第44話 大いなる過ち

 悩んだ挙句、ウィルは全てをその軍人に語った。事実を伝えなければこのまま竜は暴走し、大災厄を引き起こすことになるだろう。そうなってしまえばもはや竜を救う救わない以前の問題となってしまう。


「成る程、あの竜たちが暴走してその"大災厄"が起きるかもしれないという事か」


 そう言うと、カナンと言う軍人は腕を組んで何やら考え出した。


「しかし今更竜騎兵計画を中止することも出来ない、と言うより我々の手を離れて暴走してしまっている。知ってると思うが、あの場所は今は正体不明の何者かに占領されている。恐らくモロス皇子の手先だろうがね。

 軍議で"正体不明なのだから軍を差し向けて急襲させて奪い返せ"って言ったら、保守派の上の連中に目の色変えて反対されたわ。全く分かりやすい」


 ウィルはそんな話を滔々と語るカナンを見るうちに、この人は第二皇子側の人なのだろうなと薄々感じていた。そうでなければこんな話などしないはずだ。


「と言っても、今聞いた話が本当なら大変だ。すぐに竜の使用を止めさせるように、もう一度軍議で言ってみよう」

「有難う御座います。あとその竜なのですが、なるべく森に返していただきたいのですが……」


 ウィルがそう言うと、カナンは「何故?」と言った目線を向けてきた。


「気になっていたのだが、君達があちこちでいろいろとやっているのはミラム皇太子妃の女中のルフィアから聞いている。しかしな、打算的な事を聞くようだが、こんな事に首を突っ込んで君達に何の得があるんだい?」


 その問いかけにウィルは一瞬答えに迷ったが、その代わりにメルが即答した。


「そんなの決まっています。私がそうしたいからです」


 メルの言葉にカナンは意外そうに眼を開いた。


「はっきり言いますが、そんな大層な理由ではありません。最初は奪われた私の家を取り返す為でしたけど、いろんな人に出会って大切な友達も出来て、伝説の生き物だったはずの竜にも出会えて。私はその色々な偶然とよすがの為に、この騒ぎに飛び込んでいるのです。


 知ってるとは思いますが、確かにこの騒動のせいで私の両親は亡くなりました。これからは私1人で生きていかなければなりませんが、その為の家だって接収されて返ってくるのかわかりません。でも両親を弔うにしたって、一区切りつけないと出来ないじゃないですか。


 だからこそ私は、私の為に首を突っ込むんです。たとえ死にかけても、その友達やお世話になった家族の為に。そして亡くなった両親を弔って、堂々と顔向けできるようになる為に」


 メルは真っすぐとカナンの方を向いてそう言った。まるで言葉の節々に強い意志と無念を込め、自らの意思を再確認するように。


「――成る程な、君たちの意志はよくわかった。若い君達にばかり心労をかけさせたようだが、ここからは俺も全力で手を貸そう。ミラム皇太子妃とは色々あって親交も深いし、助けられる事も多かろう。


 こう言っては難だが、竜騎兵計画如きに可惜あたら人が死にすぎた。軍属、民間人を問わずだ。しかも国政はローランド皇子派とモロス皇子派に分かれて内輪揉めときた。しかもそのモロス皇子と支持する保守派は何やらキナ臭い動きを見せているというし、まったく嫌になる」


 そこまで一気に言い切ると、カナンは大きく息を吐いた。


「ふぅ、すまないね。こんな事を君達に行っても仕方ないのだが……」

「いえいえ、軍で偉くなっても大変なんだなと」

「わかってもらえると助かるよ。国民の中には"軍は税金泥棒"とか言う人もいるしね」


 その後は今後の事や取りとめも無いことを話し、ラグナ達が戻ってきたところで再び少し話してお開きになった。結局ウィルとメルはローランドとは会っていない。


 当初の目標であったモロス皇子を失脚させるという話は、二度目の襲撃の際の裏を取り、誰がそれを指示したかを追及すれば自ずと良い方向につながるという事で納得した。一度目は依然として不明だが二度目はモロス皇子が極めて怪しい。もしそこが繋がっていれば間接的に民間人を殺したことを命じたことになるので、もうこの宮殿には居られないだろうというのがカナンの考えだった。


