言ったじゃねぇかよ」
「口の聞き方がなってないな。でも私に非があったのも事実。違う。こんなこと言ってないでさっさと逃げるよ」
「あ、おい。ふざけんな。せっかく絶好のスポットを見つけたんだから。おんなじ格好なのと関係あんのかよ」
「う。そ、そうね。ちょ、ちょっとだけだよ」
女性は痛いところを突かれたのか態度を変えた。
「おう!」
謎の女性の許しに胸を躍らせた俺は二つの影に向き直った。
「よし、そこだっ!」
「そうだいけ! やった!」
女性が応援しているのと俺が応援しているのは同じカラフルな人物だ。
やはり遠目からもスーツのデザインが女性のものと似ている気がするが仲間かなにかなのだろうか。
敵対しているのは吸い込まれそうなほど黒く、これまた同じような格好をした人物だ。仲間割れだろうか。
2人とも距離があって性別まではわからないが今はそんなことどうでもよかった。
「「いえー!」」
「は、しまった。もう満足したでしょ。さすがにこれ以上はまずいから逃げるよ」
俺とハイタッチしたことで我にかえったのか、女性は途端に態度を変えて俺の背中を押してきた。
「ちぇっ。でもいいよ見せてくれたし。もう決定的な気がするし」
俺は抵抗するでもなく押されるままに歩いていた。
「無駄口は走りながら聞くから」
少し開けた場所に出ると俺は突然、女性に米俵のように担がれて車に乗ったようなスピードでどこかへと連れて行かれているようだった。
「なんだよこれ。見れたし、終わったし、なんだよ。ここから家に帰るくらい1人でできるよ。こっそり戻ってきて見たりしないから」
「いいから。私たちは一般人の避難のために来ていて、君みたいなのを避難させなきゃいけないの」
「見てたくせに」
「そう! 見てたのよ。だから急いで報告しないとなの。どこでサボってたとか怒られるから」
「おおい、どういうことだよ。どういうことだよ」
「いいから、暴れないで、黙ってて。君も見たいもの見れたんだし」
「君もって」
「いいから黙ってて!」
視界が勢いよく流れいく中、俺は黙り込んだ。
無駄口が終わったとかそんなつもりはなかったけど俺を担ぐ女性の雰囲気が変わった気がしたからだ。普段の俺なら馬鹿騒ぎをしていた気がするけどさっきまでの緊張とこの人なら大丈夫という思いで俺は少し安心したのかもしれない。
憧れているものを見ていた人から、子どもを相手にする大人へ、そして、真剣な女性に変わった気がした。しかし、なにに対して真剣になっているのかは俺にはわからない。
ただ、俺は安心と同時に今のスピードで落とされたらどうなるかわからないことへの恐怖も抱いていた。
それからは少しの間、女性から声をかけてくることもなかった。
俺は移動中何事もなく無事だった。
女性に地面降ろされるとキョロキョロとしていた母さんが泣きながら駆け寄ってきて女性に向けて、
「ありがとうございます。ありがとうございます」
と何度も感謝の言葉を伝えていた。
女性は照れたような仕草をしながら、仕事があるのでと言ってどこかへ行ってしまった。
もう少し話したかった。子どものようにはしゃいでいたあの女性と。楽しそうに笑っていたあの声を今度は仮面を取って聞きたかった。いつかそんな日がくるだろうか。
「さ、帰ろっか」
俺は母さんの手に引かれ、これまた少し安心してから確かめるろを振り返ることもなく家に帰った。
「あのさ、さっきのことだけど」
空には虹がかかっていた。雨なんか降ってなかったのに不思議だなと思ったが俺はそれよりも別の視点からの情報が欲しかった。
父の帰りが少し遅くなったことで自動的に待たされたが夕飯は俺の好物の唐揚げだった。俺が無事だったお祝いということらしい。
「さっき?」
「なにかあったのか?」
「さあ? なにかあった?」
「いや、わからんな」
両親は2人して顔を見合わせて腕を組みながら何度も首をかしげている。
「え、ほら、家の屋根の上で人が2人戦ってて、人が泣きわめきながら避難して他じゃん」
「そんな災害みたいなことあった?」
「あったら覚えてるだろ」
「嘘だ。本当に嘘だよね? 冗談とか?」
「寝ぼけてるって時間じゃないし、疲れてるんじゃない?」
「違う。嘘でも寝ぼけてるんでもないって。本当に覚えてないの?」
「だが、知らんしなぁ」
「じゃ、この唐揚げ。うちは普通の日なら食べないじゃない」
「そうね。でも、こういう日もあるわよ」
「そんな……」
「現実かどうかもわかってないんだし、今日は早く寝なさい」
俺は混乱した。だが状況は二対一。そして、心配そうな両親の顔に俺はほんの少しなかったのかなと思って、その日はシャワーを浴び、風呂に入って、布団に入った。
いつもよりも早い時間だったと思う。
それでもなかなか寝付けなくて、やっぱり現実だったって強く思った。しかし、周りが知らないみたいになっていて、そんな現実に対して前触れもなく涙が出てきて、起きたり寝たりを繰り返していた。