 *


 ラグナが皇帝を診察してから5日後、年が明けて新暦804年のネゴイム1月を迎えた。いつもなら国中を挙げて盛大に新年を祝い、"新年の儀"として皇都サルタンでは宮殿の中庭までが民間に開放され皇帝が新年の祝辞を述べるのが通例ではあったのだが、今年に限ってはそれは実施されなかった。理由は"戦時中である為、戦争の完遂が先決"とされたが、真の理由は言わずもがなで皇帝が病に臥せっているからだ。


 しかし新しい年を迎えて3日程経った早朝、まだ暗い皇帝の居る寝所は、静かに大騒ぎとなった。


「皇帝が……! 皇帝が目覚められたぞ!!」

「馬鹿者っ、声が大きい。すぐに侍従長とレムリッヒ様を呼んで来いっ」


 その大騒ぎは、皇帝に不測の事態があってもすぐに対応できるように、不寝番で対応していた宮殿付きの医者の報告から始まった。

 寝所にいた2人の医者のうち1人に人を呼びに行かせ、残ったもう1人は目覚めたもののまだ虚ろな表情の皇帝陛下を診ながら、様々な感情が頭の中を駆け巡っていた。


「是非ともユラフタスに、この薬草学をご教授願いたいものだ……」


 そう絞り出すように言うと、間もなく寝所に繋がる廊下が騒がしくなるのが聞こえた。


 夜が白むにつれて皇帝の顔には生気が宿り、知らせを受けてラグナが再びミラムやローランドと共に寝所を訪れた頃には話せる程度に回復していた。


「父上! お体の方は大丈夫ですか!?」

「ローランドか……レムリッヒに聞いたが、私は1年も眠っていたようだな。そこまでの重病だとは思わなかったが……」


 そう言った瞬間、医者や侍従たちの顔がこわばった。全員がラグナの説明によって、それが何者かによって仕組まれたものだとわかってはいた。しかしそれを皇帝に伝えられるかと言えば、そうもいかない。伝え方を間違えれば不要な争いにもなりかねないのだ。


「その事も含めまして、父上が眠っておられた約1年の事についてお話ししたいのですが、宜しいでしょうか? 長くなりますが……」

「よい、話せ。いずれにせよ知らねばならぬ事だ」


 その後30分に渡って、ローランドとミラムは皇帝ライナスにこの1年の国内の動きを語った。それはライナスにとって衝撃的であり、自らの不注意を悔いた時間でもあった。


「事情は分かった。竜などという存在もだが、それよりもリハルト公国との戦闘についてだ。これは速やかに休戦協定を結び、終息せねばならぬ。今日中には閣議を開くぞ、準備をしておけ」

「父上! まだお身体も万全では無い筈、せめて明日にした方が……」

「否、こうしている間にも戦闘は続いておるのだろう? ならば一兵卒に至るまで無駄死にを出さぬよう、すぐにでも休戦工作に入る。関係各位と枢密院を集めろ」


 ライナスの決意は固く、ローランドも殊更にこれ以上の反対はしなかった。本調子ではない父の体調を気遣いはしているものの、少しでも早く休戦協定を結び、事実の解明と国内の混乱を抑えた方がいいと思っているからだ。


 *


 ライナス皇帝が目覚めたという報せは、ごく一部を除いて歓喜の声をもってイグナス連邦に知れ渡った。事情が事情という事で行われなかった新年の儀も、中庭の開放は行われなかったものの、皇帝の新年の祝辞を読売に掲載することでその代替とした。皇帝が病から立ち直ったことは、戦争開始から1年経って、膠着状態から悪い方向に抜け出しつつある戦争の事を一時でも忘れさせる、そんな明るい話題となったのだ。


 しかし同じ宮殿の敷地内にある、一の館の主だけはそうではない。


「皇帝陛下が目覚められたそうです……」


 そう震えた声で報告したのはラミスだ。目の前には何とも言えない顔をしているモロスがいた。


「とっくに知っておるわ、ミラムの知り合いだとかいう"霧間の民族"が治したらしい。何故あのような下賤な者を宮殿なぞに入れたのだ……いやそれよりもだ、父上はどう出ると思うか?」

「は、すぐに休戦工作に動くと思われます。現に枢密院や軍上層部の動きが、皇帝陛下がお目覚めになられたから突然激しくなってきております」


 そうなっては困るのだ。膠着状態でも激しい戦闘状態でもいいからリハルトとの交戦中である事は、モロスの計画の絶対条件だった。戦時中でなくても計画は実行できるが、それだと印象が悪すぎるだけなのだが。


「しかしそう簡単には休戦にはならんだろうな?」

「勿論です。そもそも開戦前の情勢からして、リハルトがこちら側の大陸に対して野心があったのは明白。それに加えて間諜からの情報では、開戦以後やっと本格的に動き出した戦線にリハルトは浮き足立っているようです。厭戦気分など微塵も見受けられないと言ってきてるので、そうそう休戦の申し入れは受けないと思われます」


 依然としてリハルト軍の攻勢は激しく、年を跨いでも最前線では善戦が続けられていた。


 しかし一方で、リハルトがいつまで戦線を維持させるかも甚だ疑問ではあった。リハルト公国から船で数日航行したところに、前線基地を置く無人島軍がある。しかしその途中にある島国のユラントス王国は中立を宣言しており、同盟国のように寄港して補給を受ける事は出来ない。つまり必然、本国から無補給で前線基地まで武器弾薬や食糧を運ばねばならず、同時に傷病兵や傷付いた船や兵器、そして新たな武器や兵を送らねばならない。兵站の維持が非常に大変なのだ。


 そうなるとイグナス側に堅固な橋頭堡を作らない限り、長期戦は嫌う筈だというのがラミスの読みであり、同時にイグナス軍としての読みでもあった。


 つまりイグナス軍としてはこの猛攻を耐え切って橋頭堡の建設を諦めさせ、それを突いてすぐにでも講和に持っていきたい。しかしモロスやラミスにとっては準備が完全に整うまでこの調子で戦争をしてもらいたいという、国内の見えないところで意見が相反している状態だった。


「しかしモロス様、こうなってくれば計画を早めるのも考えたほうがよろしいかと思われますが」

「そうだな……父上もどう出るかわからぬ、今月中には出来るか?」


 そう言われてラミスは、内心で「それは無理だ」と叫んでいた。グラシム2月には準備が出来るとは言ったが、それはかなり急いで実働部隊と折衝を重ねた結果だ。これをもっと早めるとなると、再び実働部隊や関係各所を巻き込んだ大騒ぎになる。

 しかしラミスに与えられた返事は、もとより一つしかない。


「は、畏まりました」


 *


 案の定ラミスから知らせを受けた、シュエルの率いるシナークの竜騎兵基地は大騒ぎとなった。

 2月には計画が実行できるとは言ったものの、それはかなり竜騎兵としての育成を急いでの事。これ以上早くは出来ないと伝えていた筈……と言うのがシュエルの偽らざる心境であった。


「全くこれ以上早くしろと言うのは不可能だと言ったのに」


 そう言いながら命令書を投げつけたシュエルは、すぐに竜騎兵の育成責任者を呼びつけた。突然の計画変更に文句は言いつつも、異を唱えるという事はしない。ただ粛々と計画を実行する事のみこそ生き甲斐だと思っていたからだ。


 しかしそれは部隊全員に共通したことではない。もとより不当な扱いを受けたり正しい評価がされなかったりで軍を恨む者達を集めた部隊、皆が皆モロスに対して恩義を感じるでも忠誠を誓っているわけでも無い。であるならば、そうでなくても余裕の無い状態で進められていた仕事をさらに急げと言われれば規律の維持も難しいものとなる。


「聞いたか? これ以上早めろなんて無茶なこと言うぜ」

「まったくだ、毎日毎日朝から晩まで。雲上人は言うことが違うな全く」

「俸禄が高いってんで付いてきたけどキツ過ぎだぞこりゃ、シュエル少尉に何か言いにでも行きたい気分だ」

「おう行ってこい行ってこい、俺はお前の営倉入りに100ロンドだ」


 そうして軽口を叩きつつ鬱憤を晴らしている兵士も多いが、モロスの計画を早めるという話が伝わってからと言うもの、確実に部隊の雰囲気は険悪なものになっていった。


 *


 皇帝により丸3日に渡って開かれた閣議は、紛糾こそしたものの最終的には多数決によって休戦に向けて動く事で決定した。もっとも戦争継続に票を投じたのが、モロスの息のかかった者ばかりであった事は言うまでもない。

 こうしてイグナス連邦としてリハルトに休戦を持ちかけたが、リハルトの反応は芳しくないものだった。


「向こうから戦争しろと言っておきながら今更なんだ? 休戦したいだと!?」


 ディーロスはイグナス公使から届けられた手紙を読むや大激怒した。戦争状態にある国が守らなければならない法を破ってでもその場でイグナス公使の首を刎ね、その首を返事にしてやろうかと考えた程だ。