気づけば朝になっていた。
「おはよう。調子はどう?」
母さんが聞いてきた。
今朝はなんてことのない食パンと牛乳。
「元気だよ。ところで、昨日のこと思い出せた?」
俺は少しの期待を胸に母に聞いた。
「そう。本当にあったのかしらね。でも、全然思い出せないのよ」
「母さん、泣いて駆け寄ってきたじゃん」
「うーん。さっぱりだわ。覚えてないのよ」
話していると食事は食べた感覚もなくいつの間にかなくなっていた。
俺は学校へ行く支度を済ませた。
玄関で母さんを振り返る。
「さ、私は覚えてないけど友だちは 覚えてるかもしれないことだし、行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
家族が覚えていなかった悲しさとだれかは覚えているかもしれないという淡い期待を胸に外へ出た。だが、俺の期待を簡単に裏切るような光景が眼前に広がっていた。
昨日は砂埃が舞い瓦礫の山となっていた町が一夜にして何事もなかったかのように整えられていた。
だれがなにをすればこんなことになるのか。今までだって騒ぎになっていないことを考えれば、きっと戦っていた彼らなのかもしれない。だがしかし、俺は目に入ってきたものが信じられずに走って学校へ向かった。
どこもかしこもピカピカしていてそれはみんなが揃って修繕をして同時に終わったような光景に見えた。
周りを見ていたからか俺は目の前に人がいることに気づかなかった。
「すみませ……」
「俺だよ。おいどうしたんだよ。そんなに焦って、いつも遅刻ギリギリで登校してくるお前が今日に限って早いな」
昨日は逃げ出した友が俺の様子を訝しんで聞いてきた。
「おはよう。でもそれどころじゃないんだよ」
「なにがだよ。焦りすぎじゃないか? 今日はなんかあったか?」
「驚かないで聞いてくれよ。俺の母さんも父さんも昨日のことを覚えてないんだ」
嘘だろという反応を期待したがもはや予想通り。
「昨日って特別なことあったか?」
昨日、同じ場所で人の波を見たはずの友は不思議そうな表情で真剣に聞き返してきた。
混乱しているのかもしれないという思いから一応説明してみることにする。
周りの光り輝くコンビニやマンションだけでなく道路に車を眺めながら学校への道をゆっくりと歩いていく、呼吸を整えて俺は口を開いた。
「昨日見た家の屋根の上で戦ってた2人についてだよ。大人も子どもも泣きわめきながらそこらを走り回ってたじゃないか」
「……いや、なかったよ。お前、それ夢でも見たんだろうよ」
「違うんだって。現実で、そうだよ。そもそもこんなにキレイなのはおかしいだろ」
「少しキレイすぎるけど、別におかしくはないだろ」
「おかしいって。なんでどこもかしこも新品みたいになってんだよ。昨日までどこもこんなキレイじゃなかっただろ。それに工事だってしてた覚えはないし」
「知らないって。夢と現実がごちゃごちゃになってんだよ。ちょっと落ち着けよ。もう着いてるぞ」
「マジかよ」
俺は周囲を見回し、自分が奇異の目で見られていることに気づき、黙ってうつむいた。さっきまで騒いでたのは俺だが、ここまで否定的意見が多いとさすがに自分が少数だと理解した。
これ以上周りの注目を浴びるのも嫌になった。
「夢の話はまたあとで聞いてやるから。そういう話自体は俺だって好きだし」
「いや……」
「わかった。現実なんだろ」
どこか優しく接してくる友に俺は悲しさと寂しさを抱きながら、いつもよりゴムの擦れる音が鳴る上履きでいつもより光を反射している学校の廊下を歩き、表面がツルツルになっている席に着いた。
目立つのは嫌だったが一応聞ける限りは確認をした。だが、結局だれも覚えていなかった。必死になって探したのは最初の一週間くらいまでだったと思う。
それっぽく話を合わせてくれたのはみんなにオタクと言われているクラスメイトだけで途中までは記憶を共有している気分になれたが次第に溝が深まっているのがわかり、俺は距離を置いた。
俺だってファンタジーは好きだが俺が話してるのはリアルの話なんだと主張はした。しかし、友も含めてだれも心から信じてくれる者はいなかった。
あれからすでに5年の月日が過ぎた。
俺もさすがに意味がないと学習し無闇にあの時のことを話すことはなくなった。
今でも記憶を共有したいと心の底から思っているが、もう諦めかけている。
真剣に話せば話すほど周りが優しく接してくるのが怖くて、黙っていることも増えた。
最近はこの記憶も薄れてきているのか思い出そうとすると霧がかかったようになってまともに思い出すこともできなくなっている。
だからか、今では俺も夢を現実と見間違えたんじゃないかと思うようになってきている。
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