「ええ、どうやらそのようね。全くその……モロスと言ったか、何を考えているのかしら」


 秘書のウゼもその手紙を読んで呆れた声をあげていた。しかしその声にはどことなく喜びの色を滲ませている。


「あの若造め、偉そうな事を言っておったが今になって我々の軍事力に怖気づいたか? しかし今になって泣き言を言って来ようと許さんわ、必ず後悔させてやる」


 そう言ってディーロスは部下を呼びつけると、一刻も早くイグナスの地に橋頭保を築くように命じた。強がりを言っても結局は戦線の維持が大変なのだ。兵站の補給と維持が大変なこの戦いでは何より橋頭保の構築が重要なのだが、イグナス軍の猛烈な反攻によりいまだにそれが達成できていない。その事が尚更ディーロスの心を苛立たせているのだ。


 ディーロスの命じた内容は即座に戦争進行の会議の場において議論され、"兵站の充実とそれによる前線軍の増強、その為の徴兵の増強と属国民からの増税、徴発の強化"という結論に至った。


 それを基に軍より発せられた命令はリハルトとその属国中に行き渡り、戦争の為に兵糧や男衆を徴発するには負担が大きすぎると判断された村や、あるいは領土内にありながら半ば存在を無視されているような村や少数民族にまでも、男衆の徴兵に重税が課せられることとなった。しかし属国を含めれば広大な領土を有しているリハルト公国には、外部との接触が極めて少ない村や少数民族は数多ある。それらのものの中には、その命令で初めて戦争状態になっていることを知った者もいたほどだ。


 その命令を兵から受け取ったある村では、命令書を囲んで長老達による話し合いが行われていた。


「噂には聞いておったが、まさかよりにもよって"海の向こうの巨獣の地"へと攻め込むとはのう……」


 粗末で薄暗い小屋の中で誰かがそう呟いた。

 他の小さな村でも同じような話し合いは行われているだろうが、そういった村の最大の関心事はどうやって金と人手を減免させてもらうかだ。農閑期とは言え、特に雪の降る寒い地域に住む者にとって男手が少なるのは辛い。しかしこの村だけは違った、何より戦っている相手が問題なのだ。


「かつての同志達に何某かの文を送るべきか、それについて伺いたい」


 長老の中で最も長い髭を持つ男がそう言った。


「しかしあれは旧き伝承、同志達も文を受け取ったとてその意味を解する者がいるのかね?」


 居並ぶうちの一人の老婆がそれに答える。それらの会話はリハルト語に似ていて僅かに言い回しが古めかしいような、そんな言語で交わされていた。

 結局話し合いはすぐに終わった、事態を静観し、戦争協力については他の村々に追従するという結論と共に。


 *


 ディーロスの命令から数日後、シナークから少し離れたイザムという港を有する村は炎と狂乱に包まれていた。これと言った特産も無く天然の良港と言う程でもないその村は人口も土地も少なく、海に面しておきながら限られた兵力をその村に振り向けられることはなかった。


 それ故にリハルト軍に目をつけられたのだ。夜闇に紛れて沖合まで進出してきた艦船からの上陸部隊は夜明けと共に進軍し、イザムを急襲した。街の守備隊はその圧倒的な戦力差により壊滅し、シナークの臨時駐屯地に襲撃があったことを伝えるのが精一杯だった。


 陽が高く昇った頃には勝敗は完全に決していた、イザムの街にはリハルト軍が闊歩し勝鬨を挙げていた。三百余名の人が暮らしていた平穏な港町はもうそこに無く、イグナス人はと言えば適当な馬小屋に、そこを家とした馬の亡骸と一緒に、数名の村民と守備隊の生き残りが幽閉されているだけに過ぎなかった。


 リハルトの猛攻の前に未だにこの戦争をどこか楽観視していたモロスは慌てた。そしてラミスとアルメスを呼び出し、こう命令した。


「竜騎兵を出せ。上陸したリハルト軍を叩き潰し、そのままルーデンバース沖に向かわせて敵主力艦隊群を叩け。敵軍の沈黙の後に反転し、当初計画通りにここサルタンを目指せ」


 しかしその命令はすぐには実行できなかった。グラシム2月より竜騎兵隊を含めた第二聯隊の長となる予定だったタラン大佐の急な配転の為の事務上の手続き、サルタンに攻め入るための合計して500名にもなる2つの部隊の準備、そして何より竜騎兵の準備。これらは当然1日や2日で出来る話ではない。


 モロスの命令に対して、当然シナークの竜騎兵基地に務める兵士の不満はますます増していった。当然不満があるという事はシュエルとラミスを通してモロスには伝わっており、弥縫策として臨時給として1人あたり3万ロンドが支給されていた。しかしその程度でこき使われてきた兵士たちの鬱憤は深まる事こそあれど晴れることはない。


「出撃は1時間後か、本当に急だな」

「シュエル少尉も無茶言うぜ、これ以上急げだなんてな」


 兵士達にも事情は分かっている、リハルト軍が上陸したというのも伝わっていた。しかしそれとこれとは話が違う。


「しかしあのカルァン石を竜に喰わせろだなんて、シュエル少尉は正気か?」

「まったくだ、何を考えてるんだかな」


 その兵士は出撃前にシュエルから「貴様の乗るウヌンにはカルァン石を喰わせて出撃せよ」と下命されていた。勿論軍人として命令に逆らうことも異を唱えることもしないが、そのあまりに不可解な命令は実際に竜に乗る兵士に不信感を与えていた。


 実際には"油を口に含んで、吹き付けざまに火を付けて人が火を吹いてるように見せる"という大道芸から着想を得たシュエルが、同じ事を竜とカルァン石でやろうと考えたものだった。


 そして結果的にウヌンには出撃前の最後の餌の中に、砕いたカルァン石を混ぜて喰わせた。それによる成果はイザム上空に6頭の竜騎兵が到着し、村だった場所に橋頭保を築いたリハルト軍と交戦状態に入った時に明らかとなった。


 *


「シナークの竜騎兵が実戦に投入される!? 本当ですか!?」


 モロスの命令はすぐに第二皇子派の軍人にも伝わり、巡り巡ってミラムの耳に届きラグナ達も知るところとなった。


「すぐに止めないと……ミラムさん、今からその場所に行けますか?」

「今から!? いいけど――行ってどうするの?」

「勿論、強硬手段を取ってでも盟友達を解放します。もし"大災厄"のようにならなくても、大変なことになるはずです。今すぐ行かなければならないんです」


 ラグナの鬼気迫る表情に気圧されたのか、ミラムは思わず頷いた。リハルトが皇帝からの和平の提案を蹴ってきたことは知っているが、しかし真の歴史と"大災厄"を知る者として竜を戦いに用いることは看過できない。


 旅装らしい旅装も持たずウィル達とミラムとルフィア、そしていつもの通り護衛のレイクの6人はサルタンのユラフタスの協力者がいる「アルビス馬車」に寄ってから駅に向かい、シナークに向かう汽車に飛び乗った。一度アルビス馬車に寄ったのは伝書鳩を飛ばしてもらい、ユラフタスの村に緊急事態を告げる事とシナークに着いてからの足を確保する為だった。


 汽車がシナークに着いて用意させた馬車に乗り込むと、その御者は見慣れた男であり、中にも既に2人の軍人が乗っていた。


「ペイルさん! それにコルセアさんにカイルさんまで……」

「竜騎兵が動いたって言うからな、アレイファンでの仕事を放って来てみれば丁度ペイルさんと会った。話を聞けば君達を乗せて行くって言うから私達もついでだ」


 そうコルセアが言うとペイルが済まなそうに笑った。しかしウィル達にとっては頼れる人は多いほうがいいので、むしろ僥倖とも言える。


「それで竜達は今どこにいるのですか?」

「それがな、リハルトもなかなかなもので竜騎兵のものだと知ってか知らずか、基地の存在は知っているらしい。今は徐々に主力をシナークのあの丘の方に持って来ているようだ。カグル駐屯地を飛び出してくるときに通信隊から聞いた話だから、恐らく間違いないはずだ」

 そう言われて何となくウィルは納得した。あんな目立つところに基地を作っていれば、竜が居ると居ないとに関わらず基地の存在は敵だって知っているはずだ。


「では取り敢えずシナークのあの丘に向かいます」


 ペイルはそう言うと返事を待たずに馬車を出した。緊急で用意した2頭牽きの馬車は、鳴り出した空襲警報で慌てるシナークの街を、ひたすらにメルの家のある丘の方に向かって走っていった。

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